第12話 エマージェンシー

                         『 中点同盟 参画作品 』 


 高度8,000mの上空。現在のところ、すべての雲は眼下に見下ろす事が出来、真っ青な空が辺りに広がる絶景の世界。但し空気が薄く、気温は-30度前後と酸素ボンベが必要な極寒の空域。そこを淡い水色の機体の大統領専用機と、洋上迷彩のチャーリー・1が平行して巡行している。


 チャーリー・2が撃墜され護衛機を1機失った同編隊だが、敵機6機を迎撃し4機を撃墜したのはかなりの戦果と言えよう。流石に残った2機は、すれ違い様に機銃掃射攻撃を行ったものの、そのまま戦闘区域から離脱せざるを得なかったようだ。



 そして、間もなく目的の空港に着陸するためのランディングシーケンスに入る。本来ならここらで一番気が緩む処である。



「あ、あのう~、アイ君、ちょっと話があるんだけど・・・」



 無線での私語は禁止と言われているためか、申し訳なさそうに言うリザの突然の通信。嫌な予感しかしない。戸惑うアイは思わず溜息が一つ出てしまったが、直後に不味いと感じ返答する。


「まだ戦闘警戒中だぞ、隊長と呼んでくれ」


 アイは自由落下フリーフォールしながら敵機に攻撃を加えたため、現在高度はかなり下がっており高度5,000m付近にいた。キャッツ・2はおろか大統領専用機ですら、飛行雲しか確認できない。返答のないリザに少し不安が募る。


「どうした? トイレか? だからあれ程言っただろう?」


「違いますっ! チャーリー・1のことですっ!」


「チャーリー・1?」


 そこから上空を見るが、処々をいわし雲に遮られており視界に当該機は見える状況では無かった。アイは腰のダイヤルを一気に手前に回し、スナップアップ急上昇した。


 高度3,000mの差であれば30秒程上昇すれば到達するが。リンケージデータからキャッツ・2の位置を収集し合流したアイは、ハンドサインでリザとやり取りをする、リザは物が当たったようなジャスチャーをしている。キャノピーを見ろと言う事らしい。


 アイは右親指を立てて、腰のダイヤルを微調整しながら平行するチャーリー・1の右舷へとゆっくりと接舷し、機体に張付くとコクピット内部を覗いた。この機は前席と後席が完全に分離していて、キャノピーも分離しているタイプだ。前席のキャノピーが銃撃破砕、20mmの弾がパイロットの喉に命中、酸素マスクが破損し、顎と胸の一部が欠損していた。だがパイロットは死の直前にオートパイロット(注1)に切り替えたらしい、スイッチはbaro(注2)になっている。アイは最後まで自機の墜落を防いだ殉職者に対し、敬愛と哀悼の念を込め、ゆっくりと敬礼をする。そして、ひとまず時間稼ぎが出来ることに感謝した。


 続いて後席も確認する、キャノピーを強く2度叩くが反応がない。外傷はなく目視で呼吸を確認できたため、戦闘中のG(注3)に耐え切れず気を失っている状態と判断。容姿やヘルメットのバイザーから見える顔を見て、アイはその人物に心当たりがあり頷いて納得した。



「キャッツ・2、非常事態エマージェンシーをコール」


 アイがそう声を上げると、狼狽え出すリザ。緊急時の対処は習った筈だが、実戦では初めての事で何も出来ない。アイがスコーク77(注4)を発信した。


「メイデイ、メイデイ、メイデイ、こちらエアフォースワン、エアフォースワン、エアフォースワン、メイデイ、エアフォースワン」

「位置は北緯54度50分、西経18度20分。高度8,000m、速度700km/hで南南東へ飛行中。パイロット死亡のため緊急着陸したし。乗員2名。メイデイ、エアフォースワン。オーバー」


「え、エアフォースワンって?」


 アイの緊急無線にリザは更に動揺する。リザにチャーリー・1を捕捉させていたのは、後席に大統領が乗っている事も考慮して指示していたのだ。リザはようやくそれを理解したが、アイはその後も無線を繰り返している。何か手伝わなければと思うリザの心中とは逆に何も出来ない自分がいた。


「ウェイツ管制塔コントロールタワーよりエアフォースワン、飛行制御が可能ならば、RW30にて貴機の受け入れが可能だ」 


 アイの無線に答えたのはウェイツ管制塔のみだった。目的地でもあるし、状況はどう動くか不明だ、出来るだけ可能性は増やしたいとアイは考え、管制塔の問に答える。


「こちらエアフォースワン、ラジャー」 



 ホワイトキャッツ本部でもその状況を直ちに察知する事となる。薄暗い指令室でレーダーに赤色警報が光り、無線とレーダーの担当者が叫び出す。


「司令! エアフォースワンからスコーク77!」


「こちらもメイデイプロトコルを受信!」


「何!!」


 指令室内が騒めき、ジャクソン司令は自席から立ち上がると、作戦台に駆け寄り慌てて通信機のスイッチを入れた。


「わたしだジャクソンだ。キャッツ・1状況を!」


「えーっ・・・ 機体DF-36TX、前席のキャノピー150mm程破砕、パイロット死亡・・・ APはbaro、後席損傷、外傷ないが意識なし・・ 前席温度-15度、後席ECS(注5)正常動作・・ 後席に大統領プレジデント、緊着許可、ウェイツ」


 作戦指令室に、資料を読み取るような口調のアイの音声が流れる。その映像には機首ノーズからコクピット内外、主翼と尾翼の状態が順次映る。アイが機体のチェックもしているようだ。


「状況的に、自分は後席を強制ベイルアウト(注6)または、大統領プレジデントをキャッツ・2と2人で引き上げる方法を考えてます」


「いや、脱出の訓練を受けていない者を、意識喪失の状態での射出するのはリスクがあり過ぎる、また、引き上げるにしても垂直尾翼に激突するリスクが高い。ダメだ」


 アイの提案をジャクソンはことごとく打ち消す。その内容にアイはさぞ面白くなかっただろう、返答する声が必然と大きくなる。


「じゃぁ、どうしろと!?」


「そうだな」


 流石に考え込んでしまったジャクソン司令。沈黙してしまった通信内容にアイは生唾を飲み込む。暫くすると、ジャクソンが苦肉の策を提言して来た。



「キャッツ・1・・・ 操縦できるか?」


 アイが操縦経験がないのは百も承知だ。これは、操縦の可否を聞いているのではなく、暗黙の了解に見せかけた命令だった。


「元北欧のエースから操縦ノウハウを指示されれば出来ると思いますよ」


「いい度胸だなアイ。俺に操縦の指示をしろだと?」


 サングラスのずれをブリッジを支えて戻すジャクソン司令官。最初はあきれ顔だったのだが、自分の指示の下なら出来ると言うアイに冷笑で返した。



「いいだろう。その代わり絶対にミスは許さんぞ」


 何故かそれを語るジャクソンの機嫌は良かったのである。北欧のエースとはジャクソンが現役パイロット時代のあだ名である。5期連続の撃墜王として勲章を得ている程だ。ようやく父の偉業を認めた息子に勝利した思いだったのであろう。


「パイロットの遺体はこちらで回収するので、前席を強制ベイルアウトだ」


「で? どうやって?」


「あぁそうだな・・・」


 操縦を指示しろとはそう言うことだ。レバーからスイッチ、全てにおいてアイは知らないのだ。ジャクソンは一瞬頭を抱えるが、気を取り直して通信機へと語る。   


「コクピット側面にある黄色い矢印の差す先に救助レバーがある。その上から2つ目のレバーでキャノピーを射出しろ。分割キャノピーなので後席に影響はない」

「レバーを引いたらすぐに伏せろ、キャノピーが何処に飛ぶかは保証できんからな」


 黄色い矢印は直ぐに見つかったのだが、レバーが良く分からない。摘みの様な物が2つ縦に並んでいる。その2つ目の取っ手を腕の稼働範囲一杯に引いた。



             ― つづく ―



(注1)オートパイロット

 自動航行装置


(注2)baro

 オートパイロットのモード。

 baro:バロメータ(気圧高度計)保持の事。


(注3)G

 急旋回や急上昇・急降下による遠心力による重力の事。

 通常の地球の重力を1としてその大きさを表す。

 急降下からの引き起こしや急上昇は6Gとも言われている。


(注4)スコーク77

 エマージェンシーコール

 トランスポンダーのSQコードを7700にセットすれば地上のレーダーに緊急状態で有るとの表示が出て警告音が鳴る


(注5)ECS

 環境制御システム(environmental control system, ECS)

 給気、温度管理および与圧を行う装置。


(注6)ベイルアウト

 何らかの理由で飛行不能に陥った戦闘機から緊急脱出する事。

 射出座席(イジェクションシート)の射出Gは15G~20Gも加わる。

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ディセントフォース 影武者 @ogukage

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