菊の女御

 就中なかんづく、御父中納言殿と御母君のお嘆きは言おうようもなくて御坐おわします。かざしの姫君は御双方おふたかた御茵おしとねにお近づけ申し上げ、涕泣すすりなきながらお言いになるには「およそ生きとし生けるものは消えゆく宿運さだめですから、今やお嘆き悲しまれるもせんなきことでありましょう。それでも心残りなのは何より、いとけな少姫ちいひめのことです。仮令たとい、私が儚くなったとても、呉々くれぐれも姫のことおろそかに思し召し下さいますな。先逝さきだちまする不倖ふこうは返す返すもまことに悲しうございますし、四方よもやとも思し召されていらっしゃいましょう。御父様おもうさま御母様おたあさまを始めて、皆と別れるのが名残惜しうて」と、これを御遺言に薤上かいじょうの露となられた。

 中納言殿も御母北の方も哀惜あいせきの遣る瀬なき御様子にお見受けされるし、乳母めのとは悲嘆の余りすみやかに様変えて尼になるしで、なまじいに不憫ふびんなることなどと申し上げるのもはばかられる程であった。そして姫君をそのままにしておいて良いはずもないので、なみだながらに御亡骸おんなきがら野辺のべに送りて荼毘だびに付し、これを無常のけぶりとされたのである。


 追福ついふくの御供養も一通りわると、中納言殿と北の方は御孫むまごの姫君を尚々なおなおかしづき遊ばす。姫君は御齢の行くにつれて愈々いよいよ増してかざしの姫君に相似寄あいによりなさるので、御双方おふたかたのお可愛がりようも並々でなく、若き女房たちを数多あまたお付け遊ばして煦育めぐみそだてておでになるうちに、いつしか月日も重なって】七歳の御袴着おんはかまぎをお迎えになる。


 さらに時を経て、姫君はやも御齢十三にお成り遊ばした。眉目容貌みめかたち花嫩うるわしうて「唐の楊貴妃や漢の李夫人、本朝にも衣通姫そとおりひめや小野小町などの美人かおよびとはいるけれど、この姫君にならぶことはありますまい」と人々は噂し合うた。そうこうするうちに、かかる姫君のあるをみかどが聞こし召されて「女御にょうごとして入内じゅだいせよ」との勅定みことのりあり、姫君は女御宣旨にょうごのせんじこうむられた。祖父母なる中納言殿も北の方もおよろこびこの上なく、みかど御鍾愛ごしょうあいもまた一方ひとかたならぬものと聞き及ぶ。そして益々お昵懇したしみ遊ばされる御意みこころままに、程なくして若宮と姫宮の相打ち続いてれまし、これぞまことにおめでたきこととして人々は申し語らい合うのであった。


 世にも不思議なる勝事ためし末代すえのよまでも語り継がれる物語としてのこさんとここしたため置いた所以ゆえんである。


(了)


※跋文に代えて

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888143292/episodes/16816700427591160254

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