Ep.1 その花は世界と世界を繋ぐ花

「さぁ!早速だけど花を探したいんだぁ。その本を見て気になる花はあるかい?」


トロッとした甘ったるいコーヒーを口に流し込みながら図鑑を指差して聞いた。

図鑑を手にしている少女は一ページ一ページパラパラ捲りながら内容を斜め読みしている。


そして、とある花のページで少女の目が止まった。


「これは?」


少女が指差したのは『彼岸花ひがんばな』という花。


「あぁ!彼岸花かぁ。確かに現世の植物図鑑に唯一載っている”冥華”だねぇ。」

「まぁそれは君も知ってるでしょ。でも見方が変わるかもしれないし見に行ってみようかぁ!」


男は席を立ち、お金を取り出した。



「彼岸花はこの世界にもたくさん咲いているけど、他の花はどうなの?」


「あぁ。彼岸花ほどではないけどそこそこ咲いてると思うよぉ。この世の原因不明の正体は大体冥華だしねぇ。」


「ふぅん。」


冥華図鑑 p.23

”彼岸花”

別名を曼珠沙華まんじゅしゃげともいう。

それは現世と冥界を繋ぐ扉とされる冥華。

かつての神々が創り上げた恐れが込められていない唯一の花であり、現世に害を与えることはないと言われている。



一説によると彼岸花を通して冥界の人々に現世の人間の思いが伝わることがあるとか。


「最初に選ぶ花としてはまぁ妥当な感じかなぁ?特に害はないしねぇ。」


「これは見に行くだけでしょ?というか季節的に彼岸花なんて咲いてないよ?」


季節は『夏』。

彼岸の日なんてとうの前に終わってしまっている。

散ったばかりの花をどう見に行こうというのだろうか。


「ふふぅん!書いてあっただろう?冥界と現世を繋ぐ花だと。つまり冥界との扉になり得る場所には年中咲いているさ。他の花と違って害がないからずっと咲き続けるのさぁ!」


男は少女を近場の寺へ連れてきた。


『後藤寺』


「お寺じゃない。こんなところに咲いているの?」


男はポケットからコインを一枚取り出し親指の上に置いた。

次の瞬間ピンッとコインを中へ弾いた。


「現世の静寂しじまを破らんとする冥界の微風そよかぜよ。『花弁を揺らせ』。」


その言葉の後。

気持ちの良い微風が二人を包み込んだ。


コインは空中で回転し、地面にカツンッと落ちた。


その時だった。

誰もいない。

何もない。

だだっ広い見知らぬ寺の裏に無数の彼岸花が咲き乱れた。


「さぁ!いいもの見れただろう?」


図鑑を見る前とは違う。

優しく風に揺られる彼岸花ではなく、不気味に花弁を揺らす彼岸花を見て少女はあることを思った。


「ハルは彼岸花のようだね。」


「そうかい?それは初めて言われたなぁ。」

「さ、今回の冥華の見学はこれで終了。」


男はパチンと指を鳴らし、花々たちは姿を消した。


「すごい力ね。どんな原理なの?」


「さぁね。そのうちわかるさぁ。」

「それより今日の冒険はここまでさ。早いとこ家に帰んな。」


「私に家はないわ。家を追い出されたのよ。」


「へぇ。それはまた大変だねぇ。じゃあ僕と一緒に行動する間は宿くらい用意しよう。」


「ふふっ。見かけによらず面倒見いいのね。」


男は少し俯き「そうかねぇ」と笑った。



二人の後ろ姿を見守る夕日は




──21:00 後藤寺

「はぁ!久しぶりの現世だ!!」

「うるせぇぞ。神狩かがり。」


夕方二人が訪れた彼岸花畑の中から二人の男が出てきた。

真っ白な軍服のようなものを見にまとった二人は腰に二丁の拳銃。

そして背には身の丈ほどの大刀を携えていた。


「どうだ神狩。」

そう言ったのは片目を眼帯でおおった強面の男。


「うーん待ってね。」

『神狩』と呼ばれたその男は髪の毛を茶色に染めたいかにも現代の人間を感じさせる風貌だ。


神狩はハルが持っていたようなコインを取り出し、地面に投げつけた。


「あぁ。揺れてんな。こりゃ”案山子かかし”さんの技だ。」


「やはりか。ここは一度引いて本部へ報告するべきだろう。」


この時、世界が二つに分かれてから長年保たれていた均衡が崩れ始めたことにまだ誰も気づいてはいない。


『世界を繋ぐ扉はゆっくりと枯れていった。』

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現世に咲く冥界の花 文月 いろは @Iroha_Fumituki

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