第53話 (ライルハート視点)

俺は、言葉を失ったアレスルージュを気に留めることなく言葉を続ける。


「確かに、多少ごねる人間は出てくるだろうな。だが、全て俺が握り潰してやるさ」


「……無能なお前に、そんな権限があるわけがないだろう!」


「そうだな、無能な昼行灯な王子にはそんな力はないだろう。──だが、それが王家も失った伝説の魔導の力を持つ王子だとすれば、どうする?」


その瞬間、アレスルージュの顔から血の気が引いた。

本当にアレスルージュを破滅させるためだけに、様々な手段を取っていることに今更気づいたのだろう。


「ま、待ってくれ!」


次の瞬間、焦燥を顔に滲ませたアレスルージュが俺に縋り付く。

けれど、もう遅い。

現在、俺がネルバに頼んだことこそが、貴族社会にその情報をばら撒いているのだから。

いや、具体的に言えばネルバに頼んだのは、俺が密かに仲間にしていた貴族達にその噂を広めるよう合図を出すことだ。

その合図によって、俺の傘下の貴族達は一斉に俺を祭り上げ始める。


そうなれば、噂は飛躍的に貴族社会の中広がっていくだろう。

公爵家当主に目をつけられないようにするため、力を隠していたと言えば、さらに噂に真実味がつくに違いない。


「そうなれば、貴族達は誰も公爵家に手を出せない。そんなことをする暇があるやつはいなくなる」


「っ!」


俺の狙いを理解した、アレスルージュの顔が歪む。


貴族社会では今まで、俺を役立たずだと思い込んで侮辱していた。

その俺が、実は役立たずではなく、その上一晩のうちに公爵家当主の座を簒奪した。

それを知れば、貴族達は顔を青くして今までのことを謝罪しに来るだろう。


そんな状況で、公爵家の当主交代を気にしている余裕のある貴族なんて居なくなる。

いやそれどころか、ほかの貴族達は俺の機嫌をとるためにアレスルージュを破滅させたことを持ち上げるだろう。

さも、英雄か何かのように。


そうなれば、もうアレスルージュの話に耳を貸す人間などいなくなる。


「……くそ!くそ!ここまでするほどに、私を憎んでいるのか!仮にも、アイリスの父に対して!」


アレスルージュがその顔に忌々しさを浮かべ、そう叫ぶ。

が、顔に浮かんでいる感情が、それだけではないことに俺は気づいていた。


アレスルージュは顔に小さな安堵を、例え今の地位を失ったとしても、決して死刑にはならないことに対する安堵を抱いていた。


それに俺が、気づかないわけがなかった。

あまりにも思い通りの反応をするアレスルージュに、俺は小さく含み笑いを浮かべる。


本当に、そんなことがあるわけがないのに、ここまで来てアレスルージュはそのことに気づいていないらしい。


「そんなことはないさ」


「………え?」


次の瞬間、俺の告げた否定の言葉にアレスルージュの顔に驚愕が浮かび、続いて希望が広がり始めた。

その表情は、アレスルージュが何を考えているのか、雄弁に俺に伝えてくる。


つまり、アレスルージュは俺が自分に情けをかけてくれるに違いないと信じていることを。



そんな可能性は、絶対にありはしないことにも気づかずに。



「この程度で終わらせるわけがないだろう?──お前は魔境に送らせてもらう」


「────っ!」


俺の言葉に、アレスルージュの顔が絶望に染まるのを見ながら、俺は吐き捨てる。


「お前をアイリスの身内だと、俺が認めたことなんてないに決まっているだろうが」

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