第50話

うるさい。

とてもやかましい。そして腹立たしい。


「ブガアアアアアアァァァァ!!!」


何度も聞き飽きた鳴き声だ。

レイナが憎んだ鳴き声だ。


「ブガアアアアアアァァァァァァァ!!!」


レイナは静かに眠っている。

早くどこかに行ってくれ……


「ブガアアアアアアァァァァ!!!」


俺の願いは通じない。レイナを殺めた#罰__バツ__#かもしれない。


俺はレイナの遺体を上着で包み、声のする方へ歩き出した。

声は街の方向から。次第に大きくなる声がとてもうっとおしい。無意識に走り出していた。

声は街の方向から聞こえる。


表門に門兵はいない。

街に入ると多くのヒューマンが駆け回っている。大多数は横門に向かっている。隣町がある方向だ。


「セツ!!!」


ギルドの近くに人影が見える。


「無事だったか!」


ギルドマスターのリーガンだ。


「何があった?」


「ハイブーガだ。だが、とてつもなく大きい。街に向かってきている」


「黒いか?」


リーガンが目を見開く。


「何故、知ってる?」


「相棒に聞いたよ」


「レイナは?」


「眠ってる」


リーガンは再び目を見開く。

だが、理由は聞かない。俺が殺したことを知ってるはずはないが、何かが起きたのだと察したのかもしれない。


「倒せるか?」


リーガンは俺をじっと見つめて尋ねる。


「あぁ、問題ない」


俺は魔纒を足に集中させ、裏門の方向へ駆け出した。


裏門には大勢の門兵、そして冒険者たちがいる。アスカとダンテも姿も見えた。


「セツ!」

「セツさん!」


「どんな感じだ?」


「確実にこっちに向かっている。白狼隊が遠距離から攻撃しているが、効いている様子はない。矢も魔法も駄目だ」


「キングブーガだ。」


「えっ?」


「ハイブーガじゃない。キングブーガだ。」




ーーレイナが言っていた。ハイブーガは成長の過程に過ぎないと。


覚醒し、ハイブーガになった個体は、手下を使ってエサを集める。そして、ある程度の栄養を蓄えると、その手下さえも喰らい、王となる。


それが、キングブーガ。


さなぎの状態に等しいハイブーガとは比べ物にならない強さを持つ。


「冒険者と兵は、避難民の護衛に回してくれ」


「キングブーガに挑むおつもりですか?」


「あぁ」


「ギルドの者として許可できません」


キングブーガは単体でB級の強さを誇る。この街の冒険者が束になっても敵う相手ではない。


「街を捨てるのか?」


「はい」


アスカの目には強い意志が込もっている。確かに街は建て直せる。それが聡明な判断だろう。

だが、俺は壊したくない。


幾度となく、レイナと飲んだ酒場を。


「じゃあ、俺はギルドを抜ける」


アスカは悲しそうな顔をする。


「ギルドの管理下から抜けるよ。そしたら問題ないだろ?」


「勝算がおありですか?」


「わからない」


アスカは大きなため息をついた後、周囲の冒険者、門兵に指示を飛ばした。

冒険者たちはその声に従い、横門に向かって走り出した。

ダンテもその後を追う。


「お前も行け」


「断ります。ギルドを抜けた方の指示を聞く必要はございません。それにレイナさんに叱られます」


「レイナはもういない」


「私が居なくなったらセツを支えてほしい……レイナさんはそう言ってました。セツは不器用だからと」


アスカは俺の言葉に少しも動じずに答えた。


「何か聞いていたのか?」


「女の秘密です」

アスカは優しく微笑んだ。




「ブガアアアアアアァァァァ!!!」


特に大きなうめき声が聞こえ、俺とアスカは声の方向を向いた。

暗闇の中、大きな大きな影が動くのが見える。


「何かお手伝いしましょうか?」


「敵の敵意を引けるか?」


レイナとの死戦からしばらく時間がたった。しかし、魔力は完全に回復していない。最大の威力でぶつけるには一回の攻撃が限界だろう。


「承知しました」


アスカは弓を構える。


敵の姿が明らかになった。

真っ黒いブーガ。背丈は10メートル以上。筋骨隆々の体つき、そして、全身から魔力がにじみ出ているのを感じる。


その直後、アスカはキングブーガに向かって矢を放った。


「ガァァァァ!!」


右眼に的確に突き刺さる。

アスカは相手の反応を気にすることなく、計4射を撃ち込んだ。


「ガァァァァァァァァ!!」


咆哮の振動を間近で受け、肌がビリビリと震える。


キングブーガの両眼が確実にこちらを捉えた。強い殺意を感じる。


「お見事」


「ダメージはありませんよ」


「問題ない」


アスカは俺の後ろへ下がる。


「ガァァァァァァァァ!!」


キングブーガが大きな石斧を振り上げ、こちらへの突進をはじめた。


地面が揺れる。


俺はククリ刀を抜刀しゆっくりと前進する。


そして思いだす。

初めて惚れた女のことを。

水の#刃__やいば__#を繰り出すエルフのことを。

青く白い炎が全身を包む。


思い出す。

惹かれ始めてたあの#娘__こ__#のことを。

時間があれば……多くの人間に与えられる当たり前の時間さえあれば…

恋してだろうあの娘のことを。


赤く、荒々しい炎が全身を包む。


2つの炎は相容れることなく、反発しているようにも感じる。


「ブガアアアアアアァァァァ!!!」


キングブーガとの距離が縮まる。

咆哮の生暖かい息吹を受ける。


俺は地面を蹴り、前方へ跳んだ。


キングブーガの顔が目の前に迫る。


「があああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


そしてククリ刀を力任せに振り抜いた。


青白い光、赤い光が刀に纏わり、刀身が太く大きくなる。


キングブーガの頭部を確実捉える。


そして爆ぜた。


ドォォォォォン!!

爆風で俺の体は飛ばされ、地面へと叩きつけられた。


煙が消えると、下半身のみと化したキングブーガが仁王立ちしていた。





強敵を倒した実感はなかった。




勝利を分かち合うあのはもういない。


ひとりで飲むエールは旨いのか?

朦朧とする意識の中、それだけを考えていた。

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不完全燃焼の戦国武将、異世界で我欲を張る 寺澤ななお @terasawa-nanao

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