第一章20『定まった未来』
桃色の長い髪と白衣をたなびかせ、一枚のタブレットを手に持った女性が椅子に座った男性に向けて言葉を投げかける。
「そんなことがあったんですね」
少し釣られた目とそれを覆うようにかけられた赤い眼鏡が、真面目やクールといった印象を抱かせる。
表情も決して砕かれず、無表情を保っている。
「あーまだ話は終わってない。もう少し続きがある」
返答を聞いた男性が、椅子を回転させて向き直る。
濃い紺色の髪と青い瞳、高い身長に似合う白衣と中に着込んだ黒いスーツがエリート研究員を思わせる。
男の胸にかかる名札には『ブルーフェル』と刻まれていた。
「てかローズお前、首元何か傷出来てね?何かあったのか?」
ブルーが指摘した彼女の首元には、白衣の襟の隙間から紅い痕のようなものが覗かせている。
「…不純異性交友は程々にな」
何かを察したブルーは即座に言葉を続けた。
フォローになっているかも分からない言葉選びに心の中で小さく反省をする。
「違いますよ!私そんなことしませんから!」
ローズは赤くなって襟を直しながら叫ぶ。
そんなことって、と思いつつ、ブルーは話を続けた。
「その後はな───」
***
「みんな、三次試験優勝まで協力してくれて本当にありがとう。この四人じゃなきゃ絶対にここまで来ることは出来なかった」
ブルーは涙の痕を頬に残しながら三人の顔を見回す。
どれもそれぞれの思いを胸にここまで協力してきた大切な仲間だ。
一人ひとりの顔を確かめ、言葉を続けた。
「ここから俺たちはライバルになる。明日、悔いのないように全力で戦おう」
ブルーの言葉に三人が頷く。
勇者試験の願いを叶える権利を得られる人間は、選ばれた"たった一人"の合格者のみだ。
そして合格者を選別する最後の方法は、ここまで勝ち上がったチーム四人の戦闘による順位付けだった。
勇者試験に望む人間は全員その事実を理解しており、大抵の人間はチームメイトに深入りしないように立ち回る。
当然ブルーも出来るだけ近しくならないようにしていたが、連日のトラブルを共に潜り抜けた戦友に情が湧かない筈もなかった。
「明日、会場でまた会おう」
チーム四人が拳を合わせ、それぞれの宿泊場所へと戻って行った。
───色々…本当に色々あったな。
ブルーは暖かい照明に照らされながらベッドに沈み込み、腕で目を隠しながら物思いに耽っていた。
オルトーとのいざこざから始まり、規格外の怪物の登場、チートすぎる魔法を使う男、腹に穴が空くかと思う程の凄まじい一撃を叩き込んで来た少年、天才的な成長速度で追い立てる少女。
そして、本当に腹に穴を空け俺を一瞬で殺した謎の敵と、死んだブルーを蘇生してくれた不思議な青年。
これ以上の詰まりきった数日間は今後一生ないだろう。
ブルーはチームメイト一人一人の顔を思い浮かべる。
オルトー。あいつは出会った当時こそ生意気だったけど、今は俺を尊敬してついて来てくれる憎めないやつだ。聞くところによると俺を謎の魔法で倒した男、アイゼンを倒すことにも一役買っていたらしい。
あいつの本分は電撃魔法での遠距離攻撃だ。明日の本戦でも油断は出来ない。
クァイス。あいつは無愛想だが自分なりの正義を持ってる。
二次試験の怪物が出た時も瞬間移動の能力でいくらでも逃げることが出来ただろうに、わざわざ前に出て俺たちをギリギリまで守ってくれていた。
俺が殺されたときも真っ先に飛び出したらしい。なんだかんだいい奴だ。
本戦では一番の強敵だろうな。今のところ俺が負けた相手にクァイスは一度も負けてはいない。
瞬間移動のタネも割れてはいないし、理屈がわかったとしても対処は容易じゃないだろう。
きっと、ずっと隠していた俺の切り札はここで使うことになるだろうな。
セレネ。あいつは出会った当初から明るくチームの雰囲気を保ってくれた。
勇者試験で最終的には敵となる俺たちにわざわざ笑顔で話しかけてくれた。
きっとセレネの隠せない性格の一部なんだろうな。おかげでチームの士気が高まった。
本戦では…いや、もう寝よう。深く考えるのは明日でいい。
ブルーは表面が焦げた鞘に入るナイフを撫で、寝ても意識が戻ることに安心を覚えながら静かに瞼を閉じた。
***
起きたのは、首が痛くなるほど真上にまで日が上った昼過ぎだった。
扉をノックしながらブルーを呼ぶ声と共にブルーはベッドから起き上がる。
ボサボサの髪をぐしゃぐしゃと掻き乱し、寝巻きから着替えもせずに足を引きずりながら扉を開ける。
ブルーはそれ程朝が強くなく、少しずつ目が覚めていく体質だった。
「ローズ…さん?」
紅い綺麗な瞳が眼鏡の奥から覗かせ、ブルーの目と合う。
「えと…ブルー君。そろそろ時間なんだけど準備…出来てないよね」
ブルーの様子を見てローズは苦笑いで話す。
まさに『寝起きです』と全身に書かれているような格好だ。
ブルーは自分の見た目を自覚する。
「あ…急いで準備します。ありがとうございます」
研究所側の人間とはいえ、年下がタメ口、年上が敬語の構図にブルーは少しの違和感を覚えた。
怪物から四人を救った命の恩人なのだから当然と言えば当然だ。
「一応だけど、昨日のことは気にしないでね。こんなことを言うのも変だけど、あの事件での死傷者はブルー君以外いないし今日は通常通り進むから特に気にせず思い切り戦ってね」
昨日の敵襲があった後、一部の研究所の職員が気絶していたこと以外特に変わったこともなく、通常通り勇者試験が続けられることになった。
事件の内容はたまたま駆けつけたローズ以外、研究所の人間は知らない。
敵が丁寧にも職員を気絶させていってくれたおかげで事件を見ていた人間がブルーのチームとエステラとエリスのみだったのが効いているのだろう。
最もエステラはあまりの衝撃に気絶していてほとんど見てはいないが。
ローズは会場の場所をブルーに伝えると、そのまま去っていった。
他の三人にも場所を伝えに行ったのだろうか。
研究所の人間でも太刀打ち出来なかった怪物をお手製の銃で一撃で仕留めたり、研究所の職員にある程度顔が知られていることを考えるとそれなりの立場にいてもおかしくないと言うのに雑用を任せられているのは不思議だ。
いや、むしろ正規の職員ではないのに仕事を任せられている時点でおかしいと言うべきか。
ブルーは急いで着替え、髪型をそれなりに整えて部屋を出た。
昨日一昨日とつけ忘れていたゴーグルを額に付け、念の為用意していた替えの衣装に袖を通したブルーの姿は、誰が見ても凛々しく映るだろう。
「よし、いくか」
一歩踏み出したブルーの瞳は、期待と覚悟に満ちた青い色をしていた。
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