やるせなき脱力神番外編 副社長編 エピソード0

伊達サクット

番外編 副社長編 エピソード0

 ウィーナの屋敷一階の一室。


 この、来客をもてなすために用意された広間で、長いテーブルを挟んで二人の人物が座っている。


 奥に座るのはこの屋敷の主であり組織の長・ウィーナ。


 彼女はセミロングの黒髪を後頭部で結い、肩と背中の肌を大きく露出させた、漆黒の生地より無数の細かい輝きを放つ、夜の星空のようなドレスを着ていた。


 入口側に座るのは、副社長・ダオル。肌の黒い、筋骨隆々のこの男は、黄金の鎧に真紅のマントを身に着けている。


 テーブルに並ぶ豪華な料理の数々。


 ウィーナの側には直属の管轄従者で半人半馬の女・ファウファーレが控え、ウィーナのグラスに天界酒を注ぐ。


 ダオルの脇には執事長・ピエールがおり、ダオルのグラスに冥界酒を注ぐ。


 しばらく、無言で静かな食事が続き、ふと、ウィーナが口を開いた。


「なぜ、お前は副社長になった?」


 ウィーナの問いに、ダオルはナイフとフォークを下げ、静かに口を開いた。


「ウィーナ様がお命じになられたからです」


 ウィーナは『そういうことを聞きたいのではない』と言わんばかりにダオルの目を見つめた。


 ダオルは少しだけ笑った。


「もっと言えば、ならざるを得なかったからです。私にその気がなくても周囲が望むのですよ。今、この組織であたなの次に強いのが私です。私があの者達と同じ幹部従者では不自然でありますし」


「……ウチで『副社長』になった者がどうなったか知っているだろう」


「もちろん」


 ワルキュリア・カンパニーで『副社長』となった者はダオルを除き今までに五人。ダオルは六人目。


「知っての通り、ウチの歴代の副社長は五人ともろくな末路を辿ってない。その内の二人は私自らが官憲に突き出した。王立裁判の結果、一人は処刑され、もう一人は死神島しにがみじまの永久牢獄」


「はい」


「一人はマネジメントライデンに出向させ、経営に専念させ、一切戦闘には参加させていない。今後も戻すつもりはない」


 ウィーナがダオルの側に立つ初老の紳士・ピエールを見つめて言った。


 ピエールは恐縮した様子で頭を下げるが、横に座るダオルは「はい」とだけ言い、ピエールの方を見向きさえしない。


 そのダオルの様子を見たウィーナが、グラスを手に取って天界酒を口にし、視線を鋭くした。


「そして四人目はこのウィーナ自らの手で斬り、五人目はリティカルが倒した」


 そうい言ってウィーナはグラスをテーブルに置き、てのひらを眺めた。


 緊張か恐怖か、脇で給仕を務めるファウファーレの表情が強張り、頭上で高く結い上げている特徴的な金髪が揺れた。


「もちろん。知っております」


 ダオルがさも当然といった風に答えた。


「もうそういうことは御免だったから、長らく副社長は空席にしていたが、望んでなったからにはそれなりの働きはしてもらおう」


「……もう一度申し上げますが、辞令を出したのはあなたです。そしてならざるを得なかったのです。私が今のままで立ち止まっているのを、周りが許さなかったのです」


 それを聞いたウィーナが整った笑みを浮かべた。


「まあいい。そういうことにしておいてやろう」


「ありがたき幸せ……」


 両者、一呼吸置き、互いに料理を口に運ぶ。


 しばらくして、今度はダオルの方から切り出した。


「ウィーナ様」


「うん」


「例の件は」


「却下だ」


 即答。


 ファウファーレは『例の件』が何のことか知っていた。


 社長であるウィーナが不在となる際に任じられた場合や、緊急時のとき以外にも、ウィーナのもとで幹部従者の各隊を動かす権限を与えてほしいというのである。


 ダオル自身も自分の直属の隊はウィーナと同じように有しているが、他の隊の指揮権はなく、指揮系統図は横に反れていた。


 このダオルの要求は、他の幹部従者もまだ知らないことだったが、常にウィーナの側で秘書官として働くファウファーレは聞き及んでいた。もちろん、誰にも他言無用のことである。


「平時の運営はこのダオルに任せて頂き、ウィーナ様はもっと経営の方に回って頂いた方が」


「……私は、軍の長としてはそれなりにこなせる自負があるが、経営の才はない。それはこのピエールに任せていればよい」


 ウィーナは再び静かに佇む初老の紳士をしばし見遣り、ダオルに視線を戻して「お前に期待しているのは戦闘能力だ」と続けた。


「……はい」


幹部従者あの者達でも倒せない悪霊を、お前ならば倒せる。だからそれなりの報酬を払い、『副社長』にした」


「はい。そのご期待に応えるためにも、今以上の戦力を預かっては駄目でしょうか? やはり今の編成は相当に不均衡で、軍として無駄が多いかと」


「我が組織は私設軍。言わば傭兵集団だ。給料は歩合制にっている部分も大きい。人員に遊びが生じれば人件費も抑えられる」


「それにしてもヴィクト隊などは兵を抱え過ぎです」


「あれでも是正した。ピークのときは七班編成だった」


「それでも五班編成。偏り過ぎです」


「内の一班は新人枠だ。それに、数字はお前も目を通してるだろう。あの稼働率を見て人を減らせというのか? お前ヴィクトの睡眠時間をゼロにしたいのか?」


 ウィーナが若干語気を強くし、再びグラスを手に取り、酒を喉に流した。


 ファウファーレが丁寧な手つきでグラスに酒を注ぎ足す。


 ダオルが笑った。


「いくらでも寝かせてやる所存。ヴィクト隊の半分を我が隊に加え、あの者の抱える仕事の半分を引き受けましょうぞ」


「そう単純にはいかん。ヴィクトの担当している地域は面倒な問題が多いし、ヴィクトの隊だから依頼するという太客もいる」


「それを踏まえても、一介の幹部従者があれだけの規模の隊を預かり、副社長の私が動かせる兵が少ない。解せませんな」


 ウィーナは若干、人の悪い笑いを浮かべた。


「本音を出したな」


「私の疑問は、常識的かつ、当然の範囲内のものであると思われますが?」


 確かに、現状では、副社長が直接各隊に命令をする権限がなく、ダオルの手持ちの戦力も少ない。副社長というポストが、ダオルを棚上げするためのお飾りに過ぎないという印象を周囲に与えかねない。ウィーナはダオルの気持ちも分かる。しかし、どれだけ実権を握らせるかは、もっと時間をかけて彼という人物を測らねばならない。


「少数精鋭で楽をさせてやっていると思え。それにお前がここに来たとき連れてきた者達もほとんど下につけてやっているのだ」


「……承知致しました」


 ダオルは、ファウファーレが以外に思うほどあっさりと引き下がった。


 現段階ではウィーナに本格的に反抗することは避けたのだろう。


「ただ、人手は不足している。もっと多くの者を雇って、その者達が組織に馴染んできた頃に、お前の隊を優先して増強を行う」


「こう言ってはなんですが、新人のお守りはしたくはありませんな」


「案ずるな。未熟な者をお前の所に預けるなどという無謀なことはせん」


「分かりました……」


 ダオルは若干不服そうに頭を下げた。


「他には?」


「いえ」


「なら、あの案のまま幹部会議にはかる。いいな?」


「異存ございません」


「すまんな。私とお前が一枚岩であるということを幹部あいつらには見せないといかんのだ」


 会議は事前の根回しと議案の調整が肝要。


「はい」


「会議当日、意を唱えるのはなしだぞ?」


 予定していた筋書き通り、円滑に終わればこそ。会議とは、儀式かつ茶番なれば美しい。


「承知しております」


「ではこの話はここまでだ」


 ダオルはうなずくと、会食の空間は再び静寂になる。張り詰めた空気はそのままに。


「ところで、今日の料理の中に、一品だけ、マネジメントライデンのシェフではなく、私自らが厨房に入り腕を振るったものがある。それが何か分かるか?」


 ウィーナがナイフで肉を切りながらダオルに問う。そして「当てられたら、望み通りヴィクト隊の半分をお前に任す」と続けた。


 思わずダオルが目の色を変える。


 ファウファーレとピエールが固唾を飲む。


「よろしいのですか? そんなゲームのようなやり方で決めてしまっても」


「よろしいも何も、隊を預けるのをためらわれるような者を組織の№2に任じたりはせん。今はまだそのときではないと思っていただけだが、お前がやる気なら、このタイミングで移してもいいだろう」


「……分かりました」


 ダオルはテーブルに並ぶ、スープやサラダ、その他副菜、贅を尽くした料理の数々を眺め、指で顎をこすった。


「副社長となったお前をもてなすために、このウィーナ自ら材料を選び、腕によりをかけたのだ。当ててほしいな」


「ありがたき幸せに存じ上げ奉りまする」


 明らかな棒読みでダオルが言ったきり、しばしの沈黙が時を支配した。


「これだけある中から一つ正解を選べとは、またこちらに不利なゲームですなぁ」


「その分見返りが大きいのだ。出血大サービスだぞ」


「……はぁ。それでは、これですかねぇ。この、ステーキでしょうか?」


 ダオルが半ば適当な感じで、メインディッシュのブラックバッファローのステーキの乗る皿を指さした。


「残念。ハズレだ」


「やはりあてずっぽにしては確率が低過ぎます。もう一回ぐらい回答権頂けませんか?」


 ダオルが眉間にしわを寄せ、冥界酒をクイッと飲み干した。


 置かれたグラスにピエールが粛々と酒を注ぎ足す。元々、このダオルの地位に就いていた男が、だ――。


「二度目はない。正解は」


 ウィーナは卓上のベルを手に取り鳴らすと、マネジメントライデンのメイドが二人、トレイを持ってやってきた。


 そして、ウィーナとダオル、それぞれの側に、デザートのクリスタルベリーケーキをそっと置いた。


 白いクリームに、アクセントとしてトッピングされた青い果実が清涼に輝く。


「今日のは会心の出来だ」


 そう言って、ウィーナは自ら作ったデザートをフォークで切り取り、嬉しそうにその甘みを味わった。


「……少々苦くありませんか?」


 張り詰めた晩餐の幕引きを告げるデザートを噛みしめ、ダオルは含みのある苦笑を浮かべた。



<終>

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