現世に咲く冥界の花

文月 いろは

プロローグ

冥華図鑑めいかずかん?」


少女は薄暗い橋の下でその本に出会った。

表紙には見たことのない美しいながらも不気味な雰囲気を感じさせる花々が描かれている。


少女がそっと手に取り表紙をめくったその時。


「おやぁ?可愛らしいお嬢さんではないですか。」


その声は図鑑を手に取った少女の後ろから発された。

少女はビクッと背中を震わせ、恐る恐る後ろを向いた。


そこにいたのは長身の男だった。

オッドアイに綺麗な顔立ち。こういう人間を”イケメン”というにふさわしい顔。

服装は一昔前の流行りという感じだろうか。

そして人差し指に不思議な形の花の指輪がめられていた。


驚いた表情を浮かべた少女を見て男は口を開いた。


「あらぁ、驚かれている様子。それもそうですぇ。ではこうしましょう」

男は指をパチンと鳴らした。

音に驚き少女が一瞬目をつむり、開いた時だった。


「えっ!?ここは?」


さっきまでいた薄暗い橋の下とは打って変わって明るいカフェのテラス席にいた。


「さて!驚かせてすまないねぇ。僕は”ハル”よろしくねぇ!」


少女はポカンと口を半開きにして男の話を聞いていたが、ハッと正気に戻った様子で口を開いた。


「あっえっ。こ、この本はなんですか?」


少女は両手で握っていた図鑑をハルに見せた。


「あぁ。それじゃそこから話そうかぁ!」



『むかしむかし。

それは世界がまだ一つだった時。

人々の恐怖や天災に関する負の感情が様々な”花”が生んだ。

火災、水害、台風。

脅し、殺し。

その後、その花々を恐れた神は世界を二つに分けた。

一つは現世。もう一つは冥界。

神が畏怖いふしたその”花”はすべて冥界の最下層に移された──』


「そして、その花について記された図鑑が君の持っているその図鑑さぁ!」


「ほぅ」と少女はもう一度図鑑の表紙をみた。

燃えている花。

凍っている花。

花かどうかもわからぬ花。


そこで少女に様々な疑問が過る。


「なんでそんな花の咲かない世界にこの図鑑が?」


「あぁ。この世界でも原因のわからない出来事がたくさん起こるだろう?一番わかりやすいのが原因不明の火災だねぇ。ああいうのは大体”冥華”の仕業だよ。その悲劇を知らせるために僕が持ってきたんだよ。」


「でも私以外でも人はいたのでは?」


「いやぁ。それは運命ってやつだよ。」


「じゃぁこの図鑑で何をすれば?」


少女は図鑑をパラパラと捲りながら聞いた。

図鑑の中身も表紙と同じで、見たことのない花々の詳細が書かれていた。


「僕と一緒にその花を探してほしいんだぁ。冥界に戻さないと世界の均衡が崩れるからねぇ。と言っても君には少し難しいかなぁ?」


ハルは片肘をついてブラックコーヒーに角砂糖をドボドボと信じられない量を入れながら答えた。


そもそも何故男の手元にコーヒーがあったのか不思議でならないことは少女は聞かないことにしたようだ。


「まぁそういうことさぁ!嫌だったら強制はしないけどその図鑑を見たからには花は許してくれないさぁ。君の身に何が起こっても責任は取れない。僕と一緒なら守ってあげられるさ。悪いけど答えは今もらうよ。」


少女は図鑑を見て少し考え、軽い決心をした。


「つまりあなたと花を集めればいいわけよね。」


「うん。そういうことだねぇ。」


「わかった。私は千夏ちか。死ぬのは御免だしあなたに協力する。それに、少し楽しそうだもの。」


千夏はプルプルと体を震わせ、作り笑いのような笑みを浮かべて答えた。


「へぇ。思ったより強い子だねぇ。これからよろしくねぇ!」



斯くして現世の少女と冥界の男の不思議なチームが出来上がった。



一方その頃冥界のとある研究所──


報告書No.1


現世時刻22:43頃

・一級幽閉指定罪人 ”案山子スケアクロウ”が脱獄。


同時刻

・特A級隔離書物 ”冥華図鑑”が消失。


時刻から、脱獄者が本を所持していると考えられる。


このことから、準一級幽閉指定罪人”案山子スケアクロウ”を

”特一級幽閉指定罪人”に引き上げ。

再度捜索、逮捕を命ずる。


能力から現世にいる可能性も考えられる。

捜索班については追って連絡する。


『尚、冥華図鑑に関しては。』──

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