第一章16『理解不能』

───ふざけんな…クールタイム早すぎるだろ…


 よりにもよって相手は大柄な男で、少年の一撃で弱った相手を倒すために構えているようだった。実際その作戦なのだろう。


 ブルーは震える腕でナイフを構えるが、あまりのダメージに身体が上手く動かせる気がしない。

回復も兼ねて相手の様子を窺うと、相手の男は両手から電気を生み出して拳に纏わりつかせていた。

電気魔法を纏った攻撃は痺れさせる効果がメインだが、純粋な攻撃力も増強されるため弱ったブルーは一撃でもまともに受ければ即ゲームオーバーだ。


「勘弁してくれ…」


 ブルーの呟きも虚しく、相手の男は凄まじい威圧感でこちらに真っ直ぐ向かってくる。

バチバチと火花を撒き散らし、親の仇と言わんばかりの殺気を放っている。


───おいおい殺す気かよ。頼むからストレス解消のサンドバッグを見るような目で見るのはやめてくれ。


 男が拳を振り下ろす瞬間、ブルーはかろうじて横に飛び退け、なんとか重い一撃を免れた。

次々と放たれる容赦ない猛攻をギリギリで避け続ける。


 このままだと今までに討伐したゴブリン達に挨拶をしにいくのも時間の問題だ。

 なんとか解決策を考えたいが、冷静に考える暇を相手は与えてはくれない。


 ブルーは場外に飛び出さないように舞台を気にしながら余裕のない思考を張り巡らせる。

 改めて凄まじい殺気で拳を振るう敵に意識を戻した瞬間、ブルーはふとオルトーに一撃叩き込んだシーンが脳によぎった。


───そうだ!


 ブルーはハッとして場外に顔を向けながら、変わらず攻撃をギリギリで避け続ける。


「ブルー君、避けてばっかじゃ勝てないよ…!このままじゃジリ貧だ…」


 控え室で見守るオルトーは頭を抱えて嘆く。

弱気な発言をするオルトーを見て、クァイスが被せるように返す。


「いや、あいつは水魔法を使えるとも言っていた。まだ強化魔法での戦闘しか見せていない」


「...そうか!ブルー君ならきっと秘密兵器を隠し持ってる!」


 笑顔を見せるオルトーを尻目に、セレネとクァイスは試合の行く末を真剣な眼差しで見守っていた。


 男の猛攻を避け続けていたブルーだったが、とうとう場外ギリギリ、舞台の角のまさに土俵際の大ピンチへと追い込まれていた。

男は大柄な体格を活かしてブルーが横に避けるスペースを完全に塞ぐ。

ブルーにはもう、逃げ道はない。


「これで、終いだ」


 言葉を皮切りに、凄まじい電撃と殺意を纏った拳がブルー目掛けて振り下された。


───今だ!


 拳がブルーの顔面に届く寸前、ブルーは上半身を捻り、紙一重で拳をかわした。

電撃がブルーの頬を掠め、血が頬を伝う。

 ブルーは相手がバランスを崩したのを見計らって軸足を蹴り、完全に無重力となった相手の後頭部に思い切り裏拳を叩き込んだ。


「あれは…!」


 ブルーの動きにオルトーが身を乗り出す。

自身の拳の勢いのままに男は場外へと吸い込まれていった。

それはまさしく二次試験前にブルーがオルトーに叩き込んだものと同じ技だった。


 試合終了のブザーが鳴り響き、ブルーの勝利が告げられる。


───危なかった。最低限の動きしか出来ない以上、真っ向から戦うことは出来なかった。

オルトーとの争いを思い出さなければ冷静さを欠いたまま天国に召されていただろう。

まあそれはそれで相手が反則負けになるが。


「すごい!ブルー君ナイスー!」

 

 固唾を飲んで見守っていたセレネが歓喜の声を上げ、オルトーも飛び上がって喜びの舞を踊る。


「最小限の動きで相手を倒すためにわざと追い込まれたのか」


 クァイスが関心したように呟いた。

 盛り上がる控え室の様子を見てブルーは表情が少し緩んだが、次の対戦相手が舞台に登壇し、すぐに引き締めた。


───このまま全員倒して優勝する。俺は研究員になるんだ。

体力も多少回復しているしまだ戦える。

次の相手次第では秘密兵器を使ってでも勝ちに行こう。


 ブルーはナイフを握りしめ、登壇して来た相手に顔を向けた。

今度の相手はボサボサの黒髪を携えた細身の男性だった。

背が高く身体的なアドバンテージがあるように見えるが、魔法を使うのか肉弾戦をするのか見た目からではわからない。

 男の目線はブルーに向かうでもなく少し俯き気味で、どこか虚ろな印象を漂わせていた。


───今までまともに様子見をさせてもらえなかったが、今度こそ相手の初動を見て行動しよう。

常に想定外を想定するんだ。もう意表を突かれて一方的に攻撃を受けるのは嫌だ。

俺には見てから対応する能力はあるはずだ…多分。


 準決勝から苦戦を強いられて来たブルーは少し自信をなくしていた。

ブルーは空を見上げて大きく深呼吸をし、ナイフを構える。

 そして、試合開始のブザーが鳴った。


───は?


 試合開始と同時にブルーが目にしたのは、舞台から飛び降りる男性の姿だった。

想定外すぎる行動にブルーの思考が固まる。

程なくして試合終了のブザーが鳴り響き、ブルーの勝利が告げられた。


「いやいやいや…え?」


 困惑したブルーを嘲笑うかのように相手チーム最後の一人の女性が平然と舞台に上がってくる。

男性は何事もなかったかのように控え室へと戻っていった。


 相手の女性は白いフードを深く被っているため表情が読み取れないが、特に動揺している様子もなく静かにたたずんでいる。


───流石に意味がわからない。まさか憔悴しきった俺に怯えて逃げたわけでもないだろう。

大将を務める彼女の実力をよほど信頼しているのだろうか。

いや、長いローブで隠してはいるが彼女は両手にナイフを逆手で持っているのが見える。隠し方が甘いし戦い慣れてないのがすぐに見て取れる。

決して油断するつもりはないが実力があるようには見えない。

 本当に、何の意味があるんだ。いや、まじで。


 相手の女性は淡い水色の長髪で、白いローブの下に黒に近い灰色のキュロットのようなものを穿いている。靴は底が厚い黒いブーツを履いていて明らかに戦闘には向いていない。

立ち姿からどことなく気品を感じさせ、育ちの良いお嬢様のように見える。


「初めまして。私の名前はエステラ。お手合わせ願います」


 相手の女性は丁寧に挨拶をした後、試合開始のブザーが鳴ると同時に飛び出した。


───浅い攻めだ。驚いていたせいで構えが遅れたが余裕で捌ける。


 ブルーは軽くナイフを躱しつつ、エステラの動きを観察する。


───素早い、が、動きが野生的すぎて自分で動きをコントロールしきれていない。武器の扱い方もまるで素人だ。

ただ、戦闘センスだけで見れば相当なものだ。野生的な勘で鋭く俺の動きに合わせてナイフを振ってくる。

コントロールさえ出来ていればかなりの強敵になっていたかもしれないな。

…まあ、もうこれ以上動きを見る必要はなさそうだ。さっさと決めてしまおう。


 ブルーはエステラの渾身の一撃をヒラリと躱し、いつものように体勢が崩れたところを蹴りと裏拳で───


「なっ…!」


 エステラは素早く身を翻し、ブルーの腹を強く蹴り飛ばしていた。

ブルーは舞台の中央に飛ばされ、上手く受け身が取れずに床に転がる。


「がはっ…!」


 あまりの激痛に血を吐く。

先鋒の少年から受けた攻撃と同じ場所に蹴りを受けていた。

戦闘向きではない厚いブーツが蹴りの威力を更に高めていた。


───いっっってぇ。

こいつ…一番警戒していた場所にすんなり蹴りを通しやがった…!

さっきまで俺が圧倒していたはずだ。実力を隠していた様子もない。


「どうなってんだ…」


 ブルーはよろけながら立ち上がり、ナイフを構える。

エステラはブルーが体勢を整えることを簡単に許すはずもなく勢いよく突進してくる。

思い切り間合いを詰めてナイフを振ってくるが、ブルーは痛みでよろけたことによって意図せず攻撃を躱し、そのまま痛みをこらえて飛び退いた。

エステラは容赦無く追撃を図る。


「あーもう!!!」


 ブルーは叫びながらナイフを両手で槍のように構え、刃先を相手に向けて迎え撃つように走り出す。

歯を食いしばり、激痛が走る腹に叱責する。


「そんな単調な攻撃は効きません!」


 エステラが叫び返す。

ブルーは臆することなく踏み込む。


───んなこたわかってるよ!


 お互いの間合いが二メートル程まで近付いた瞬間、ブルーは思い切りナイフを空に投げた。それと同時に顔と視線を思い切りナイフへ向ける。

ナイフは回転しながら宙を舞う。


 予想外の行動に、エステラは思わず視線がナイフへと逸れた。

エステラの意識が一瞬空に向かった瞬間を見逃さず、ブルーは全身を使って思い切り体当たりをした。

お互いバランスを崩し、組み合ったまま地面に転がる。


「うおおおおおおお!!!!」


 ブルーはそのままエステラを抱え、勢いよく投げ飛ばした。

ギリギリ場外には届かず、エステラは素早く受け身を取って体勢を立て直し、休むことを知らずにブルーに向かって突進をする。

ブルーが武器を失った今がチャンスだと判断したのだろう。


───やってみろよ。


 腹から全身にかけて激痛が走り、身体が悲鳴を上げ、武器をも失った状況でブルーはかつてない程集中していた。

火事場の馬鹿力と言えようか、止まらないエステラの猛攻を前に華麗なフットワークで攻撃を躱しつつ攻撃の隙に拳を叩き込む。

 当然の起死回生にエステラは何かを察して間合いを取った。


「おい、来てみろよ!ぶっ倒してやるから」


 ブルーの挑発にエステラは乗らず、静かにナイフを構えたままじっと動きを観察する。


───あーくそ、こいつわかってんな。


 エステラはブルーの力がそう長続きしないことに気がついていた。

ブルーの身体は震え、構えも徐々に不安定になっている。

エステラはブルーが勝負を焦っていた理由を即座に理解し、間合いをとって時間をかけて倒しにかかっていた。

身体的な限界はいずれ必ず来る。じっくりと時間をかけて戦えばブルーは確実に弱っていくだろう。

 ジリジリとした空気に耐えられず、ブルーが飛び出した。

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