第一章21『ちゃんと視てるよ』
ローズに案内された場所は、ブルー達が二次試験で怪物と戦った森だった。
変わらず白い空間に足を踏み入れ、大きく息を吸う。
澄んだ空気が鼻から全身に巡り、力が漲る感覚を感じる。
ブルーが到着したのを見計らったように最後の試験の監督が現れ、最後の試験の説明を始めた。
「三次試験突破おめでとう。
もう既に理解していると思うが、今回の試験はこれまでチームを組んできた受験者とトーナメント形式で戦い勝者を決める。
ブルーフェル。君の最初の相手は…」
───来た。
ここの相手はかなり重要になってくる。
出来れば初戦でクァイスとは当たりたくない。
ゴクリ、と初戦の相手の名前を待つ。
「最初の相手は”セレネ・ブリアン”だ。
試合のおおまかなルールは三次試験と同じだが、舞台は見ての通り二次試験で使用した森で行う。
試験は二十分後だ。心して準備するように」
そのまま控え室を案内され、試験監督は去っていった。
───セレネ、か。
控え室に座り、ブルーはセレネの顔を思い浮かべる。
『セレネ・ブリアンって言います!気軽にセレネって呼んでね!』
初めて会った時から、セレネは笑顔でチームメイトと接していた。
仲良くするどころかほとんど話す必要もないであろうに、わざわざ自分から積極的に話しかけチームを明るくしてくれていた。
「本当に、すごいよな」
初対面と言えば、オルトーとのいざこざもあった。
あの地獄のような空気もセレネがいなかったらあのままだっただろう。
しかしその一方、戦闘面ではセレネは一度も活躍しているところを見せてはいなかった。
それどころか戦闘をするシーンすらほとんどなかった。
思考している内に二十分が経ち、試験の舞台へと向かう。
ブルーは視線を森に向け、反対側で待つであろうセレネに意識を向けた。
───ずっと、疑問だった。
何故戦闘に向かない光魔法のみを持つセレネが勇者試験に参加したのか。
そしてセレネはずっと黙っていた。
勇者試験に参加した、本当の目的を。
目を閉じ、深く深呼吸をする。
「…行くぞ」
ブザーと同時に飛び出し、森に向かって全力で走った。
木々を掻き分けてしばらく走ると、やがて相手が姿を現す。
「どうも、ブルー君」
少し開けた場所で待っていたセレネは、攻撃する意思がないように武器も持たず脱力してその場に佇んでいた。
「…どうも」
ブルーは木の幹に身体を隠したまま返答した。
そよ風が吹き、静かな森の香りが鼻をくすぐる。
「あはは。そんな警戒しないでよ。むしろ怖いのはこっちの方なんだから」
セレネがおどけて話すが、ブルーは変わらずに姿を隠したまま様子を窺っていた。
「…セレネ。ここはもう最終試験の場だ」
まるで緊張感のないセレネにブルーは注意を促す。
ここまでの信頼からなせるのか、それにしてもあまりにも警戒してなさすぎる。
「そう、だね。本当に来ちゃったんだ」
セレネは目を伏せ、改めて確認するように呟く。
風に揺られて飛んできた木の葉が、ひらりと地面に落ちた。
「ここまで来た以上、俺は全力で勝ちに行く!」
ブルーは木の陰から飛び出し、凄まじい勢いでセレネに向かって飛び込んだ。
砂煙と共に回転しながら接近するブルーの迫力にセレネは身体が強ばり、大きく隙を晒す。
───ここで仕留める!
ブルーは回転の勢いを利用し、そのままナイフを振り下ろした。
強化魔法を使ったブルーのナイフ捌きはもはや空間ですら切り裂けそうな程にまで極まっていた。
「…ごめんね」
ナイフが届く紙一重、ポツリとセレネが呟いた。
瞬間、凄まじい風がブルーを襲う。
「がっ…!」
風に煽られ身体が浮き、そのまま二メートル程後ろに吹き飛ばされた。
受け身を取って転がり、体勢を立て直す。
セレネがいた場所に目を向けるが、当然のように姿を消していた。
───やっぱりそうだったか。
当たって欲しくない予想が当たった。
突如、背中に衝撃が走った。
それに続くように連続して身体中に打撃を受けたような衝撃が走る。
ブルーの防御を待たずに次々と繰り出される打撃はブルーに着実にダメージを与える。
「ぐっ…速い…!が…!」
───ここだ!
ブルーはバッと腕を上げ、衝撃を受け止めた。
途端、目の前に同じく腕でブルーの腕と交差させるセレネが現れる。
「…驚かないんだね」
腕の攻撃を解除し、セレネは後ろに飛び退く。
ブルーはセレネを
「わかってたよ、セレネ。お前が他の魔法を使えることも、今まで手を抜いていたこともな」
ブルーの思わぬ言葉にセレネは目を見開く。
「驚いた…流石ブルー君だ。どうしてわかったの?」
───これまでセレネは笑顔でチームメイトと話す無害な盛り上げ役を演じていた。
だが、それで誤魔化すにはあまりにも不自然な点が多すぎた。
「まず引っかかったのはチームメイト全員に魔法属性を聞いた事だよ。
例年通りならチームメイト同士での潰し合いが起こることは全員承知済みだ。だからわざわざ手の内を晒す必要は無い。
そしてお前はこう言った」
『私はもうわかってると思うけど光属性だよ!』
「光属性とは言った。でも光属性だけとは言っていない。
嘘を吐いたら闇属性の魔法持ちにバレるかもしれないから、嘘にならない範囲でだ。よく珍しい闇魔法まで意識に入れてたな。すごいよ」
一般に光魔法は治癒に使われる魔法として知られているが、実は他の属性の魔法と組み合わせることによってその真価を発揮する。
どの属性との組み合わせでも強力な効果を発揮するが、中でも強力なのが強化魔法と組み合わせることで使える高速移動だ。
まるで光のような速度で移動することが出来、そこから発される攻撃は同じ強化魔法を使う人間ですら受け止め切ることが困難な程に強烈な一撃となる。
ブルーが一通り語ると、セレネは両手を上げてため息混じりに笑った。
「わーお。全部当たりだ。でもそれだけだとはっきり手を抜いてるのは分からないと思うけど?」
「お前、怪物に吹き飛ばされた時気絶してなかっただろ」
「!」
余裕の顔で微笑んでいたセレネが、ハッと驚嘆の表情に変わった。
「セレネ、お前は前に俺のことを”強い”って言ったよな?
でもそのときお前はオルトーに一撃叩き込んだ以外俺の戦闘は見ていなかったはずだ」
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「俺は水と強化属性の二つだけど、どっちも欠陥品です」
「え、欠陥って何がダメなの?ブルー君”すごく強かったけど”」
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「でも、試験の怪物を倒してた!それは私も見てた!」
───確かに、二次試験で用意されていた怪物は俺が倒した。
だが、それは俺にしかわからないはずだ。
「いいや、見てないね。あの試験の怪物は俺たちを襲ったデカい怪物に既にやられていたかもしれないんだぞ?
そんな状態で後から来たお前が断言出来るのか?」
う、とセレネが詰まったのを見て、ブルーはすかさず距離を詰めて攻撃を発した。
セレネは防御態勢に切り替え、ブルーは連続で攻撃を繰り出しながら言葉を続ける。
「つまりお前は気絶したフリをして俺たちの動きを見ていたんだよ。
あのとき気絶するほどの怪我なのに治るのが早すぎて不自然だったのもそうだ」
───決め手はこの試験が開始したとき、俺が全力で走ったにも関わらず余裕を持って俺を待っていたことだ。
森の中からスタートでもしない限りあの早さはありえない。
セレネはブルーの猛攻をギリギリで防ぎながら応える。
「な、なんだ...それ見てたら推理とかなく一発じゃん。意地悪だなぁ...」
───意地悪…?
なんでお前がそんなこと言えるんだよ。
「ふざけんじゃねぇ!」
セレネの言葉が逆鱗に触れ、ブルーが叫ぶ。
「三次試験の前にも話したはずだ。俺は負けるわけにはいかないんだよ!
だけど、お前は手を抜いた!お前のその力があれば俺たちが苦戦したアイゼンって男にも対抗出来たはずだ!」
ブルーの攻撃の手に力が籠る。
セレネは防御が間に合わず、苦し紛れに後ろに飛び退いた。
すかさずブルーは追い討ちをかける。
「もしクァイスがあのまま負けたらどうなる?俺は全力で戦った。オルトーだって…」
「そんなことわかってる!」
ブルーの攻撃を弾き、セレネは叫び返した。
力が籠った声は微かに震える。
「私は弱い!誰も守れない!だから、嘘をつくしかなかった!
どれだけ卑怯でも、何を言われようと、私は勝つために全てを尽くすしかなかった!」
一転攻勢に回り、セレネは凄まじい速度で打撃を繰り出す。
「私だって嫌なんだよ!誰かを騙して!嘘の笑顔を作って!人を利用するなんか本当はしたくなかった!」
感情に任せた攻撃はブルーの防御を打ち破り、何度も打撃を与える。
力を込めた一撃で木の幹までブルーを吹き飛ばすと、セレネは泣きそうな声で言葉を発した。
「でも、やるしかなかった…!
私はここで勝って、"妹にもう一度会う"んだ!」
セレネは思い切り力を込めて飛び出し、とどめを刺そうと拳を構えた。
───妹…?
それがセレネの本当の目的か。
ブルーは尻餅をついて幹に身体をもたれ、追撃への備えが間に合わずに力を抜いて目を伏せる。
ドン、と音が響き、砂煙が舞う。
辺りの木々が騒めき、強い風が二人の間を通り抜けた。
「…セレネ、お前は本当に嘘が下手だ。
二次試験で気絶したフリをしてたのも、ずっと強化魔法を隠してたのだって全部わかってた」
ブルーはセレネの拳を右手で受け止めていた。
掴む手にぐっと力を込める。
「そんなの、もうどうだっていい!」
「良いわけねぇだろ!!!」
掴んでいた拳を振り払い、思い切り叫び返す。
「全部わかってんだよ!!!」
「お前が本当の笑顔で笑ってたことも!!!!」
「お前が本気で俺を心配してくれてたことも!!!!!」
両手でセレネの肩を掴み、目を合わせた。
「嘘だ!!!全部嘘なんだよ!!!」
セレネは両手を使ってブルーの手を振り払う。
「あのとき流した涙も、全部が嘘だって言うのかよ!!!!!」
「…っ!それは…!」
ブルーは俯いて唇を噛むセレネを置いたまま横に飛び退いた。
深く息を吐き、ゆっくりと瞬きをする。
そして、口を開いた。
「来いよ、セレネ。決着をつけてやる」
ブルーの言葉を受け、セレネはふらりと立ち上がり、ふっと姿を消した。
ブルーは静かに眼を動かし、すぐに上半身を仰け反らせた。
直後、風を切る音がブルーのすぐ横を通る。
「悪いが、俺は容赦なくやるぞ」
ブルーは振りかぶり、ナイフを思い切り投げた。
強化魔法を込めた凄まじい速度で放たれるナイフは、威力を落とさずに木の幹に深く突き刺さる。
そして、突き刺さったナイフにはセレネの服の袖が引っかかっていた。
当然セレネはその場に止まり、倒れ込む。
「な、なんで…」
突如として動きを止められたセレネが声を漏らす。
確かに、光魔法と強化魔法を合わせた高速移動は戦闘においてかなりの脅威となる。
しかしブルーは最初の組み手で既にセレネの行動パターンを読み切っていた。
「…降参しろ、セレネ。お前じゃ俺には勝てない」
静かに放ったブルーの言葉は、威勢を張ったブラフではない。
セレネの使う魔法は強力すぎるが故に自身が使いこなせておらず、本来であれば致命傷を与える一撃も威力が中途半端に終わっていた。
「…ここまで来て、降参なんか出来るわけないじゃん」
「これ以上は無駄だ。俺もお前も、無理に傷付けたくはないだろ」
───本当だったら、ナイフを腕に突き刺すことも出来た。
その意味での”容赦なく”だったはずなのに、投げる瞬間に迷いが生まれた。
これもセレネが築き上げた仲間としての親交によるもの、か。
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『あ、こんにちはー!はじめまして!』
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笑顔で挨拶をするセレネを思い返し、大きく息を吸い込む。
「ごめんね、ブルー君。
私も戦いたくないんだよ。攻撃なんかしたくない。
でもさ、やるしかないんだよ。私は、やるしか…」
セレネの足元に、大粒の涙が零れ落ちる。
ここまで仲を深めた仲間との戦闘は、人と人との繋がりを誰よりも大事にするセレネにとって想像もつかない程の苦痛だろう。
しかしそれでも嘘を吐き続け、攻撃を仕掛けるのは、セレネにとってそれだけ譲れない理由があるからだ。
引けない、でも、攻撃もしたくない。
揺れるセレネの想いは、ブルーの言葉で更に強く揺さぶられていた。
「…もう、いいだろ」
「…え?」
呟くように放ったブルーの言葉に、セレネはゆっくりと顔を上げた。
「よく頑張ったよ。慣れない嘘を吐いて、ここまで力を隠して、最終試験まで来たんだ」
ブルーはゆっくり歩み寄り、刺さったナイフに手をかける。
「でもさ、そうまでして叶えたいお前の望みは、セレネ自身が不幸になってまで叶えたいことなのか?」
ナイフを抜き取り、しゃがんで目を合わせる。
迷い、苦しみ、嘆くようなセレネの瞳に、綺麗な青い瞳が映る。
「少なくとも俺は、俺自身が不幸になってまで自分の望みを叶えたいとは思わない」
セレネは首を振り、両手で顔を押さえた。
「わからない、わからないよ…!」
嘆くセレネの肩を、今度は優しく持った。
「どれだけ苦しくても、辛くても、進まなきゃいけないときもある」
どこかで聞いたようなセリフを呟く。
「でもさ、進む方向は決まってないんだ。
前でも、後ろでも、自分が行きたい方でいい。
それが逃げる道でも、進んでいることに代わりはないんだよ」
セレネは両手を離し、潤む瞳でブルーの顔を見る。
「ま、これ俺の母さんの受け売りなんだけどな」
ニッとぎこちなく笑ったブルーの表情は暖かく、不思議と安心感を感じた。
「はは…なにそれ」
肩の力が抜け、ずるりと座り込む。
作られた太陽に照らされる空をしばらく見上げ、目を閉じて呟いた。
「降参。私の負けだよ」
───ごめんね、『 』…
少しして、試合終了のブザーが鳴った。
ブルーが差し伸べた手を受け取り、セレネが立ち上がる。
「私、実家農家って言ったよね。あれ、嘘なんだ」
医務室に向かう途中、セレネが呟く。
「本当の実家はお金持ちの貴族で、私はそこの娘として生まれてきたの」
───なるほど、道理で最初に会った時から妙に気品があったわけだ。
ブルーは納得し、静かに頷いて話を促す。
セレネは切ない表情で笑みを浮かべて話を続けた。
「私ね、妹がいたんだ。すごく仲が良くて、いつも一緒にいた。
でもね、二年前のある日、妹は親に捨てられた。
親は事故で死んだって言ってたけど、本当はいつも言ってたんだ。不思議な魔法を持って生まれた娘が怖かったって。
本当に、馬鹿な親だよ」
一言一言に感情が籠り、今まで積み重ねてきた全ての苦しみが伝わってくる。
「私、すごく悔しかったんだ。何にも出来なくて。ただ泣くことしか出来なかった。
家出なんかしちゃって、田舎者のフリしたのはこのボロボロの服を誤魔化すためだったんだ。
でも、勇者試験募集の紙を見て、これなら妹を助けられると思った。
勇者試験に合格して、妹を見つけて幸せに暮らそうって思った」
セレネは歩みを止めて下を向く。
「…でも、もう無理かなぁ」
下唇を噛んで潤む瞳をぐっと堪えるセレネを見て、ブルーは胸が締め付けられた。
突然家族に会えなくなった辛さは痛いほどわかる。
生まれ持った魔法が特殊なだけで捨てられるなんて、あんまりだ。
───ん、特殊な魔法...?
そういえばなんであの時セレネは相当珍しい闇属性の魔法まで意識していたんだ?
待てよ...
「なぁ!その妹って今何歳だ!?」
ブルーは身を乗り出して聞く。
「え、えっと、12歳、だと思う」
セレネは驚いて返答する。
───12歳...闇魔法...捨て子...
まさか...いや...そうとしか考えられない。
だとしたら、あまりにも出来すぎた奇跡だ。
ブルーは思わずニヤリと口角が上がった。
「ハナ...!」
ブルーから発されたたった二文字の言葉は、セレネを喜ばせるには十分すぎるものだった。
セレネは手で口を覆い、両目から涙を零す。
言葉を交わさずとも、セレネの応えはブルーに伝わっていた。
「...あぁ、ハナは元気にしてるよ。だから安心してくれ」
セレネはありがとうと震えた声で言い、崩れ落ちるように地面に膝をついた。
アンチアナザー hiraku @O_pen
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