悪徳画廊が咲かす花〜一輪の本物〜

白瀬隆

本物の美

アートディーラーと聞いてもどのような仕事か分からない人が多いと思う。要は絵画などの芸術作品を売る人間だ。僕は宗教画を専門に取り扱う画廊、つまりお店を開いている。



この仕事について、仕組みを理解するまでに時間はかからなかった。無名の画家に作品を描かせ、それなりの値段で売る。それなりといっても不当に高い値段をつける。それが商売で、それだけでしかない。



そんなものを買う人間がいるのかと言われると、税金対策で買う人間が多い。税金でもっていかれるくらいなら、後で売れる絵にした方が得だという発想だ。なんなら絵は価値が上がる可能性がある。会社の金でできる投資といったところだ。もっとも僕のところで買った絵など売れるはずもないのだから、みな投資に失敗するのだけれど。



買う方も下心があれば、売る方も下心しかない。きらびやかな絵を描かせ、それなりに立派な店内に飾り、あたかも価値があるように見せる。買う方もよくわかっていないのだから、価値のないものを言い値で買っていく。だいたいの客が金持ちぶった、自分を自分以上に見せたがる人たちだ。それらしい豪華な絵を用意しておけば彼らは満足する。



商売は順風満帆だ。いや、順調すぎる。僕は人と話すことが得意だし、何なら人の懐に入り込む才能がある。もちろん人の自尊心をくすぐることにも長けている。これ以上向いている仕事はないだろう。僕は若くして成功をおさめた。



ある日、珍しく親子連れで客がやってきた。身なりの良い二人連れで、子供は7歳くらいの少女だ。僕はすかさず父親に娘を誉め、娘の目線まで膝まで折って挨拶をした。彼女は何も言わず、僕の目を見ている。人見知りのようだ。ただ絵を買うのは父親だ。差し当たって気にすることもないだろう。



父親はいくつかの宗教画を眺め、もっとも装飾がきらびやかな絵の前で立ち止まった。もちろんまるで価値のない絵だ。彼は娘に問いかける。


「綺麗な絵だね。これをうちに飾ろうか」


娘は首を左右に振り、はっきりと答えた。


「ここには真面目に描いた絵はないよ。偽物ばかり。そしてお店の人も嘘をついてるよ」


父親は一度うなり、僕に礼を言って出ていった。



それからしばらく、静かな時間が流れた。店内のクラシック音楽も、なぜか耳に入らない。絵が売れないことなどよくあることだが、あれほど幼い子供に詐欺師だとバレたことは、いくらか悲しい。そういえばいつの間にか、僕には友達もいなくなったし、女性も信じられないため恋人もいない。差し当たってかき集めてきたのはお金だけだ。それでどうなった?何に使う?何が残る?僕は虚しさで満たされた。



それ以来、虚無感が消えない。絵が売れようと売れまいと、些細なことのように感じられた。そして一つの答えにたどり着いた。



美しいものを売ることが僕の商売だ。

それなら最も美しいことをすればいい。



最も美しいこと。それは何か。何日も考えたが分からないままに店の絵を眺めると、やっと一つ思いついた。



美しく描こうとした偽物たちを、すべて燃やしてしまおう。



僕はすべての絵を額から取り外し、乱暴に鞄に詰めて家に帰った。そして庭に枯葉を集め、ライターで火を着けた。くすぶっている火の上に、たくさんの宗教画を放り込んでいった。



火の粉が夜空に舞う。そして偽物がすべて灰になった。やっと一つ、本当に美しい行為ができた気がする。この頃にはもう画廊は閉じてしまおうと思っていた。



数日して焚火のあとを見ると、花が咲いていた。名前さえない花だ。僕は思う。こうやって生み出された花が、また美しいのだろうと。それなら、僕のすべてを投げうって、花を咲かせてやろうじゃないか。



僕はありったけの財産で、本物の宗教画を買いあさった。別に何かの宗教が好きとか嫌いとかではないから、手当たり次第に。もちろん目利きはできるのだから、すべて高価な本物だ。財産がすべてなくなったところで、今度は沢山の花を咲かせようと、夜の庭で焚火をおこした。



次々に投げ入れられる本物の絵。灰になる姿を見ながら、僕は崇高な美に初めて触れられた気がした。



またしばらくして焚火の後を見た。今度は数本の花が咲いている。これが本当に美しい花なんだろう。僕は一輪の花を摘み、小さな花瓶に生けた。そして画廊を片付けに行くときに、なんとなく持っていくことにした。



一つ一つ額を外していると、いつかの親子がやってきた。もう絵がない旨を伝えると、少女が花を指さす。


「あの花がほしい」


父親はうなづき、財布を取り出す。僕は少し笑顔を見せ、父親を制した。花瓶を取り、少女に差し出す。


「君にあげるよ。お金はいらない」


少女は笑顔を見せて、父親に言う。


「この人から絵を買って」


その言葉を聞き、虚無感が消えていることに気付いた。



僕はもう一度、画廊を開こうと思う。

嘘のない、本物の美を売る店だ

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