武蔵、参る

 王国武術会終了から実に一週間、武蔵の姿は依然王都にあった。だが、それも今日までのこと。武蔵は今日で王都から旅立ち、強者を求めて放浪の旅に出る。

 この一週間の間に色々なことがあった。武蔵の武名は王都中に広がり、今や知らぬ人はいないほどの有名人。事情通のポーラによると、武蔵優勝の報は王都の外、他の大きな都市にまで轟いているらしい。当初の約束通り、武蔵は自身の家族とアイシアの家族にも手紙を書いたので、優勝の話はいずれ故郷ポポラ村にも広がるだろう。

 また、冒険者ギルドでの扱いが格段に良くなり、何の実績もないのにランクがE級からA級に上がってしまった。ギルドマスターのダンケル曰く、武術会で優勝するような逸材がE級では示しがつかないとのことで、異例の大昇格とのこと。

 異例の大昇格といえばもう一つ、ヴェリク王国騎士団の第六軍のこともある。

 武術会が終わり国王と謁見した際、武蔵は優勝者の権利としてアーダンの罷免と、他の五軍団長の合議により新たな軍団長を決めることを求めた。当初、武蔵は国王がこれに難色を示すか、聞く耳を持たず突っ撥ねてくるものと思っていたのだが、意外にもこの願いをすんなりと聞き入れ、彼はすぐさまアーダンを軍団長の任から解き、そのまま騎士団からも除籍させて無役の身とした次第。ポーラによると、政略結婚の道具として何処か適当なところに婿入りさせられるのではないかということだ。

 新たな第六軍の軍団長の名はエイウォン・ストム。彼はアイシアらと一緒にシロン村に残ってブラックドラゴンと戦っていた平民出身の兵士で、実力はあるのにアーダンがそれを認めず騎士への昇格すら叶わなかった不運の男。しかしながら今回アーダンが退いたことと、アーダンの庇護下にあった者たちが軒並み無能だったこともあり、異例の大抜擢となったのだ。別に武蔵の一存でそうなった訳でもないのに、彼はわざわざ武蔵のもとを訪れて涙ながらに礼を述べた。これまでの努力がようやく認められた、これで苦労をかけた家族にも良い報告が出来る、と。

 これを機にアイシアも第六軍に戻り、騎士として昇格することになった。これまでアーダンによって不当な扱いを受けていた者たちが正しく評価されることになったのだ。逆にアーダンによって庇護されていた者たちにも正当な評価が下って降格人事が相次ぎ、中には居心地が悪くなったからと騎士団を辞める者もあった。

 これからは第六軍にも自浄作用が働くことだろう。少なくともアーダンがトップに君臨していた時代よりはずっとマシになる筈だ。



 早朝、旅支度を終えた武蔵は朝飯を摂ることもなく冒険者ギルドを出た。出立の日は事前に伝えていたのだが、見送りは不用と伝えておいたのに、それでも三人の人間が見送りに来てくれた。ユトナとシェイのフォリン夫妻と、ギルドマスターのダンケルだ。


「色々とお世話になりました」


 武蔵が三人に頭を下げると、彼らは揃って笑みを浮かべた。


「おう。たまには顔見せろよ?」

「私も君とはまた剣を交えたい。是非ともまた王都に来てくれ」


 彼らにはこの王都で最も世話になったのではなかろうか。言わば恩人。武蔵もフォリン夫妻とはまた会いたいと思っている。


「はい。必ずや、また」

「おめえさん、東のエイザムに行くんだったよな?」


 そう訊いてきたのはダンケルだ。


「はい」


 ユトナに推薦されたこともあり、武蔵は剣豪だというバルバトス大公に会うべく、次の目的地を東の大都市エイザムと定めている。確かバルバトス大公の領地にはあの奇妙な男フェザントもいる筈だから、彼とも再会することになるだろう。


「なら、エイザムの冒険者ギルドにも顔を出してくんな。期待の新人を歓迎してくれるだろうよ。向こうのギルドマスターにも俺がよろしく言ってたって伝えといてくれ」

「承りました。では、皆様いずれまた……」


 再び三人に頭を下げると、武蔵は彼らに背を向けて歩き始める。別れが湿っぽくなるのは苦手だ。これくらいドライな方が性分に合っている。

 そのまますぐに王都を出るということはなく、武蔵は騎士団の女性用宿舎を訪ねた。見送りは無用だと言ったものの、アイシアにだけはちゃんと別れを伝えなければならない。武蔵にとって彼女は家族も同然の存在である。別れも言わず去れば、いつまでもへそを曲げて武蔵のことを恨む筈だ。

 何度かノックして宿舎の扉を開けると、そこには待ち構えていたようにアイシアとポーラが立っていた。きっと、本当に武蔵が来るのを待っていたのだろう。

 ポーラは普段着のようだが、アイシアは何故か騎士としての制服を着て帯刀している。


「レオン!」

「レオンさん」


 武蔵の姿を認めるや、二人は駆け寄って来た。


「おお、アイシア。それにポーラ」

「いよいよ行くんだね?」


 開口一番、表情を曇らせてアイシアが訊いてくる。せっかく一年ぶりに再会したというのに、また離れることが悲しいのだろう。武蔵とて名残惜しいが、彼女には騎士という役目があり、武蔵には流浪の望みがある。


「うむ。当初から言っていた通り、御前試合で勝利すれば次は武者修行の旅だ。強者を求めて西へ東へ。とりあえず次はユトナどのの助言に従い、バルバトス大公に会うため東のエイザムに向かうが、そこから先は分からんな」

「王都へはもう戻られないのですか?」


 そう訊いてきたのはポーラだ。アイシアほどではないにしろ、彼女も微かに表情を曇らせている様子。どうやら少しは武蔵に情を抱いてくれたようだ。


「いや、いずれまた戻るつもりだが、それがいつになるかは分からん。一年後なのか、五年後なのか、十年後なのか……。詳細なことなど決めぬからこその放浪の旅よ」


 ユトナたちとの約束もあるし、何よりここにはアイシアがいる。今日、王都を発てばこれっきりということはないにしろ、すぐに戻るというつもりもない。何事も大雑把に決めて後は旅任せ風任せ。何者も己を縛ることのない一人旅なのだから、それくらいの贅沢は許される筈だ。

 いつも泰然自若として変わらない様子の武蔵だが、今日のような日でもそれを貫いていることに苦笑するポーラ。


「レオンさんらしいといえばらしいですね」

「気の向くままだ」


 だが、喜怒哀楽のはっきりとしたアイシアは明確に気落ちしている。きっと、武蔵に再会したことで色々と懐かしいものが蘇り、里心がついたのだろう。


「そっか……。レオンとはまたしばらく会えなくなっちゃうか」


 顔を俯けてシュンとしているアイシアの頭に手を置くと、武蔵はそっと彼女を撫でた。


「ポポラ村でもこういうことがあったな。あの時も言ったがな、これが今生の別れではないぞ、アイシア。それに文も書く」

「でも、しばらくは会えない。なら、せめて約束は果たしてほしい」


 そう言って顔を上げたアイシアの目には光が宿っている。詳細は分からないが、何か真剣な色を帯びたものだ。


「ん? 約束?」

「ついて来て」


 言うや、アイシアは二人に背を向けて歩き始め、そのまま宿舎を出てしまった。


「ああ……」

「ちょ……ッ、アイシアさん?」


 二人は慌ててアイシアの後を追う。彼女に連れて来られた先は、宿舎の中庭に当たる少し広い場所。普段は洗濯物などが干されているところだ。今はまだ早朝で洗濯物もないので中庭は空いている。

 中庭に到着するや、アイシアは武蔵に向き直り、ごく真剣な様子で口を開いた。


「ポポラ村での約束、覚えてる? 王都でまた会ったら、その時は私と試合してくれるっていう約束」


 アイシアがポポラ村を発つ時、別れを悲しむ彼女に、確かにそういう約束をした。


「ああ、そうだったな。そういう約束をしていた」


 どうも、彼女は武蔵と別れる前に、また剣を交えたいようだ。

 確かに、二人の共通の思い出は剣によるものが多い。その新たな思い出をここで刻みたいということなのだろう。

 言うなれば、剣による会話。武蔵とアイシアの間柄において、これ以上のコミュニケーションはないと言える。


「ブシに二言はない、でしょ?」

「ははは、それも覚えていたか」


 そう言って笑うアイシアに、武蔵も笑みを返す。


「勿論。レオンが私に言ってくれたことは全部覚えてるよ」

「結構。勤勉なことだ」

「私の腕じゃまだレオンに敵わないって分かってる。全然、遠く及ばない。でもね、レオンに見てほしいの、感じてほしいのよ、今の私を、成長した私の剣を」


 言いながら、アイシアはスラリと剣を抜いた。武蔵が手ずから打ち、騎士団に入るというアイシアにはなむけとして贈った思い出深い剣だ。


「いくよ、レオン!」


 言って、アイシアは剣を構えた。基本に忠実な、揺るぎない青眼の構え。武蔵が彼女に最初に教えた構えだ。

 隙のない良い構えである。一年前よりも格段に腕が上がっているのが分かった。

 彼女の想いに応えるべく、武蔵も両刀を抜いて構えを取る。


「レオン・ムサシ・アルトゥル、参る!」


 武蔵が言うや、二人は同時に前へ出た。


 ガキン!


 と、武蔵の剣とアイシアの剣がぶつかって火花を散らす。

 アイシアの剣の確かな圧力に、武蔵は思わず笑みを浮かべた。

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ムサシNEXT ~宮本武蔵、異世界に転生す~ 西村西 @nishimurasei

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