第一章18『光の戦士』
「きゃあああああ!!!!!」
一部始終を見ていたセレネが叫び声を上げる。
立ち尽くす二人を尻目に、クァイスが控え室を飛び出した。
「ははははははははは!!!!!!!!」
男の狂気的な笑いが会場に響く。
クァイスが姿を消して奇襲するが、男はまるで相手にしていないように顔すら向けずに笑いながら攻撃を避けた。
「貴様…何者だ」
クァイスが間合いをとり、問いかける。
ブルーとエステラの試合が決着した際、本来鳴るはずの試合終了のブザーが鳴っていないことにクァイスは気付いていた。
何試合も繰り広げられた中で欠かさず鳴っていたブザーを決勝戦の舞台でミスするとは思えず、異常事態が起こる予感を感じ取っていた。
男はクァイスの言葉を無視し、そのまま一瞬でクァイスの視界から姿を消した。
男が姿を消した瞬間、クァイスの脳にブルーの無惨な姿が
凄まじい悪寒が身体中を巡り、クァイスは勢いよく後ろに飛び退けた。
───どこだ…!
周囲を見渡すが男の姿は見当たらない。
危険信号が鳴り止まず、棍を持つ手に力が籠る。
警戒したまま正面に向き直すと、十数メートル離れた場所に男は姿を現していた。
男の横にはぐにゃぐにゃと
何もない空中に浮かぶ様はまるで異空間のようで、異質な雰囲気を漂わせていた。
男はクァイスに背を向け完全に無防備のように見えるが、クァイスは攻撃を仕掛けることが出来ないでいた。
この男に手を出してはいけない。たった一撃仕掛けただけで全身の細胞がそう訴えかけていた。
男の身体が完全に異空間に飲み込まれていこうとした瞬間、突如男の上空から轟音が響いた。
あまりの轟音にクァイスは音の方向に目を向ける。
しかし上には何もなく、ただライトに照らされた明るい天井が広がっていた。
「は…」
クァイスが困惑を覚えるのと同時に、轟音が鳴った場所から真下に向かって一筋の光が煌めいた。
上空からの煌めく一閃はクァイスの恐怖に襲われた顔を明るく照らす。
光の発生直後、まるで雷が落ちたかのように一瞬遅れて凄まじい勢いで砂煙が巻き上がった。
砂煙が舞う中クァイスが恐る恐る視線と共に顔を正面に向けると、剣を構えた背の高い青年が一人、背を向けて立っていた。
青年は鎧を身につけていて、所謂戦士のような格好をしている。
青年の剣には赤い液体が纏わりつき、ポタポタと地面に垂れていた。
そして、青年の足元には先程までクァイスを圧倒し、ブルーを瞬殺した男が血を流して倒れていた。
男が踏み入れていた異空間のようなものがゆっくりと消滅していく。
「あなた…どこまで追ってくるんですか…」
男は息が漏れ、苦しそうな声で青年に話しかける。
青年は剣を素早く振り、血を払いながら応える。
「お前は…本当にどこまでも…」
青年は言葉を選ぶように数秒止まると、クァイスに向けて振り返り、倒れた男を置いて歩み寄ってきた。
「君、怪我はないかい?」
クァイスの元まで来ると、青年は剣を仕舞って話しかけて来た。
青年は穏やかな笑みを浮かべていてまるで敵意を感じず、クァイスは不思議と安心感を覚えた。
「…大丈夫だ。お…あなたは?」
お前、と言おうとして青年の持つ不思議な雰囲気にクァイスは普段使わない言葉を漏らした。
「僕は…いや、それよりブルーさんを知らないかい?」
「…!あいつはもう…」
クァイスは目を伏せ、歯を食いしばる。
ブルーは死んだ。覆しようのない事実にクァイスは返す言葉を見失った。
青年は少し考え込むように俯くと、何かを決心した様子で顔を上げた。
表情は先程より険しくなったが、威圧感は感じられない。
「...そうか。ブルーさんはどこに?」
尋ねた途端青年は控え室の近くで倒れるブルーに気付き、クァイスの返事を待たずに飛び出した。
凄まじいスピードに大きく砂煙が舞い、クァイスは目を覆う。
───あいつは一体…
砂煙が収まり、クァイスが目を凝らすと既に青年はブルーの元で蹲っていた。
「ひええ!今度は何!?」
控え室で震えていたオルトーが怯えて反応する。
オルトーとセレネはクァイスが飛び出るのを見ても尚、控え室から出ることが出来ずその場で立ちすくんでいた。
得体の知れない人間と異常な状況にオルトーとセレネの表情は恐怖に支配されていたが、ブルーを見つめる青年の顔を見て表情が変わった。
青年はブルーを見て顔を顰め、悔やみの涙を流していた。
その様子に、セレネとオルトーは口を抑えて涙を流す。
たった今まで共に戦って来た仲間が、突然死んだ。
オルトー達は幾度となく襲うトラブルに心が追いついていなかったが、青年の涙によってようやくブルーの死に実感が湧いた。
ブルーはチームのリーダー的存在として、短い時間だったが信頼のおける大切な存在になっていた。
出会った当初チグハグだったチームはブルーがいなければ纏まっていなかっただろう。
「ブルー君は、僕を笑顔で迎え入れてくれたんだ」
オルトーは震える声で呟く。
ブルーは生意気な態度を取っていたオルトーを手荒ながらも正しい方向に導き、改心した後も文句を言わずに受け入れた。
「ブルー君は、私たちを見捨てなかった」
セレネが続くように言葉を紡ぐ。
ブルーは自分の命が脅かされようとも、身体を張って怪物から仲間を守った。
二人が潤む瞳でブルーを見つめていると、突如ブルーの身体がぼんやりと輝きだした。
涙を拭って改めて見ると、青年がブルーに手をかざして何かを呟いているようだった。
「…ねぇ、これって───」
セレネの言わんとする言葉をオルトーは理解していたが、あまりにも薄い望みに口を紡ぐ。
───はっきり言って、蘇生は無理だ。
魔法はそんなに便利なものじゃない。光魔法の回復は相当な魔力と集中力、そして膨大な時間を使って何とか重症を治すことが出来る程度だ。
それもかなりの光魔法の熟練度を必要とする。
もしこの人がトップレベルの光魔法の使い手だとしても、ブルー君が生き返ることは万に一つも、ない。
我こそはと意気込んだ数々の実験者と光魔法の使い手が挫折した蘇生魔法を、この場で成功させることなどあり得なかった。
あり得ない、しかし、万に一つでも可能性があるのなら。
オルトーとセレネは心からブルーの復活を願った。
青年の顔が険しくなっていくと共に、徐々にブルーを包む光が輝度を増していく。
空中の至る場所からブルーに向けて光が集まってゆき、次第にブルーと青年が光に完全に包まれ、姿が見えなくなった。
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