第一章15『一撃』
決着は、鈍い音と共に迎えた。
ブルーは閉じていた目を恐る恐る開ける。
「まさか…そんな…」
声が震える。
そう、クァイスは──────勝ったのだ。
後ろに飛び退いた相手をそのまま棍の一撃で押し出し、場外に落とした。
ブルーは勢いのまま飛び出し、クァイスの元へ駆け寄る。
身体の痺れは大分和らいでいた。
終了のブザーと同時に目を開いたクァイスはブルーに気が付くと、驚いた表情で目を合わせた。
「よく勝ったなクァイス!相手の攻撃を読めてたのか?」
ブルーは嬉しさのあまり完全に敬語を忘れてクァイスに尋ねる。
しかしクァイスは何を言っているかわからないというようにブルーの顔を見る。
「え、気が付いてなかったのか。最後相手は炎魔法でカウンターをしようとしてたんだ。てっきり…」
「出来なかったんだよ」
ブルーの言葉を遮るように舞台の端から声が聞こえてきた。
相手の男だ。舞台に上がってこちらに歩み寄って来ていた。
「拳を放つ瞬間、電気魔法を使う少年にやられたダメージで一瞬身体が硬直したんだ。まさかここに来て効いてくるとはね」
男はクァイスの目の前まで来ると、悔しがる様子もなく爽やかな笑みを浮かべてクァイスの顔を見た。
クァイスは男と目を合わせ、口を開く。
「俺は何もわかっていないまま場外に落として勝てたが、これが試合じゃなかったらどちらが勝っていたか分からない。しかもお前はまだ本気を出していないだろう」
「ふふ、そうだね。君もまだ本気を出していなかったようだ。僕の名前はアイゼン。君は?」
「…クァイスだ。また機会があれば手合わせしよう」
これが男の友情というものか。お互いの闘志をぶつけ合う二人を見てブルーも改めて闘志を燃やしていた。
しかし感心している場合ではない。これからまだ三人も敵が残っているのだ。
ブルー達のチームが優勝するためには残り三人をクァイスが倒し、なおかつ決勝戦で勝たなければならない。
「クァイス、後は任せたぞ」
アイゼンの背中を見守るクァイスに言い残し、ブルーは控え室に向かった。
クァイスの実力はまだ未知数のままだ。
二次試験ではブルーが攻撃することすらままならなかった怪物に深い傷を負わせている。
今回の試合でも運が良かったとはいえかなりの強者相手に勝ちをもぎ取ってくれた。きっと相当な実力を隠し持っているはずだ。
思考に集中しながら歩くブルーが控え室の扉に手をかけた瞬間、試合”終了”のブザーが鳴った。
「え…?」
ブルーは驚いて舞台を見ると、既に対戦相手は場外に落とされ、クァイスは傷一つなく舞台の中央に立っていた。
───待て待て、あまりにも一瞬すぎる。
場外に出すスピードが明らかにおかしい。全能と言われたダヴィンチも絵を描く手を止めて教えを乞う速度だ。
瞬間移動やらなんやら一体どんなタネなんだ。
困惑するブルーを置いていくようにクァイスはそのまま残りの敵も一瞬で倒し、息をつく間も無く試合はブルーチームの勝利となった。
残りの試合を見ても、クァイスの圧倒的な速さにブルーは圧倒されるのみだった。
「決勝戦進出おめでとー!」
完全に回復したセレネが控え室ではしゃぐ。
それもそうだ。セレネが負けた瞬間は敵四人対味方一人の構成で完全に負けを確信していただろう。
その中で勝利した喜びは相当大きいはずだ。
「まさかクァイス君がこんなに強いとはね。本当に尊敬するよ」
オルトーもクァイスの強さに目を輝かせている。
すっかり丸くなってしまったようだ。
「さて、次がラスト。決勝戦だ」
喜びの空気から一呼吸置いたブルーの言葉に全員の顔が引き締まる。
決勝戦の相手はこちらと同じく多くの強敵を倒してきた相手だろう。
相当な苦戦を強いられると容易に想像がつく。
「でも、このチームならきっと勝てるよね!」
セレネが全員の顔を見渡しながら話す。
ブルーは笑顔で士気を高めるセレネの顔を見つめ、目を逸らした。
「ん、どうしたの?」
視線を向けられたことに気が付いたのか、セレネが声をかけてくる。
「いや、なんでもない。出来れば俺だけで四人を倒して安全に勝ちたいな」
「そうしてくれると嬉しいけど、もし負けちゃっても私達で何とかするから安心して戦ってね!」
すっかり敬語というコミュニケーションの壁はなくなり、四人のチームが結束されていた。
ブルーは腰のナイフの鞘を擦りながら試験後の未来を想像する。
───無事に優勝することが出来たら、研究員になって父さんの行方を探す。それが俺の目的だ。
でもそれは各々が目指す未来のために努力してここまで来た人達の願いを蹴落としていくことと同じだ。
俺の目的は、他人の望みを蹴落としてまで叶えるべきものなのか。
…いや、そんな考えは
養ってくれたカーラ婆さんや応援してくれたハナのためにも俺は勝つんだ。
…てかハナの魔法で俺のこと見てるかもしれないのか。
ハナならカーラ達に実況しててもおかしくないな…これは尚更真面目にやらないと。
様々な思考を巡らせているうちに休憩時間が終わり、ブルー,オルトー,セレネ,クァイスは舞台に上がった。
四人の表情に迷いはなく、ただ勝利のためにそれぞれの思いを胸にしていた。
敵のチームは屈強な男とブルーよりも幼いであろう金髪の少年、背が高い細身の男性、そしてセレネやクァイスと同じくらいの背丈をした白いフードを深く被った女性だった。
決勝戦は今までとルールは変わらずにそのまま行うと説明をされ、ブルーと相手チームの少年を残して他の試験者は控え室へと戻っていった。
戻る際、クァイスが妙に相手の少年を気にしていたようだった。
チームメイトを見送った後、ブルーは目の前に佇む少年に振り返り、一つの疑念を抱いた。
一見純粋無垢なただの少年だが、出場順を入れ替えられない都合上決勝戦まで先鋒を務めて来た謎の人物だ。一体どんな戦い方をするのだろうか。
ここまで勝ち上がっているのを考えると見かけとは裏腹に凄まじい魔法を操って攻撃してくるのだろう。
先程の試合でも苦戦させられたばかりだ。どんな魔法を使ってくるのかわからない以上油断できない。
少年は綺麗な金色の短髪で、袴のようなゆったりとしたベージュの長袖の下に黒く丈の短いズボンを穿いている。
顔には穏やかな笑みを浮かべていて、ゆらゆらと左右に揺れている。
ふんわりとした無害な印象を抱かせるだけに、むしろ心の内が読めずに恐怖すら感じさせる。
お互いが目を合わせ、ジリジリとした空気感の中、試合開始のブザーが鳴った。
魔法は発動するまでに多少の時間がかかる。
最初は様子を見てから動き出しを───
ブルーが相手の動きを認識するよりも早く、少年の蹴りがブルーに叩き込まれていた。
───速すぎる!防御が間に合わない…っ!
「…っ!」
少年の凄まじい蹴りを勢いのまま胸部に喰らい、ブルーは思い切り吹き飛ばされた。
受け身を取って体勢を立て直すが、一気に場外まで近づいてしまった。
───まさか強化魔法を使った肉弾戦主体の敵だとは思わなかった。確かに武器は持ってないようだがあの見た目から予想出来るわけがない。
少年は余裕の笑みを浮かべ、いつでも飛び込めるぞと言わんばかりに左右に軽く飛んでいる。
かなりのダメージを受けてしまったが、ギリギリで身体を逸らしたおかげで致命傷はなんとか免れた。
───しかし妙だ。そこまでの凄まじいスピードが出せるのであれば俺が対応する前に勢いに任せて押し込む方が強いはず。
何かに警戒しているのか。それとも…
ブルーはナイフを構え、お返しと言わんばかりに懐に飛び込んだ。
スピードならブルーも負けてはいない。同じように蹴りを放ったが、ギリギリのところで防御されあまり手痛い攻撃にはならなかった。
───避けずに防御…なら、攻撃モーションに切り替えられる前に連打で押し込む!
ブルーは勢いに任せ猛烈なインファイトを仕掛けた。
ナイフを振り下ろすフリをして警戒させ、何度も蹴りを叩き込む。
隙あらば関節を切り落とそうとナイフで攻撃を仕掛けるが、流石に警戒されていて紙一重で避けられる。
ブルーの猛攻に防御状態を解除出来ないまま少年は少しずつ場外へと近づいていく。
「強い…ですね」
防御をしたまま少年が話しかけてくる。
しかしブルーは聞き耳を持たずに猛攻を続けた。先ほどの例もあって会話はするべきではないと判断していた。
「返事、してくれないんですね。…多分この試合は僕の負けです。あなたは強い」
───揺さぶるための語りかけだろうか。
自分よりも幼い少年に攻撃をするのは少し心が痛むが、いずれにせよ攻撃の手を緩めるつもりはない。
すでに場外ギリギリまで少年は追いやられていた。
しかし少年は焦る様子もなく話しかけてくる。
「僕の魔法、強化倍率が高い代わりにクールタイムがあるんです。なので最初の攻撃で仕留められなかった時点でほぼ僕の負けなんですよ」
少年の言葉にブルーは合点がいった。最初の少年の動きは強化魔法の中でも上位に入るレベルの力を発揮していた。
何かしらのデメリットがないと釣り合わないほどに強力だったが、何度も連発が出来ないのなら釣り合っている。
最初の余裕を浮かべた笑みは時間稼ぎのためのブラフだったのか。
ブルーは舞台の角に踵を重ねた少年にトドメの一撃を刺そうと拳を放った。
まずは一勝───
ブルーの拳が少年の頬に叩き込まれる瞬間、突如ブルーの腹部に重い衝撃が走った。
「ごめんなさい、一撃失礼します」
少年は悪びれたような笑みを浮かべ、勢いのまま場外へと落ちていった。
試合終了のブザーが鳴り、ブルーの勝利が告げられる。
「がは……っ!」
あまりの威力にブルーは膝をついて
本来強化属性の魔法は本人の元の力をベースに身体能力を強化するもので、本人の力が強ければ強いほど効果が高いものだ。
相手の少年はヒョロっとした見た目から試合開始直後のスピードと威力を叩き出していたことを考えると強化魔法の倍率が凄まじいものだったことが
そして、その凄まじい強化を受けた拳をもろにブルーは受けていた。
当然無事なはずがなく、強化魔法を使った足でなんとかギリギリ立ち上がれるレベルだった。
内臓が破裂したかと思うほどの衝撃と痛みに膝が笑い、身体中が震えている。
しかし試合は待ってはくれず、無慈悲にもすぐに次の相手が舞台に上がり、試合開始のブザーが鳴り響いた。
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