第一章19『静かな夜は幕を下ろす』

 月明かりが雲や木々の合間を縫って細く窓に差し込まれる。

青い瞳が明かりに照らされ、静かに目を閉じる。


「もう、寝よう」


 白い息と共に呟き、おもむろに椅子から立ち上がってベッドに横になる。

厚い毛布にくるまり、無意識に身体を落とし込む。


 冷えた毛布が温まり始めた頃、遠くの方で小さくミシ、と音がした。


 なんだろう、と目を開けた瞬間、突如凄まじい轟音が響いた。

地面を巨大なハンマーで叩いたような地響きにベッドが揺れ、起きあがろうとした身体のバランスを失って転げ落ちる。


「なんだ!?」


 急いで部屋を出て階段を降り、玄関まで向かう。

扉を開けて外に飛び出ると、そこには二メートルはある巨大な人型の影が佇んでいた。


 一目でわかる危険な気配にゾッと寒気がし、急いで家へと走る。

思いきり扉を閉めようとしたとき、同じく飛び起きた母親が入れ替わりで外へ出て行った。


「母さん!」


 呼びかけも虚しく、母親は言葉を返さずに出て行ってしまった。

しばらく唇を噛んで葛藤し、震える足を無理矢理奮起して続くように外に飛び出た。


 次に見たのは、巨大な影と戦う母親の姿だった。

凄まじい速度で展開する攻防に目が追いつかず、呆然と立ち尽くすことしか出来ない。

ただ一つかろうじてわかることは、母親が明らかに劣勢であることだけだった。


「ブルー!逃げろおおお!!!!!」


 こちらに気が付いた母親が思い切り叫んだ。

その瞬間現実に意識が戻り、走ってその場から逃げた。



 走る。走る。走る。



 積もった雪に足をとられ、思い切り転ぶ。



 雪と泥でぐちゃぐちゃになった顔で涙を流しながら、一心不乱に走り続けるしかなかった。



「うわあああああぁぁあぁあぁああああああ!!!!!!!!!」




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───眩しい。なんだよ。寝れねぇじゃねぇか。


 目覚めは、とても静かだった。

目に飛び込むのは、セレネやオルトー、クァイスの顔。

喜怒哀楽全てを詰め込んだような表情を自分に向けられている。


───なんだ?頭が回らない。どういう状況だ。


 確か、さっきまで舞台で戦っていたはずだ。

何も、思い出せない。


「ブルー君!」


 オルトーが呼びかけてきた。

そんな大きな声を出さなくても聞こえるよ。

セレネもクァイスも、そんな顔してどうしたんだ。


「起きて…良かった…」


 セレネが泣きそうな顔をしている。


───なんだ?俺は負けでもしたのか?

優勝したような記憶は…夢だったのか。


「え…と、皆いるってことは、負けたのか?」


 上半身を起こして周りを見渡す。

控え室の中のようだ。


 クァイスがピクリと反応して口を開いた。


「ブルー。お前は一度死んだ。記憶が無くなっていてもしょうがない程に無惨にな」


「死ん…だ?」


───どういうことだ。

少し記憶が戻ってきた…いや、エステラと戦ってたところまでしか思い出せない。


「よくわかんないんだけど、突然怪物みたいな敵が現れて、そいつにブルー君が殺されて、そこに不思議な人がやってきてそいつを倒して…」


「待って、一回落ち着こう」


 混乱が混乱を呼ぶ状況に、ブルーはオルトーを一度制止した。

説明する側もされる側も、冷静になれていないことだけは理解出来た。



***



「つまり、その男の人が俺を助けてくれたってことか」


 一通り説明が終わり、ブルーは腹をさする。


───ここに穴が空いてたってことだよな…

普通に死んでるはずだけど、奇跡が起きて治ったと。

てか俺その状態で立ち上がったって最早怪物じゃねぇか。


 ブルーは心の中でツッコミを入れると、忘れてはいけないことに気が付いた。


「そうだ。その男の人はどこに?お礼を言わなきゃいけない」


 ブルーの言葉に三人は顔を見合わせる。


「名乗りもせずにいつの間にかいなくなってたよ。ブルー君を襲った敵も消えてた」


 オルトーが答える。

光が収まった後、ブルーの身体の傷が治ると同時に青年はいなくなっていた。

ブルーを襲った敵もいつの間にか消えていた。

研究員とも思えない格好と振る舞い、そして圧倒的な強さに加えて蘇生魔法と謎が多すぎる人物だった。


「ていうか、そろそろ良いかな」


 オルトーが続ける。


「そろそろって何を…」


 ブルーの返事を待たず、オルトーとセレネが勢いよく抱きついてきた。


「うおっ」


「ブルー君んんんんん!!!」


「良かったよぉぉぉぉぉ!!!!」


 抱きついてきたわんわんと泣く二人と微笑んでそれを見守るクァイスに、ブルーは呆然としていた気持ちが一気に現実のものへと引き戻される。

 たった数日の中で築かれた絆は、既にかけがえのないものとなっていた。


「…ただいま」

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