第2話 幕前

 元々おれには物心ついた頃には、元の世界の記憶はあった。


 物心と表現したのは、文字通り赤ん坊の時の記憶はないからだ。


 この世界で特殊児として産まれたわけでもないおれは、元の世界と何ら変わらない幼少成長を通ってきた。


 おそらく産まれた時からは記憶そのものはあったが、そのことを記憶する脳の容量が当時はなかったのだ。


 


 脳は成長するに当たって、容量を増し、エピソード記憶を増やしていくと何かで読んだ気がする。


 ものを記憶していくインプットの力は未熟な脳ではかなり難しいものらしい。


 でも、普通はありえない話だが、前世ですでに脳に入ってしまってる記憶は保持されてきたようだ。


 もしかしたらそのエピソード記憶がないだけで、幼少のおれはこの大切な記憶を反芻しては忘れないようにしててくれたのかもしれない。


 ナイスだ! 赤ん坊のおれ!


 こうなるとよくテレビで見かける現世の記憶を話す幼児もあながち嘘ではなかったのではとも思ってしまう。




 しかし、そんな子も新しい記憶が詰まると前世のことを忘れてしまうことがよく言われている。


 おれ自身怪しくなってしまう時が年々増えていた。


 それもまた運命なのかと諦め、戻れる世界でもないと、消えたらそれまでとも思っていた。




 それが3年前の洗礼の時に強制的に蘇る。


 ここがアプデゲームの世界だとしたら、思い出さなきゃいけない、対策しなくてはいけない。


 すでに薄くなっていた記憶に後悔しつつも、せめてもとかつての記憶にある受験勉強同様、声に出して、書き起こして、必至に記憶にムチ打ち思い出した。


 


 お師匠様も何を勉強してるのか謎には思っていたようだが、お優しい方だ、深くは訊かずのそっとしておいてくれた。


 そもそも、何があったのかは詳しく覚えてないが、4歳の時におれはお出かけと称して出掛けた先で、前世の言葉的にはキャンプのようなものをしていた。


そこで両親に待っているように言われ、待っていたのだが、何時間待っても、日が暮れようと両親は迎えに来なかった。




 そこからは思い出したくない記憶なのか、虚覚えだが、寂しさと恐怖と不安を抱えて森の中を彷徨った足の感覚だけはなんとなく覚えている。


 そして、その森に薬草を取りに来ていた、街の外れ、森の木に埋もれかけたような小屋に住む、変わり者など言われていた筈の魔法使い・お師匠様に保護された。


 そこから血の繋がりもないおれの面倒をずっと見てくれていたのだ。


 ゲームでは登場しないが、こんなにも人徳者な登場人物がいたというのか。




 4歳のおれは、すぐに迎えにくるのだろうと思っていたが、11年経った今、なんとなくなら分かる。おれは捨てられたんだ。


 お師匠様というのはおれが呼んでるだけで、親ではない、でも一般的な親以上に色々教えてくれて、おれの成長を支えてくれる。


 おれはそんな人物を形容する言葉をこれしか知らなかった。




 前世に比べると簡単じゃない日常だったが、毎日単調な繰り返しでない勉強。


 刺激的な毎日を楽しいと思えたのは、おれが転生者とか精神年齢は高めだからとかではなくお師匠様がいるからだろう。


 精神年齢で言ったらおれと同い年かもしれない人だったが、体と身分が未熟なおれの保護者としてキチンと役割を果たし、たまには世話をやいたりしながら日々が過ぎていく。




 お師匠様はゲーム内には出ていない。


 きっと最悪の覚悟もしていなきゃいけない。




 長い行列もようやくおれの番になり、当初の予定通りお師匠様の魔法がかかった輝く花弁の花束を献上し、調合に大事な清水を受け取る。


 お使いも無事に終わったし、今年ではなかったのかも安堵して中央の行列を避けて入口に向かおうとした時に、ドンッ、と強い衝撃が右肩を襲った。




 不覚にもその場に軽く伏す。


 不本意ながら体格は良くないが、これでも師匠に剣術は学んでいる。


 そんな簡単に転ばされるような体幹ではないつもりだった。


 前世の自分ではないというのに。




 ちょっとの悔しさも体格のいい相手前に押し殺して見上げ、おれは凍りつくことになる。




「すまない、少年。怪我はないか?」




 厳つい筋肉とは裏腹に、眉を寄せて心底申し訳無さそうにする彼。おれは彼を知っている。




 騎士団長・ ブラッツだ。


 野生の魔物が多いこの国で、ここ聖都を守る騎士団の半分(訳あって2分勢力化してる)を指揮している人だ。


 武器は大剣。前衛で高い防御を誇り壁役に最適。


 初期値が高めの早熟タイプで通常攻撃の速度は遅めだが、ダメージも大きく削ってくれる有能なキャラだ。


 初心者で前衛が溶けやすい人にはオススメするキャラだと思う。




 って、違うだろ!


 ゲームの中だと言っても人一人捕まえて、ステータスが先に出てくるとか!




「大丈夫です。今日は人が多いですもんね」




 そりゃ、そんな肩幅してれば、気をつけててもぶつかるよね。





「今日は天使の日だ。君も讃え、楽しみたまえ」




「ええ、貴方にも祝福を」




 そう天使の日のお決まり挨拶を交わしたが、おれがすることは1つ。




 すぐさま周りを見回して言葉を失う。


 どうして今まで気が付かなかったのか。




 あそこで列を待つのはマテリア?


 そっちにはユニラートもいる。


 ゲームの登場人物だらけではないか!




 流石のおれも悟った。


 今日が運命の日・ゲームのスタート地点なのだと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生したなら推し活でしょ!! 栗谷川 爽 @kuriyagawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ