第一章17『天才と限界』

 ブルーとエステラの勝負の様子を、一人の男が観戦していた。

ブルーの目の前で舞台から飛び降りた男、エリスだ。


 エリスが試合を放棄して舞台を飛び降りたのは、エステラへの絶対的な信頼によるものだった。

 エステラはエリスの姉に当たる人間で、元々は武道に全く関わりのないお淑やかなお嬢様だった。

親の権力が成せる立場だが、エステラは名に恥じない能力を持つ人物だった。

学業では学園一の成績を誇り、スポーツや芸術などあらゆる分野で数々の賞を受賞するほどの才能を持っていた。


 しかし凄まじい努力で様々な能力を得たというわけでもなく、手をつけたものは即座に身につけ自分のものにするまさに天性の才能を持つ人間だった。


 そんな天才と呼べる彼女が武道に手を出したのは、母親の病気がきっかけになっていた。

 勇者試験の約半年前、エステラの母親が突然重い病気にかかり、寝たきりの状態になってしまった。

父親は既に他界しており、エステラ家の財産を費やした最新の医療を施しても治せない病にエステラとエリスは困り果てていた。

母親の容態は日に日に悪化していき、長くて後三年持つかどうかといったところだった。


 そんなある日、エステラ宛に優勝すれば願いを叶えると記された勇者試験の知らせが届いた。

全世界でも随一の財力を誇る研究所の開くイベントで優勝することが出来れば、その圧倒的な財力で母親の病気を解明して治すことができるかもしれない。

そう考えた二人は勇者試験が開かれるまでの半年間鍛え続けたのだった。


 しかしエリスは武術に長けているわけではなかったため、エステラの練習相手としては不十分であった。

まともな実戦訓練をほとんど出来ないまま試験までの時間があっという間に過ぎていき、エステラは思うような成長が出来ないままでいた。


 第一試験はエリスと協力してゴブリンを倒し、第二試験はチームメイトの少年が一撃で突破。そして決勝戦までの試合は全て他のチームメイトが処理していたため、完全に戦闘の機会を失っていた。


 そして迎えた決勝戦。それまでの試合で無双していたチームメイトが倒され、危機的状況に陥っていた二人だったが、エリスはこの状況をむしろチャンスだと捉えていた。

 圧倒的な実力を持っていたチームメイトを倒す程の実力者を天武の才を持つ姉に当てれば、瞬時に成長し自分のものにするのではないか。

願望も含めて舞台を降りたエリスの見立ては見事に成功していた。

 現にエステラはブルーを追い詰めている。このまま倒すことが出来れば脅威の成長スピードで次の敵も同じように戦っていくことが出来るだろう。


「頼んだよ、姉さん…」


 エリスは両手を顔の前で組み、姉の勝利を祈っていた。


 舞台では変わらず拮抗状態が続いていた。

しかしエステラの凄まじい成長速度と蓄積されたダメージによってジリジリとブルーは追い詰められていく。


───こいつ…俺の動きに対応してきてやがる…!

俺の得意なインファイトを仕掛けたはずなのに防御が硬い上にむしろ俺がダメージを喰らってる。

バケモンみたいな成長速度だ…!


 エステラのあまりの対応の早さにブルーはまずいと後ろに飛んで一旦距離をとる。

エステラはブルーの体力切れによるミスを虎視眈々と狙っている。ここは少し休憩しつつ作戦を練るのが得策だ。


 ブルーが睨みをきかせていると、痺れを切らしたのかエステラが飛び込んできた。

両手のナイフを順手に持ち替え、まるで両手剣を持つかのように構えている。

 距離が五メートルを切った程まで近づいた途端、左手のナイフを投げつけてきた。

すんでのところで避け、飛び込みに構える。


 二メートル程まで近づいた瞬間、エステラは右手に持っていたナイフを空に放った。

視線までナイフに送り、完璧にブルーの技を再現する。

左手のナイフを先に投げつけて来たのは、ブルーの意識を右手のナイフのみに集中させるためだった。


───俺の技!この一瞬で視線誘導まで完璧にコピーかよ!

…だけど甘い。武器を失った今、本命の攻撃は俺と同じく───体当たりだ!


 ブルーの読み通り、エステラは勢いのままに突進を───すると思いきや、持っていなかったはずのナイフを左手に持ち、勢いよく振り下ろしていた。

 完全に不意を突かれたブルーは思わず足を引っ掛けて後ろに倒れる。

尻餅をつき、確実に回避不能になってしまった。


───なんでだ…!?確かにナイフは二本とも投げたはず…!


「ブルー君…っ!」


 オルトー達が固唾を飲んで見守る。

万事休すか。














───っっっっっっぶねええええええええええ!!!!!!!


 ブルーはすんでのところで振り下ろされたナイフを両手の平で挟み取っていた。

白刃取り。唯一の回避する解答をここにきて成功させた。


 エステラが驚いている隙を見計らってブルーは手首を捻り、ナイフを奪い取る。

そのままナイフを右手に持ち替え体勢を立て直そうとした瞬間、何かを感じ取った。

持ち替えたナイフを持つ右手の感覚に覚えがあった。


───俺のナイフ…!?いつの間に奪い取ったんだ。拾うような動作も…もしかして、空中から降ってくるナイフを俺と戦いながらキャッチしたのか?

天才にも程があんだろ!


 ブルーは素早く身を翻し、エステラを馬乗りになって押さえつけ、そのままナイフの刃先を首元に当てた。ゲームセットだ。


「…悔しいですが、私の負けです。降参します」


 エステラは目を伏せ、唇を噛んで投了した。


───驚かされることが色々とあったが、これで優勝だ。

あっけないような、長かったような。濃い二日間だった。


 ブルーは静かにエステラからナイフを離して立ち上がり、手を差し伸べた。

エステラは素直に手を取って立ち上が───



ドオオオオオオオオン!!!!!



 突如、会場の奥から凄まじい轟音が鳴り響いた。

ブルーを含めた試験者全員が音の方向に注意を向ける。


───なんだ!?また怪物が侵入でもしたのか!?

勘弁してくれ…!


「こんにちは、ブルー君」


 突如、ブルーの背後から声が響いた。

凄まじい殺気を感じとり、思い切り飛び退く。


───気配を一切感じなかった…!


 声の主はペストマスクを付けた全身黒づくめの男で、身長は二メートルを越す程に高く、シルクハットがその身長を更に高く見せている。

 しかしその高身長の男性が目の前に立っているにも関わらず、まるで存在をはっきり認知させず、気配を全く感じ取れない。

 二次試験の怪物相手に感じた何十倍もの危険信号が、ブルーの身体全身に回っていた。

鳥肌がこれ以上なく沸き立ち、油汗が身体中から押し出てくる。


「あ、初めまして、ですよね。えっと…では」


 ペストマスクの男は話しながら右手を頬に当てて少し考え込むような素振りをとる。


「死んで下さい」


 言葉を発された次の瞬間、ブルーの視界には男のペストマスクが鼻先が触れるほどの距離で映っていた。


───は…っ!


 『攻撃をされた』ブルーがそう感じ取った瞬間には既に控え室の壁に背中が叩きつけられていた。

舞台から控え室まで数十メートル。その距離を一瞬で吹き飛ばされていた。

 ブルーの口から胃液と血液が混ざったような液体が飛び出る。


「ガぼッ…っ!」


 今まで受けたダメージもあり、たった一撃で意識が無へと強く吸い寄せられていく。


───俺…死ぬのか…

ここで意識を失ったら、俺は確実に殺されるんだろうな。

もう連戦で身体もボロボロだ。身体が動かねぇよ。

せっかく勝てたのに、せっかく優勝したってのに、ここで全部終わりかよ。



『「俺が強くなったのはな、もう二度と何も失わないためだ」』



 ブルーの脳裏に、両親の顔が過ぎる。



…そうだ、俺は死ぬわけにはいかない。父さんを探すため、カーラ婆さんやハナの期待に応えるため、俺は絶対に…死なない!!!


「がぁぁぁぁあああああああ!!!!!!!!」


 ブルーは雄叫びを上げ、半分意識が持っていかれたまま立ち上がった。

視界は赤黒く染まっていて何も見えず、最早痛みを感じる神経すら麻痺している。

身体中の全ての細胞が悲鳴を上げ、立ちあがることが奇跡だった。




───そう。本当に、奇跡だった。

 ブルーはそのまま気を失い、ばたりとうつ伏せに倒れてしまった。


 無惨にも倒れたブルーの腹部には、直径十五センチ程の穴がぽっかりと空いていた。

それは人間としての機能を失うには十分な大きさで、ブルーの意識が戻ることは二度とないと、そう示しているようだった。

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