第54話 (ライルハート視点)
魔境、それはこの世界の人間誰しもが恐れる未開の地だった。
そこには、多数の魔獣が巣食うと言われ、何度も軍が送られたのにも関わらず、開かれたことのない場所。
「な、なぁ、嘘なのだろう?こ、公爵家当主の私を、そんな場所に送るなど……」
「アレスルージュ、お前はもう公爵家の当主じゃない」
まるで慈悲をこうように、こちらを見るアレスルージュに俺は淡々と告げる。
もう変更することのできない事実だと教えるために。
もはやアレスルージュには、高圧的な先程の態度はなかった。
恥も外聞も投げ捨て、その場に跪く。
「ま、待ってくれ!私は公爵家のためを思っていたんだ!頼む、それだけは……!」
「そうか。公爵家のことを今でも思ってくれているのか、アレスルージュ?」
「分かってくれたか!そうだ!私は本当に公爵家のためだけに……」
「──だったら、魔境に行ってくれるような。アレスルージュ」
「……は?」
信じられないと言いたげに、こちらを見るアレスルージュに、俺は笑いかける。
「もしかしたら、お前に恨みを持つ貴族は、俺の説明に納得しないかもしれない。そんな貴族の怒りの矛先を公爵家に向かせる訳にはいかない。分かるよな、アレスルージュ」
「そ、そんな。違う、私は!」
「だから、魔境で惨めに死んでくれ、アレスルージュ。大丈夫、罪を償うために魔境に志願したと、名誉だけは守ってやるさ」
その俺の言葉を聞いて、少しの間アレスルージュは固まっていた。
しかし、すぐに我を取り戻したアレスルージュは頭を地面に擦り付けた。
「頼む、それだけはやめてくれ。……いや、ください!もう、私はお前を、ライルハート様を利用しようとも、しません!だから、どうか……!」
必死に這いつくばって、命乞いするアレスルージュを、俺は覚めた目で見ていた。
ここで許して、アレスルージュが悔い改めるわけないことは、分かりきっていた。
ここで許せば、アレスルージュはまた、アイリスの父であるという立場を利用することは目に見えていた。
今はそんなことしないと心から誓っても、必ずこの男はその約束を破る。
だから俺は、なんの躊躇もなく笑顔でその言葉を告げた。
「もう手遅れだよ。──地獄で頑張れ」
アレスルージュの顔が絶望に染まり、それを最後に俺はアレスルージュの意識を刈り取った。
自称ヒロインに婚約者を……奪われませんでした 陰茸 @read-book-563
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