第146話:「開門」

 ポリティークシュタットに暮らす人々は、エドゥアルドの進軍に歓呼の出迎えは行わなかった。

 彼らはこれからなにが起こるのかを不安に思いながら、じっと、息をひそめている。


 だが、エドゥアルドの進軍を止めようとする者も、誰もいなかった。

 民衆はただ、見守っている。

 一般の人々は公爵位を巡る簒奪さんだつの陰謀があったことすら知らなかったし、突然、エドゥアルドたちから反乱の事実を伝えられても、どう反応すればいいのかわからない。


 彼らがエドゥアルドをどんなふうに出迎えるようになるかは、これからのエドゥアルドの統治次第、というところだった。


 ノルトハーフェン公国の首府であるポリティークシュタットには、当然だが、そこに駐留する軍隊もあった。

 郊外にまとまった兵力の駐屯地があるほか、市街地の各所に警備などの目的で守備隊が置かれており、常に不測の事態に備えている。

 だが、彼らもまた、民衆と同じく、エドゥアルドの進軍をただ、見守った。


 少数とはいえ武装した軍隊が向かって来るというのだから一応、臨戦態勢が取られはしている。

しかし、ノルトハーフェン公爵家の旗をかかげてエドゥアルド自身が向かってきていることを知ると、彼らはそれ以上動くことはなかった。


 ノルトハーフェン公国軍はまだ、エドゥアルドによって率いられたことはない。

 エドゥアルドの顔すら知らない者がほとんどであり、中には、エーアリヒらの息のかかった士官に率いられた部隊もあるはずだった。


 しかし、実権を持たないとはいえ、エドゥアルドはノルトハーフェン公爵だった。

 あくまでその公爵に仕える立場である公国軍の将兵は、エドゥアルド公爵にそむくような行動をとることはできなかった。


 ヴィルヘルムが進言したとおりに、エドゥアルドの行動が迅速に行われたことも大きい。


 フェヒターは、エーアリヒとの連携を取らずに、激発するような形でエドゥアルドを攻撃した。

 フェヒターがそういった行動に出ることを目論んでいることは、エドゥアルドたちがわかりやすく派手に事前の準備を整えていたことからエーアリヒも気づいているはずだったが、彼は、今日、フェヒターが暴挙に及ぶということまでは知らなかったはずだ。


 フェヒターが独自に激発したことでその対応に苦慮し、混乱していたところに、エドゥアルドが軍勢を率いて進軍してくるという状況。

 エーアリヒは十分に有能な政治家で知恵者であり、実権も掌握しょうあくしてはいたが、短時間ですべての事柄に対処することなどできないし、正確な判断を下すことも難しかっただろう。

 彼の息のかかった将校たちに連絡を取ることも、できなかったはずだ。


 そうしてエドゥアルドたちはなんの障害もなく進軍を続け、とうとう、ヴァイスシュネーの前にまでたどり着いた。


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 エドゥアルドたちが到着した時、ヴァイスシュネーの門は固く閉ざされていた。


 重く、頑丈そうな鉄製の門だった。

 エドゥアルドが暮らしていたシュペルリング・ヴィラはノルトハーフェン公爵がリラックスして過ごすための屋敷で、防衛を考慮しない作りだったが、ヴァイスシュネーはノルトハーフェン公国の政庁であり公爵の居館ともなるため、しっかり防衛が考慮されている。

 門が頑丈であるだけでなく、防衛のための城壁や塔の役割をする施設も配置されており、無数の銃眼が効果的に門の前に迫った敵に射撃を集中できるように作られている。


 だが、そこに、兵士たちの姿はなかった。


 その本来の持ち主が不在であることから、ヴァイスシュネーにはあまり警備の兵士が配置されていなかったのだが、それでもいくらか兵士たちがいるはずだった。

 だが、彼らが仕えるべきノルトハーフェン公爵が自らやって来たということで、あえて銃口を向けようとする者はいないようだった。


 それに加えて、エドゥアルドたちの進軍によって、エーアリヒには時間がなかった。

 ポリティークシュタットにはノルトハーフェン公爵家に仕える諸侯の居館が置かれており、エーアリヒはそこに手持ちの私兵を持っているはずだったが、あまりにも早くエドゥアルドたちが到着してしまったために、ヴァイスシュネーに兵力を集めることができなかったのだろう。


 ただ、エドゥアルドたちを見おろす銃眼のいくつかには、人の気配があった。


 それが、誰なのか。

 エーアリヒ自身なのか、それとも、ことの成り行きを固唾のみながら見守っているだけの誰かであるのか。


 ヨハンが猟師たちを引き連れて、無言のままエドゥアルドに「狙撃するのか」をたずねたが、エドゥアルドは首を左右に振って銃をおろさせた。


 それからエドゥアルドは、馬を進ませ、自分1人だけで前に出ようとする。


 それは、危険な行為だった。

 もし、銃眼のどれかに狙撃手がいれば、エドゥアルドを狙って撃つことができただろう。


 当然、周囲の人々はエドゥアルドを止めようとした。

 しかし、エドゥアルドはそれを、自信ありげな笑顔で制し、ゆっくりと人々の間から前へと進み出る。


 そこに、誰かがいる。

 それはエドゥアルドも感じ取ってはいたものの、不思議なことに、自分に対する害意は感じられなかったのだ。


 それは、エドゥアルドの、単なる気のせいであるのかもしれない。

 この行動によって、エドゥアルドは、せっかく手にした逆転のチャンスを失い、銃弾を受け、後世に[最後に油断した間抜けな公爵]として汚名を残すことになってしまうのかもしれない。


 しかし、エドゥアルドは少しもそんな心配はしていなかった。

 そして彼はなにも言わず、ただ、待った。


 やがて、銃眼から、人の気配が消えた。


 ヴァイスシュネーの固く閉ざされた城門が、エドゥアルドたちの目の前でゆっくりと開いていったのは、それから、ほどなくしてのことだった。

 門は、エドゥアルドたちへ抵抗する意志がないことを示すかのように完全に、大きくあけ放たれる。


 その向こうにいたのは、ただ1人だけ。

 ノルトハーフェン公国の摂政であり、エドゥアルドの代わりに公国の政務をにない、実権を掌握し、そして、フェヒターと共に公爵位の簒奪さんだつの陰謀を企てていた、その首魁しゅかい


 エーアリヒ準伯爵だった。


 エーアリヒは、ゆっくりと、エドゥアルドのことをまっすぐに見つめながら近づいてくる。

 そしてエドゥアルドの馬の目の前までやって来ると、そこで、腰に身に着けていたサーベルを鞘ごと取り出し、ひざまずきながらエドゥアルドの足元に置いた。


 エーアリヒは、ひざまずいたままドゥアルドに頭を下げ、沈黙する。


 それは、エーアリヒが、エドゥアルドに降伏するという意思表示に他ならなかった。


 この瞬間、エドゥアルドは真のノルトハーフェン公爵となった。

 エドゥアルドは反逆者を降伏させ、そして、公国の実権をその手に取り戻したのだ。


 フェヒターの私兵たちとの戦闘に加えて、休憩することなく、シュペルリング・ヴィラからここまで行進して来た、兵士たち。

 彼らは疲労しながら、固唾を飲んでことの成り行きを見守っていた。


 しかし、彼らの目の前で、エーアリヒはエドゥアルドにひざを屈した。


 その、勝利の瞬間。


「エドゥアルド公爵殿下、万歳! 」


 誰かがそんな声をあげる。


 そして、それは瞬時に広まり、辺りはエドゥアルド公爵を称える兵士たちの、歓呼の声に包まれた。


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なかがき


お疲れ様です。熊吉です。


 突然ではありますが、本作、[メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国騒乱記]は、本話を持ちまして、完結とさせていただきます。


 というのは、本作の主要な部分、ルーシェがメイドとなりエドゥアルド公爵に仕え、そして、若年公爵がノルトハーフェン公国の公爵としての地位を取り戻すというところまで、書ききることができたからです。


 「ええ!? ここで終わるの!? 打ち切り!? 」と思った読者様。

 どうぞ、ご安心くださいませ。


 本作はタイトルを改め、[メイト・ルーシェのノルトハーフェン公国中興記]として、新たな作品として続編を投稿させていただきます。


 作中に登場したキャラクターはもちろんそのまま引き継ぎ、ここまでの間に回収していない伏線もろもろなど、しっかりと回収していく予定です。


 どうしてこのようなことをするのかと申しますと、ここまでのお話だけでもそれなりの話数・文字数となっており、ちょうど良い区切りまで進んできていて、一度完結として分けるのにちょうどいいことと、物語が[ノルトハーフェン公国の騒乱]ではなく、[エドゥアルドの親政によって勃興していく公国]を描く段階に入るためです。

 ストーリーがノルトハーフェン公国という国内を飛び越えて広がっていくため、タイトルなどの大きな変更をしなければなりません。

 それなら、タイトルを書き変えるよりは、ここで完結として[ノルトハーフェン公国騒乱編]という1つの物語にした方がいいかなという風に考えました。


 また、熊吉としても、少しテコ入れをしたいかな、と。


 これまでの[公国騒乱編]では、ルーシェとエドゥアルドたちがどんな関係性を築いていくのかに焦点を当ててきましたが、熊吉なりに工夫はさせていただいたものの、読者様に風雲急を告げるようなスリルはあまりご提供できなかったかと思います。


 ノルトハーフェン公国が所属する大国・タウゼント帝国。

 そして、タウゼント帝国が存在するヘルデン大陸。


 晴れて一国を治める領主となったエドゥアルド、そして彼を支えるメイドであるルーシェは、より大きな、大陸全土に吹き荒れる戦乱の嵐に立ち向かっていくこととなります。

 2人の戦いは、身近なところから、国家対国家へと変わっていきます。


 はい、そうです。

 三国志、あるいは戦国時代的な、戦記テイストの濃いストーリー展開を予定しています。


 今までは戦闘少なめでしたが、次作では戦闘多め、軍隊同士の戦闘や大規模な会戦、国家同士の駆け引き・腹の探り合いなどに挑戦させていただこうと考えております。

 本作で戦列歩兵の戦い方についての熊吉のイメージを読者様にも共有していただけたかと思いますので、ようやく、より大規模に、戦争という形で表現させていただきたいと思っております。


 熊吉には専門家になれるほどの能はないのでイチイチ調べながらではあるのですが、本作が舞台としている19世紀初頭の時代の軍隊について、もっと詳しく、血肉のある存在として描写していくことができればいいなと思っています。

 でも、日本語の資料とか少ないので大変そう……。


 あまり大きな声では言えませんが、熊吉が用意していたプロットを消化してしまい、これから新たに作らなければならないという都合もあります。


 長々と書いてしまいましたが、とにかく、本作はタイトルを改め、続編として継続させていただきます。


 プロローグの内容を覚えてくださっている読者様がどれほどいらっしゃるかはわかりませんが、本作は、1人の人間の人生に焦点を当てて、その波乱万丈を描く大長編を予定しております。

 ちんちくりんのドジっ子メイドがどんな風に成長していくか、しっかり書きこんでいきたいです。


 まだ、いつ投稿開始とは決められていないのですが、もし投稿開始となったら、また、よろしくお願いいたします。


 ここまで本作を読んでくださり、ありがとうございました!

 そして続編も、どうぞ、お楽しみに!

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メイド・ルーシェのノルトハーフェン公国騒乱記(完結:続・続編投稿中) 熊吉(モノカキグマ) @whbtcats

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