レッドドラゴン、動く

 ところは変わって、ヴェリク王国の遥か北方、ケルベク大陸。ここはかつて魔王が居を構えた大陸であり、今でも強力な魔物が蔓延り、人間はほとんど住んでいない。

 そんな魔大陸で最も厳しい環境にある活火山、マグマの海に囲まれたゴシュオ山の山頂に一頭のドラゴンが佇んでいる。魔物の中で最も強いと言われるドラゴン。そのドラゴンの中でも頂点に立つ最強中の最強、八大龍の一角、レッドドラゴンだ。

 レッドドラゴンは火山の火口に首を伸ばし、美味そうにマグマを飲んでいる。


「ぐえっぷ……。今日も暇だのう…………」


 たらふくマグマを飲み、誰憚ることなく大きなゲップをしたレッドドラゴンはゴツゴツした岩肌の上にその巨体を横たえた。

 魔王が勇者に倒されてから早や数千年、レッドドラゴンはこうしてずっとゴシュオ山で日々をダラダラと過ごしている。

 代わり映えのしない退屈な日常。この大陸にもまだ強い人間たちがいて、彼らを相手に暴れた闘争の日々は実に楽しかった。今はもう、そんな強者もここにはいない。大陸の端で細々と生きる脆弱な人間たちをいじめてもつまらないだけだ。

 そういう怠惰の中のドップリと浸かったレッドドラゴンのもとに、一人の男が訪れる。人型、人間サイズではあるが人間ではない。身体は黄色い鱗に覆われ、背中には蝙蝠のような翼が生えた男。八大龍の中で唯一の人型龍、イエロードラゴンだ。


「おう、赤龍の」


 空を飛んで来たイエロードラゴンがゴシュオ山の山頂に降り立ち、鷹揚に手を上げてレッドドラゴンに声をかける。レッドドラゴンは首だけ持ち上げて返事をした。


「おう、久しいのう、黄龍。千年ぶりくらいか?」

「何を言う? つい百年前に会ったばかりだろうよ? もう耄碌したのか?」

「千年も百年もそう変わらんわい」

「まあ、それもそうか」


 二人は長命なドラゴン同士でしか分からないことを言って笑い合う。ひとしきり笑ったところで、レッドドラゴンは地面に足を突いて立ち上がった。


「で、今日は何の用だ? まさか世間話をしに来たわけでもあるまいて?」


 レッドドラゴンが言うと、イエロードラゴンは腕組みして渋い顔をする。


「その世間よ。最近妙に騒がしい」

「ほう?」

「どうも、ギデオンの奴が動いておるらしいわ。何やら配下を集めて人間どもが住んでいる向こうの大陸を、しかも何故だか田舎の方を襲わせているらしい」


 イエロードラゴンの言うギデオンとは、かつて魔王に仕えた側近中の側近、魔王軍四天王唯一の生き残り、魔将軍ギデオンのことだ。彼は魔王軍の残党を率い、今でも主のいない魔王城で何やら人間打倒の策を巡らせているという噂である。

 魔王が討たれて以来、ずっと動いてこなかったギデオンが行動を開始した。しかしそれが田舎の襲撃とは随分と弱気なことだ。


「何じゃそれは? 田舎者を襲って何になるのだ? みみっちい奴め。襲うのならば豪気に城を襲えばよいのだ」


 呆れ顔でそう言うレッドドラゴンに同意するよう、イエロードラゴンも頷く。


「それはそうだな。田舎から地固めなど、実にケチ臭い」

「話というのはそれだけか?」

「いや、まだある。黒龍のことよ」


 黒龍とはつまり、八大龍の一角、ブラックドラゴンのことだ。八大龍の中で最も歳若い末席の者だったが、その実力は確かに八大龍と名乗るに相応しいものだっとレッドドラゴンは記憶している。


「ああ、あの生意気な小僧な。あ奴がどうした?」

「討たれたらしいぞ」


 聞いた途端、驚愕のあまりレッドドラゴンの身体からそれまで感じていた気だるさが吹き飛んだ。


「何と!」


 八大龍は単独で一国を滅ぼすほどの脅威。魔王ですら完全に隷属させることは出来ず、盟約を結ぶだけだったというのに、それが何者に倒されたというのか。

 レッドドラゴンが言葉を待っていると、イエロードラゴンは驚きの答えを口にした。


「しかもたった一人の人間の小僧に討たれたらしい」


 聞いて、再度の驚愕。


「人間にだと? 我ら八大龍を屠る人間など、勇者以来ではないか!」

「何でも、勇者のように強力なギフトを駆使していたのではなく、剣術のみであの黒龍を圧倒したということだ」

「本当か! わしが眠りこけている間に、そこまでの人間が誕生したか!」


 あの勇者ですら他の八大龍を倒す時は仲間と協力していたというのに、その人間は己一人で、しかも剣術のみでブラックドラゴンを倒した。他ならぬイエロードラゴンが言うのだから嘘ではないのだろう。レッドドラゴンは、冷め切っていた己の血がふつふつと沸騰し始めるような感覚を覚えた。


「興味が湧かんか、赤龍の?」


 訊かれて、レッドドラゴンは笑みを浮かべながら頷く。


「ああ、俄然興味が湧いたわ! 会うてみたい!」

「会うて何とする?」

「無論、死闘よ! 血沸き肉踊る戦いに興ずるのよ!」


 ドラゴンの本分は闘争にこそある。強いからこそのドラゴン。戦うからこそのドラゴンなのだ。戦わないドラゴンはただの巨大なトカゲだ。これまで何千年もトカゲに甘んじてきたレッドドラゴンは今日を境に再びドラゴンへと至る。


「はっはっは、やる気だな!」


 イエロードラゴンがバシバシと尻尾を叩くと、レッドドラゴンは嬉しそうに頷く。


「応よ、黄龍! わしは決めた! その人間と戦うためにここを発つぞ! いやはや、今から戦いの時が楽しみだわ!」


 言ってから、レッドドラゴンは天に向かって雄叫びを上げた。ドラゴンの咆哮が大地を揺らし天を突く。

 そういうレッドドラゴンを見つめながら、イエロードラゴンは彼に聞かれぬよう、静かに口を開いた。


「…………やはりレッドドラゴンは動くか。お前の読み通りだったな、ギデオン」

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