第一章14『隠した実力』
「さっきは悪かったね。君は…強いよ」
無情にも試合終了のブザーが鳴り、オルトーが運ばれて行く。
クァイスは出番になったセレネに視線を移すが、セレネは下を向いて何か呟いているようだった。
「今ここで…?でも…」
ブツブツと独り言を呟くセレネにクァイスが声をかける。
「おい、大丈夫か」
セレネはクァイスの言葉に驚いて飛び上がる。
余程考え込んでいたのだろう。
「う、うん。だいじょ…ばないかも。私の後はクァイス君よろしくね」
まるで負ける前提のような弱気な言葉を放ち、その後セレネは舞台に上がるまで何か思い詰めたかのようにブツブツと何かを考え込んでいた。
クァイスは何か作戦があるのかもしれないと黙って見送ったが、試合開始のブザーと共にその考えは崩れ去った。
一瞬にしてセレネは倒され、試合終了のブザーが鳴り響いた。
考え事をしすぎて目を閉じて戦うのを忘れていたようだった。
残りはクァイス一人。対して相手のチームは全員が残っている。
クァイスはおもむろに椅子から立ち上がり、控え室の扉を開いた。
自身の武器となる棍を握りしめ、舞台を見据える。
舞台へ向かおうと足を踏み出したとき、横から名前を呼ばれた。
ブルーだ。セレネが運ばれてきたのを見て医務室から抜け出してきたのだろう。
「クァイス、相手は五感に影響した魔法を使う。少なくとも視覚と聴覚には作用するはずだ。相手を絶対に見るな。会話にも返事をするな。耳を塞げるなら塞いでおいた方がいい」
ブルーは震える声で話す。
壁に寄りかかり、立っているのもやっとのようだ。
どんな致命傷も治る結界の中とはいえすぐに完治するわけではなかった。
「俺から出来る助言はここまでだ。後は頼んだ」
ブルーはクァイスの肩に手を置いた後、フラフラと控え室に向かった。
クァイスの試合を見届けるつもりなのだろう。
ブルーの言葉を預かり、クァイスは舞台へと向かった。
「クァイス…頼んだぞ」
誰もいない静かな控え室でブルーは独り呟く。
クァイスが負けてしまえばブルーの研究員への道は絶たれる。
top4では意味が無い。優勝しなければどこで負けても結果は同じだ。
しかし相手は強敵だ。ただでさえ強力な魔法を持っていると言うのに、まだ全快状態の敵が裏に三人も残っている。
ブルーはただ、細い勝ち筋を祈るしかなかった。
試合開始のブザーが鳴ると同時に、クァイスが姿を消した。
二次試験で見せたものだ。控え室では言っていなかったが瞬間移動を使えるのだろうか。
姿を消したコンマ一秒後に相手の背後に現れ、思い切り棍で突き飛ばした。
───当てた!
ブルーは思わず身を乗り出す。
初めてまともな打撃が入った。
どう戦っているのかは分からないが、クァイスならもしかしたら勝ってくれるかもしれない。
相手は受身を取って転がり、すぐに立ち上がった。
何やらクァイスに話しかけている様子だったが、クァイスは無視して再び姿を消した。
相手は為す術もなく打撃を受け続ける。
少しずつ相手は打撃のノックバックで後ろに追いやられて場外に近付いていく。
「いいぞ!このまま押し込め…!」
ブルーは手に力を込める。
このままいけば、難所だったこの相手は突破出来る。
「君…強いね。今まで戦ってきた中でもトップレベルだ」
クァイスの猛攻を防ぎながら男は語りかける。
相手の言葉にクァイスは一切応じずに猛攻を続ける。
場外まで後二メートル程まで近付いていた。
「目を閉じて返事もしない…僕の対策完璧だね」
腕を交差して防御体勢を取ったまま言葉を続ける。
「でも、僕にはまだ秘密兵器があるんだ」
男はニヤリとして右手に力を込めた。
男は一見最強に見える闇魔法の影に隠れ、実はもう一つ魔法を使えた。
炎を身体に纏い、攻撃の威力を高めるものだ。
強力な炎魔法の力を込めた拳で殴れば、いくら強靭な肉体を持っていたとしても場外まで一撃で吹き飛ぶ。
身体も無事では済まないだろう。
クァイスは目を閉じているせいで炎魔法に気付くことはない。
今猛攻を続けているのも一度攻撃をやめてしまうと相手の位置がわからなくなるからだ。
男は腕の防御を外し、少し後ろに飛び退いた。
一瞬クァイスは戸惑ったが、すぐに飛び退いた方向を察知して向かってくる。
しかし正確な距離感を掴むことは出来ていない。
向かってくる勢いを利用したカウンターで炎の拳を叩き込む。それが男の狙いだった。
控え室にいたブルーは相手の狙いに気付いていたが、ここからでは出来ることは何も無い。
思い切り踏み込む男を見て、ブルーは目を塞いだ。
負け─────────
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