第一章13『オルトー・パルデンス』

 ブルーが負けたのを見て、控え室にいたオルトー達三人は目を見開いた。

ここまで敵なしだったブルーが一瞬で倒されてしまったのだ。

そんな相手にどう勝てばいいと言うのか。


 すっかり静かになってしまった控え室で、オルトーが立ち上がった。


「ブルー君が負ける程の相手だけど、負けずに何とか戦ってみせるよ。昨日の恩返しをする番だ」


 そう言い残し、オルトーは舞台へ向かった。

 向かう途中、運ばれていくブルーとすれ違う。外傷はないようだが気を失っている。

遠くから見ていたオルトー達のチームは何故ブルーが倒されたか分からない以上、少しでもヒントを探すしかなかった。

 目を閉じる作戦は聞いていたが、意味があるのかも分からない。

しかし他の選手より倒されるのが遅かったことを考えると自分も同じように目を閉じるしかない。


 オルトーはゆっくりと舞台へ登壇した。

またも目を閉じたまま戦おうとする姿に相手は驚いたように話しかける。


「わーお。まさか君たちのチームはみんな目を閉じたまま戦う気?流石にそれは気が滅入るよ」


 気が滅入る、そんなわけはない。圧倒的な余裕を持っている口ぶりだ。

むしろ気が滅入っているのはこちらの方だ。


「そうだよ。そのくらいのハンデくらいくれてやる」


 オルトーは負けじと返した。が、もちろん虚勢を張っただけだ。

開始のブザーと同時に相手がまたも語りかけてくる。


「僕の魔法、本当になんだか分かってる?」


 相手の居場所が特定出来ない以上、喋り続けてもらうのは好都合だ。

オルトーは言葉を返すことにした。


「分かるわけないじゃないか。でもね、対抗くらいしてみせる」


 返事をした瞬間、オルトーは身体中から勢いよく電撃を放った。

大体の位置がわかっていれば広範囲の攻撃は当たるはずだ。避けられることも考え、上下左右かなり広い範囲に電撃を放つ。


 しかし、オルトーが電撃を放つと同時に、相手が手を叩いた。

パン、という音と共にオルトーの身体が痺れ、その場に倒れる。

放った電撃も相手に届く前に消えてしまった。


───既に術中だったのか。


 オルトーは無念にも身体が動かなくなってしまった。


「ははは。まださっきの子の方が怖かったかな。ナイフを持って襲ってくるスピードが速すぎて少し怯んじゃったもん」


 圧倒的な実力と余裕の前に、オルトーはす術もなく意識を失っていく。

薄れゆく意識の中、過去の記憶が蘇ってきた。



【二年前】



「お父さん、今日もテストで百点取ったよ!」


 笑顔で父親の部屋の扉に向かって語りかける。

しかし、返事は返ってこない。


「お父さんはお仕事で忙しいんだ、僕に構ってる暇なんかないよね」


 自分の部屋に戻り、教科書を開いた。

教科書は大量の付箋とメモ書きで埋め尽くされている。


「もっと勉強して、お父さんみたいな偉い研究員になるんだ。頑張ろう」


 ペンを取ろうと手を伸ばしたが、袖に当たってペンが落ちてしまった。

ペンを拾い、立ち上がる。

 勉強をしようと机に顔を向けた時、不意に視界の端に一枚の写真が映った。

壁に飾っていたものだ。写真を手に取り、眺める。


 写真にはオルトーの母親と父親がオルトーを中心にして写っていた。

写真に映る笑顔の母を見て、唇を噛み締める。


 母親はオルトーが10歳になったばかりのときに事故で亡くなった。

それから父親は仕事一筋になり、家にいる時間が極端に少なくなった。

家にいても部屋に籠っているのみで、顔を合わせることはほとんどなかった。


 写真を元に戻し、勉強机に座り直す。

ペンを持ち、ノートを開いて書こうとした。


 ペンが、手から落ちた。


 ノートに丸い染みがポツポツと増えていく。


「頑張るんだ。僕は頑張らなきゃいけないんだ。頑張るしか…」



***



 蘇る過去の記憶に、オルトーは歯を食いしばった。

途端に痺れていたはずの右手を握りしめる。


───僕は、虚勢を張ることしか出来なかった。

人を蔑み、陥れ、自分を良く見せることに必死だった。

…でも、今は違う。


「僕は…何もしないまま…終わる訳にはいかないんだ」


 痺れる口で、言葉を放つ。


 オルトーの気迫に相手の男は驚いて後ずさる。


 気を失わないで動いた人間は初めてだ。

だが、もう何も出来ることはないだろう。右手や口元が微かに動いた以外に動かせる様子はない。気迫があっても動けないことには変わりはないのだ。

さっさと場外に下ろしてしまおう。


 男がオルトーを抱えようと屈んだとき、オルトーが何か呟いたように聞こえた。

つい耳を澄ます。


「ゆ…だんした…な…」


 ニヤリ、とオルトーが笑みを浮かべた。

男はハッと気配を感じて上空を見上げたが、気付くのが遅かった。

先程放った電撃がまだ上空に残っていたのだ。右腕の合図をきっかけに降ってくるようになっていたのだろう。



 ブルー君、仇は打つよ。

ここで、相打ちだ。

喰らえ。電気魔法奥義────


『ディレイライト・ストライク』


 オルトーが掛け声を放った途端、凄まじい轟音と共に落雷が男を襲った。

まばゆい光が会場を覆い、バチバチと火花が散るような音が響く。

落雷のあまりの光量に、控え室にいるセレネ達は思わず目を覆った。


 一瞬の輝きに覆った手を外し、試合の行く末を見届けようとまだ明かりに慣れていない目を凝らす。



「嘘…」


 セレネが口を覆う。



 舞台の上には、男が両腕を交差して掲げた状態で立っていた。

ローブには焼け焦げたような跡があるが、相当頑丈な素材で出来ているのか破れたような跡はない。


「あの電撃を耐えたのか…」


 あまりの光景にクァイスも驚きの言葉を漏らす。

男は腕を下ろすと、力を使い果たして気を失ったオルトーに目を向けた。


「さっきは悪かったね。君は…強いよ」

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