時を隔てた用心棒⑫
翌朝になりベッドから起き上がった紅葉は寝ぼけ眼を擦りながらキョロキョロとしていた。 睡眠薬を使われたなんてことは知らず、ただただぐっすり眠れたのだが、そのために昨夜の記憶が曖昧だ。
確か剛明に告白されて、家へ行くことになって――――
「はッ!」
そこで剛明に乱暴されそうになったことを思い出す。 ただ現在自宅のベッドで寝ているし、身体に何か違和感があるようなこともない。
しきりに首を捻っているうちにトントンと小気味よい音が聞こえてきて意識が覚醒した。
「この音・・・。 まさか!?」
慌てて駆け付けるとそこにはヴィンセントがいた。 そう言えばヴィンセントとも昨夜悲しいことがあったのを思い出す。 だが当のヴィンセントはまるで何事もなかったかのように振る舞っていた。
「ヴィンセント!」
「紅葉ちゃん! もう起きて平気?」
「平気平気! それよりヴィンセント、どうしてここに・・・」
話そうとすると足元がふらついた。 慌ててヴィンセントが支えてくれる。
「ん・・・。 ヴィンセント、熱い・・・」
「熱いのは紅葉ちゃんだよ。 さっき熱を測ってみたけど38度あったよ?」
「38度!?」
「昨日は雨に酷く濡れたからね。 とりあえずベッドへ戻って安静にして」
「ヴィンセントは大丈夫なの・・・?」
「僕は平気」
もう一度横になり、ヴィンセントが作ってくれたおかゆを食べていると少しずつ落ち着いてきた。
「・・・色々と聞きたいことがあるんだけど」
「うん。 ・・・何?」
ヴィンセントが絞ってくれた濡れタオルを額に乗せながら、少しだけ掛布団の中に埋もれた。
「どうやって私を着替えさせたの?」
それを聞いた時の紅葉は赤くなっていただろう。 ただ何よりも一番に気になったのはそこだった。
「・・・あ、そっちの話?」
「まず気になるのはそこ!」
ヴィンセントは呆気にとられるも笑顔できちんと答えてくれた。
「僕は用心棒としての修業を積んでいるんだ。 身体を見ずに触らずに着替えさせるくらい、お手のものさ」
「いや! それは絶対に嘘でしょ!! ・・・まぁ、いいや。 本当のことは分からないし」
そこでようやく本題へ移った。
「昨日のこと、あまりよく憶えていないんだけど・・・。 私は剛明先輩に襲われそうになった時、警察に連絡をしたの。 ヴィンセントからもらったスマホを使って」
「うん」
「でも警察には繋がらなくて・・・」
「そうだね。 繋がらないよ」
「え? だって警察に繋がるって」
「ごめんね。 それは嘘をついた」
「嘘?」
「本当に繋がるのは僕のスマホ。 アイコンをタップすると僕のスマホに紅葉ちゃんのスマホの位置情報が送られてくるんだ」
「そうだったの!? じゃあもし仮に私がヴィンセントに襲われていたら、もう逃げ道は・・・」
何故かその時の妄想ではヴィンセントは狼男の姿をしていた。 そんな妄想すら見抜かれたのか、ヴィンセントは笑いながらあっけらかんとして言った。
「あぁ、それは大丈夫」
「大丈夫って言える保証はないでしょ!?」
「紅葉ちゃんには絶対に手を出さないというのは、僕が一番知っているから」
「それ、何が大丈夫なの・・・」
その言葉には何の確証もないが、紅葉はそれ以上突っ込むことはなかった。
「じゃあやっぱり助けに来てくれたのはヴィンセントだったんだね」
「うん。 紅葉ちゃんと別れた後も実はこっそりと付けていたんだ。 元々そうするつもりだった」
「そうなの?」
「僕が紅葉ちゃんの前に姿を現さないだけで、遠くから見守ろうと思っていたからね」
ヴィンセントは自身のスマートフォンを取り出した。
「僕のスマホに送られてくる位置情報は移動経路から予測し、ある程度なら建物の構造まで分かるんだ。 だから迷わずに向かうことができた」
「家の鍵はすんなり剛明先輩が開けてくれたの?」
「・・・聞きたい?」
逆に質問され少し考えた後に首を横に振った。
「・・・いや。 何か怖いからいいや。 ヴィンセントは本当に最後まで私を守ってくれる用心棒だったんだね」
そこでヴィンセントは少々迷う素振りを見せ、ポツリと真実を告げた。
「・・・実は僕剛明くんのことは知っていたんだ」
「え、そうなの?」
「前世の話をしたの憶えてる? 僕を捕らえようとしていた警官。 それが剛明くんだったんだよ」
「嘘・・・ッ!?」
「流石に知っている人ということもあって、剛明くんは警官だったということもあって、紅葉ちゃんを任せられるかなと思ったんだ。 でもその考えは甘かった」
ヴィンセントは紅葉に向き直る。
「・・・ねぇ、紅葉ちゃん」
「うん?」
「僕をこれからも用心棒として、傍に置いてくれますか?」
その言葉に紅葉はふんわりと笑った。
「・・・もちろんだよ。 でもそれならちゃんと隣に立つ用心棒として昇格させたいな」
-END-
時を隔てた用心棒 ゆーり。 @koigokoro
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