エンタクロースはマンホールに落ちて

崇期

エンタクロースはマンホールに落ちて

 人によって割合は違うと思う。私の小説は、現実1割、空想9割でできていると思っている。

 だけれども、現実100%でできている私生活のすべてを小説のネタにできるわけじゃない。


 たとえば私が健康のために青汁を飲んでいるとして、そんなことを書いた小説を誰が喜んで読んでくれるだろうか。素敵な恋をしたり、三下さんしたっぽい人から「待ちやがれ、てめぇ、ズタボロにしてやろうかぁ?」と追いかけ回されたりすればそれなりなネタにはなるだろうけれど、そんなことが起こるのはせいぜい二十代後半くらいまで。私の身の回りは今、とても静まり返っている。さざなみを締めだした夢の世界の湖のように。



 そう、なにも起こる気がしないという心を映している、孤独な作家の牢乎ろうこたる鏡。

 頭が渇いて、水を求めて街をさまよう。



 ほんの少しでもいい、心に触れる景色や出来事があれば、私はそれをコタツの中に放り込んだ発酵段階のパン生地以上に膨らませることができるはず。


 私がうごめく、創造の源に降りてゆく──。

 

 

 


 最近、音沙汰のないユーザーのZさん。わかってる。あなたが一番仲良くしている作家さんはQさんだものね。あなたたちがカキュヨムで活動をはじめたのは2018年。私がここへ乗り込んできたのは2020年。あなたたちには深い友情の絆があると思う。私の知らない年月で築いたなにかで繋がっている。



 いつか、私が登録していない投稿サイト「……なろう」を開いてあなたのページを覗いてみたら、あなたは私の知らない誰かに褒められ「……さん、いつもありがとうございます」と楽しそうに交流してた。鼻の下を伸ばしてた、と言ってもいい。意地の悪い言い方で、ごめん。



 私の知らないZさんがそこにいたの。胸底がコツンと悲しく鳴った。でも、そんなのそんなふうに言えた義理じゃないよね。私だってNとかN+とかに登録して──いや、人気がなさすぎてカキュヨムユーザーとしか交流していないけど、私もあなたの見ていない場所であなたの知らないCさんとかXさんとかとやりとりしている。ときどき盛大にどんちゃん騒ぎしてる。やらかしてるのよ、私も。柄にもなく羽目を外してさ。



 でもいつも、近況ノートに寄ってくれ覗いてくれ、新作をアップしたら真っ先に駆けつけ秒速でコメントを送ってくれたあなた。星をわざと減らしたり増やしたりして笑わせてくれたあなた。コメントの返信を全部こっそり書き直して私のコメントと噛み合わない内容にするというめんどくさい独り遊びを覚えて私を困らせたあなた。他のユーザーさんの作品はログインしないまま読み、「読書データ」のドーナツグラフを私で100%にして画面キャプチャを撮ってTwitterのDMに送りつけてきて私を怯えさせたあなた。なのに、これっぽっちの邪気もなくて、いつもユーモアに溢れていた、あなた……。



 あなたとワイワイやってたあの楽しかった春。私の小説投稿生活はあなたの笑顔と親切で埋め尽くされていた。それなのに……。


 私の好きな小説にこういうのがあったわ。結婚相手にめぐり逢えない女性が、自分の相手は「マンホールに落ちちゃったのよ」って。だからどこにも居ないのよ、って言うの。


 十二月には、清い心を持ったクリエーターにエンタクロースが素敵なアイディアを窓から投げ入れてくれるという伝説があるらしいんだけど、きっと、私の願いを叶えてくれるエンタクロースも、マンホールとやらに落ちちゃったんでしょうね。マンホールがあいてるくらいだから、靴下にも穴があくわな。だから、もう一度、あなたとカキュヨムであれこれ楽しく過ごす時間をくださいと言っても、叶わないの。


 

 だって私はあなたがどこに住んでいて、どんな私生活を送っているのかちっとも知らないんだもの。






 Zさん……今どうしているの? 元気なの? それとも……。


 こんな薄い関係性じゃ、なにも問えない、なにも掴めない。


 金曜日の夜から土曜、日曜とGoogleアナリティクスでサイトの訪問ユーザーが急に増えるじゃない?


 そんなとき私、期待するの。あなたも来てくれるんじゃないかって。



 

 リロード回して、手を止めた……。


 アイム インセネリィ ロンリーライター

  (私、めっちゃ寂しい作家)

 

 エンタクロース フェル イントゥア マニホール

  (エンタクロースはマンホールに落ちた)





   (間奏、26秒)





 ホワイト ローズ イズ ピュア ホワイト マニスクリプトペーパー

   (白い薔薇は真っ白な原稿用紙だわ)


 スキャーター ウィザウト ビーイング デリバディード ユー

   (あなたに届けられることなく散る)


 ワタイ リーリィ ウォンテッデュー トゥーリード ワズマイハァー

   (本当に読んでほしかったのは心なんだと)


 アイ プレテンド トゥ スリープ オナン エンプティ デスク

   (からっぽの机で寝たふりをする私)






 あなたの小説、もう何度も何度もくり返し読んでる。


 変わらないままのアトリエ、一人眺めて。


 両手でホームポジションを押さえても、


 私だけ更新される、夜が切ない。



 

 タブを閉じようとして、手を止めた……。


 アイム インセネリィ ロンリーライター

  (私、めっちゃ寂しい作家)

 

 エンタクロース フェル イントゥア マニホール

  (エンタクロースはマンホールに落ちた)





   (エンディング、18秒)










『エンタクロースはマンホールに落ちて − Fell into a manhole − 』




注:作者は英語の知識がほとんどありません。カタカナで書かれている時点でなんらかのことを察してくださるとありがたいです。





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