時を隔てた用心棒⑪
ヴィンセント視点
―――・・・開いた。
ヴィンセントは既に剛明の家の前までやってきていた。 幸いピンシリンダー錠だったため、あっさりと開錠することができた。
紅葉の用心棒となるため色々な技術と知識を学び、何世代分にも渡って残る記憶に受け継がれている。 この程度なら用心棒としてはまだまだ容易だ。
―――本当に役立つ時が来るとは思わなかったけど。
もちろんそのための道具は上着の中に仕込んでいて、ただの衣服に比べ遥かに重いのはそのためだ。 そして開け終えると手袋をして静かに侵入した。
―――・・・動いたな。
自身のスマートフォンで確認する。 そして紅葉の目の前まで来た。
「ッ・・・! どうやって家の中に入った!?」
紅葉は何故かぐったりしていた。 そのすぐ横には剛明の姿がある。 それを見てヴィンセントの表情はスッと消えた。
「君。 紅葉ちゃんに何をしたの?」
「何もしていないさ。 暴れて叫んでうるさかったから、すぐに効く睡眠薬を嗅がせただけ。 たった今眠ったところだ」
「とりあえず紅葉ちゃんから離れてくれる?」
「今度は俺の部屋に入り込むのか。 外国人のアンタは知らないかもしれないけど、密入室は犯罪だぞ?」
「・・・ッ!」
その聞きなれない言葉に反応してしまった。 “密入室”だなんて普通聞いたこともないし、そのような言葉があるのかも分からない。
だが密入国という単語なら覚えがあるし、そして密入室だなんて変な言葉を使った時感じていた違和感が消えていった。
「嫌がる女性を家に連れ込むことに比べれば大したことはないよ。 今回はそういったことに疎いのかな?」
二人は互いのことをジッと見合った後に言う。
「俺たちは初めましてじゃないよな?」
「そうだね。 初めましてじゃない」
「また密入国をしたのか?」
「・・・そんなわけないよ、警官さん」
剛明は約100年前に密入国したヴィンセントを殺そうとした警官だった。 剛明が警官ではないかということは紅葉に好きな人を教えられてから薄々と気付いていた。
「まさかこんな奇跡が起こるとはな・・・。 それで何だ? 100年前みたいに紅葉さんと一緒に幸せになりたいって?」
「ん・・・? いや、100年前はそれっきりだ。 君に見逃してもらった数日後に僕は他の警官に見つかって殺されたから」
「ッ・・・」
驚く剛明の反応を見て首を傾げた。
「あれ? 知らなかったの?」
「・・・あぁ」
「君も警官だろう? 情報は入ってくるはずなのに」
「・・・お前を見逃したあの日、上官からこっぴどく叱られたんだ」
「・・・それはごめん」
「罪人を逃がすということはお前も同じ罪人になるって。 あの後は酷く苦しい拷問を受けて、俺は死んだ。 今からでは考えられないが、そんな時代も確かにあったんた」
「・・・ッ」
剛明は軽く笑う。
「・・・何だよ。 お前も死んでいたのか。 俺はてっきり俺だけが地獄へ落とされて、罪人であるお前は今頃紅葉さんと幸せな時間を過ごしているものだと思っていたのに」
剛明は深く溜め息をついた。
「・・・だけど違ったんだな。 じゃあ今俺がやろうとしていたこと全てが無駄だったというわけか」
「・・・何を企んでいたの?」
「簡単な話さ。 カフェを頻繁に覗く金髪の男がいるということは俺も気付いていた。 そしてお前の顔にも見覚えがあった。 バイトが終わって紅葉さんとお前が一緒に帰る姿を見て思ったんだよ。
二人の仲を引き裂いてやろうってな」
「・・・」
「紅葉さんに聞いたら付き合っている人はいないって言っていたから、お前たちが付き合う前に俺が紅葉さんを奪おうとしたんだ」
剛明は優しく紅葉の頬を触る。
「前世の恨みから復讐しようとした。 奪った上で存分に優越感に浸って施しをくれてやろうと思ったんだ」
「それでも紅葉ちゃんを怖い目に遭わすのは違うと思う」
「・・・そうだったかもな。 まぁお前も100年前に殺されていたと分かって、多少気が晴れたわ」
剛明はそう言って紅葉から離れた。
「そうと分かれば紅葉さんにもあまり興味はない。 早く連れて帰れよ」
「それで君は満足なの?」
「何がだ?」
「出会った時から紅葉ちゃんに惹かれていた。 その言葉は本当なんじゃないの?」
剛明は再度溜め息をつく。
「どこまで聞いていたんだよ・・・。 確かに紅葉さんも初めてバイトで出会った日にすぐに気付いたよ。 あの時の小さな娘だって。
そしてあの時お前を必死に庇っている姿を見て『なんて健気で素直な心の持ち主なんだろう』とも思った。 それは確かだ」
「・・・なら」
「でも俺には無理だ。 紅葉さんを幸せにすることはきっとできない」
「・・・どうして?」
尋ねると剛明は切なそうに紅葉を見た。
「俺は今でも警官を目指しているんだ。 どんなに紅葉さんが魅力的でも、いつしか将来は対立しそうな気がするからさ」
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