陽キャ女子が陰キャ男子を好きになる話

小鳥頼人

陽キャ女子が陰キャ男子を好きになる話

「――でさぁ」

「まぢ? 超ウケるんですけどぉ」

「でさでさーアイちゃんがさぁ」

(………………)


 僕の名前は植田うえだ龍人たきと

 ごく普通以下の冴えない陰キャの高校一年生。学業成績は中の上、運動は下の中。趣味はテレビゲームとスポーツ観戦だ。

 今、僕の席の周囲ではクラスのギャルグループが集まって賑やかに雑談している。これが休み時間の日常だ。

 その華やかなギャルグループの中心にいるのが――


「モモ~今日の放課後プランAとプランB、どっちがアガるか決めた~?」

「ん~? アタシはどっちでもいいってゆーかぁ。逆にプランZでよくなくない?」

「プランZとか初めて聞いたし」

「モモ、相変わらず適当ぉ」

「てかモモ、そのシュシュマジキュートぉ。どこで買ったん?」

「渋谷のショップだよ~ん」

「ジーマー? ねぇ今度一緒に行こうよー」


 オーラを放つグループの中でひときわ輝いている女の子、愛木百華あいきももかさんだ。

 彼女はグループはおろかクラス、いや学校一の美人だと思う。

 セミロングの明るい色の髪はくるくるとウェーブを描いている。色白の肌に薄い眉にくりっとしつつも切れ長の瞳、可愛らしい小鼻、バランスの取れた柔らかそうな唇には薄くグロスが塗られている。

 超絶美人。おまけにスタイルも色々とエロいと来た。もうただただ魅力的。

 彼女はギャルグループだけでなく、男子のイケてるグループとも仲が良く、放課後は頻繁に遊びに行っている。

(僕には縁がない遠い存在の人だよね)

 物理的な距離こそ近いけれど、本当の意味での距離は一生遠いままだろう。

 まぁ、僕は地味で冴えない男なのでこのグループは普通に苦手だ。極力関わらないようにしている。

 女子たちと近距離の位置にいつつも存在感を消し、予習も兼ねて適当に次の授業の教科書を眺める。


 これが僕の日常。

 トキメキもへったくれもないけれど、ひたすら平穏な僕の高校生活。

 それが卒業まで続く。それも案外悪くはない。

 ――――そう思ってたのに。


 青春とは、突如としてやってくることを僕は身を持って知ることとなる。


(――――ん?)

 ある朝。

 学校へと向かう通学路で落とし物を発見。

(あれ、これって)

 落ちていたのは桃色のシュシュ。

 とても既視感があった。

(愛木さんのシュシュ……だよね)

 どうしようか。

 あのグループに入り込むのはごめんだ。僕みたいなのが話しかけに行っても侮蔑ぶべつの視線を浴びせられる羽目になる。だから見て見ぬフリをする手もあるけど……。

(――本当にそれでいいのか?)

 僕は愛木さんとも、あのグループの面々とも話したことがない。今までお互いに干渉し合わなかったから。

 それなのに、勝手にバカにされると、拒絶されると決めつけるのは被害妄想がすぎるんじゃないか? 食わず嫌いと同等では?

(………………)

 しばしの葛藤の末シュシュを拾い、愛木さんに届ける覚悟を決めた。


「マジ最悪ー。オキニだったのにさぁ~」

「ホンット災難だねぇ。てかどうやったらシュシュ失くすワケ~?」


 教室に入ると先に登校していた愛木さんグループの面々がシュシュの話をしていた。

 うわぁ、タイムリーな話題……。

 めちゃくちゃ怖い。ビビる。

 けれど、僕がいつまでもこのシュシュを持っているわけにもいかない。

「あ、あのっ」

「ん~?」

 僕の声かけに愛木さんがこちらを振り向いた。

「どした、植田?」

 けがれのない澄んだ瞳が僕の顔を捉える。

 愛木さんだけじゃなく、ギャルグループの視線が一斉に集まって僕はたいそう怯える。

「こ、これ……通学路で、拾いました……」

「――あっ」

 僕の掌に乗っているシュシュを見た愛木さんは大きく目を見開いた。

「アタシのシュシュだー! マジありがと~!」

 愛木さんは嬉しそうに僕からシュシュを受け取った。

 笑顔が僕に向けられると――

「よ、よかったです……じゃ!」

「あっ、植田待って――」

 羞恥心でその場にいられなくなった僕は愛木さんの言葉を待たずに慌てて教室から飛び出した。

 あー、恥ずかしかった。

 緊張した。身体が熱い。チャイムが鳴るまでトイレの個室で頭を冷やそう。

(けど……愛木さん綺麗だったなぁ)

 小さな善意と引き換えに目の保養を果たした僕であった。


「ねぇ植田ー」

「!!」

 一時間目終了後の休み時間に入った瞬間、愛木さんが声をかけてきたので僕は慌てて椅子から立ち上がる。

「ちょ、どこ行くわけ!?」

「ジュ、ジュースを買いに……!」

 油断していた。

 さっきは上手いこと逃げたけど、同じクラスだし彼女が接触してくる機会はいくらでもあるじゃないか。

「アタシも一緒に行くっ」

「……えぇ!?」

 ジュースは君から逃げる口実なんだよ~。

 そんな僕の心情など知る由もない愛木さんは一寸の邪気もない笑顔で、

「さあっ、自販機まで行こ行こー!」

 僕の腕を引っ張ったのだった。

「は、はいぃ~」

 ううっ、こうなってしまっては逃げようがないや。

 僕は諦めて愛木さんとともに教室から出たのだった。


 自販機があるのは昇降口。

 二人肩を並べて廊下を歩く。不相応ふそうおうなツーショットなので他の生徒からの視線が痛い。

 横を歩く愛木さんをちらりと見る。

 スタイルいいなぁ。身長は160センチくらいかな? ほどよく痩せてて、脚はすらりと長くて……。

「――ねぇ」

「は、はいっ!?」

 愛木さんが沈黙を破った。唐突に視線がぶつかってビックリした。

「……なんでさっき逃げようとしたし」

 愛木さんは唇を尖らせてずいっと僕に顔を寄せてきた。ち、近い近い!

「い、いや、愛木さんたち、怖くて……」

 僕は頬を引きつらせつつも嘘偽りない気持ちを伝えた。

「……そんな反応されると、アタシの方から追いたくなっちゃうじゃんか……」

「え……っと?」

「そーゆー対応してくる男子、初めてだったから……」

 彼女は柔らかそうな髪の先端をくるくるさせながらそう言った。

「――なんか興味沸いてきた感じー」

 …………はて。

 なぜか愛木さんは僕の生態に興味が沸いたらしい。

 ま、人間観察的なアレかな。彼女からしたら僕みたいな地味メンの生態は物珍しいだろうし。

「それはそうと。シュシュ、ありがとね。それを伝えたかったんだー」

「あ、いえいえ」

 あっ、そのために僕に話しかけようとしてくれていたんだ。律儀だなぁ。

 僕は愛木さんの意外な一面を知った。


 それからというもの。

「ねー植田ー飲み物買い行こ~」

「あ、愛木さんの分も僕が買ってきますから……」

「は? 何それパシリじゃん。植田はロボットでも召使いでもないんだけど?」

 頬を膨らませて抗議されてしまったので、結局二人で自販機まで向かうことに。


「あのさ、植田のこと、『タッキー』って呼びたいな」

「タ、タッキー?」

「そそ。名前、龍人だからタッキー。カワイイっしょ」

「あ、あはは……」

「なーにその曖昧な反応。肯定と見なしてタッキーって呼んでやるんだからー」

 愛木さんは僕と距離を詰めるようになった。

 積極的な彼女がグイグイ近づいてきては僕がキョドる。その繰り返し。

 近頃は彼女と過ごす時間が増えた。

 もちろんギャルグループとも変わらず仲良くやっているけど、クラスのリア充男子グループよりも僕を優先してくれている。

 愛木さんと奇妙な関係を続けること数日。

「アタシ、猫なのかも」

 ふと、愛木さんが独り言のように呟いた。

「猫?」

「そそ。グイグイ来る人よりもタッキーみたいに素っ気ない塩対応の人のことが気になっちゃうんだぁ」

「そうなんだ」

 昼食を取り終えた僕たちは二人並んで校内のベンチに腰かけている。

「シュシュを拾ったのが他の男子だったら、シュシュを口実にアタシにアプローチしてきてたかも。厚意は嬉しいけど急に距離を詰められると引いちゃうってゆーか……そのくせ自分はグイグイ攻めちゃうんだけどねー」

 彼女は指をもじもじといじりながら語る。

「友達に言われちゃった。あんまタッキーにまとわりついて困らせちゃダメだぞって」

 そう言うなり愛木さんは不安げな眼差まなざしで僕を見つめてきた。

「タッキーはさ……アタシにまとわりつかれて迷惑、してる……?」

 うっ、その上目遣いは反則です。破壊力抜群ですっ!

「全然迷惑だなんて、思わないよ」

 僕の回答を聞いた愛木さんに笑顔が戻る。

「ありがと――へへ。こーゆーのいいかも。アタシ、いつも騒がしい場所にいるからさ。なんか落ち着くってゆーか」

 穏やかな声音こわねを漏らすと、愛木さんは僕の肩にもたれかかってきた。

(…………!)

 髪を揺らす風が心地よい。穏やかな時間が流れる。

 しかし僕は内心穏やかではなかった。ドキドキしてとても困っている。

「……タッキ~」

「は、はい?」

「えへへ。呼んだだけ~」

 猫なで声で呼ばれて更にドキッとしてしまった。僕の心臓を止める気かっ!?

「――ねね」

 いつまでこうしていただろうか。

 愛木さんはふと僕の腕を組んで上目遣いで見つめてきて――――


「もしよかったらだけど――――アタシと付き合ってくんない?」


「へ……っ!?」

 まさかの告白に、チェリーボーイ丸出しの反応をしてしまった。

「タッキーのこと追い回してさ、だんだんタッキーのこといいかもって思うようになったんだ」

 僕から視線を外して前を向いた彼女の表情にいつもの快活さはなく、儚さを感じ取れた。

「アタシはタッキーと恋人になりたい。もっと深い関係になりたいよ」

 おどけた雰囲気は一切ない。愛木さんは本気だ。僕も誠心誠意応えないと。

「――ぼ、僕でよければ……よろしくお願いします」

 僕も今は愛木さんのことはいいなと思っている。お断りする理由はない。

「やったぁ! これからは恋人としてヨロヨロ~!」

 喜びの感情を表現するかのごとく、愛木さんは僕に抱きついてきた。うっへぇ。刺激が強い。

「言っとくけどアタシ、これでもカレシできたの人生初だかんね」

「えっ、意外……」

 派手な見た目に明るく社交的な性格。既に経験豊富だと勝手に思い込んでいた。

「アタシの初めて、もらってね」

「そ、そういうのは、も、もっと、将来について話し合ってから……」

 際どい台詞に、僕は口をもごもごさせた。

「いや真面目か!?」

「す、すみません」

「なんで謝るのさ? ……タッキーのそーゆー真面目なトコも好きだぞ」

「なんて?」

 後半部分で途端に声量が小さくなったので聞き取れなかった。

「は!? な、なんも言ってね~し!? 幻聴じゃね!?」

 なぜか頬を染めた愛木さんに肩をポコポコ叩かれた。理不尽。

 こうして僕は愛木さんと恋人関係になった。


 ……のだけれど。

「あのぅ……」

 愛木さんと恋人になって数日後のこと。

 僕は浮かんだ疑問を愛木さんにぶつけてみることにした。

「毎日こんなんで、本当に満足ですか?」

「うん? なんでさ」

 僕たちは毎日一緒にいる。一緒に昼食を済ませ、一緒に下校している。

「会話も弾まないし、共通の趣味もないし……」

 かといって僕には愛木さんを楽しませるトークスキルを持っていない。日陰者の悲しきさがだ。

 すると愛木さんは「なんだ、そんなことかー」と息をいた。

「普段賑やかな連中とつるんでるのに彼氏まで騒がしいと、ひと息く暇もないじゃん」

 愛木さんの周囲は常に華やかだ。だからてっきり恋人ともそんな関係を望んでるものだと思っていたけれど……。

「バカやって笑うなら友達で事足りるし。恋人になる必要ないし。騒ぐのは友達とでいいじゃん。普段騒いでるのに恋人とまで騒いでたら意味ないじゃん。カレシには特別を求めたいじゃん」

 愛木さんは苦笑を向けてきた。

「もしかしてさ、アタシが常に誰かとワイワイしていたい人種って思ってた?」

「は、はい……」

 正直陽キャの愛木さんと陰キャの僕じゃ見た目も性格も合わない気しかしないし。

「アタシがカレシに求めるのはねー、特別感なんだー」

「特別感……?」

 首を傾げてついオウム返ししてしまった。

「やっぱりカレシには他の人とは違う新鮮さが欲しいじゃーん」

 だったら僕じゃ新鮮さは味わえないんじゃ――と言うよりも早く、

「こうやって落ち着けるのだって、ある種の新鮮さなんだよねー」

 愛木さんが僕の肩にもたれてきた。柔らかな感触が僕の肩に伝わってきてドキドキしてしまう。

「タッキー、アタシとじゃ価値観や性格が合わないって思ってるっしょ」

「実は、まぁ」

 変に取りつくろっても意味がないので、素直に頷いた。

「別に合わなくたっていいじゃん。必ずしも趣味が合わないと付き合っちゃいけないわけじゃないし。そんな決まりごとないし」

 彼女は僕の腕に手を回す。

「アタシはそれでもタッキーのこと好きだし、タッキーの趣味も理解したいって思ってる。でもタッキーにはアタシの趣味を無理に理解してもらおーとは考えてないんだー。価値観の押しつけは相手の気持ちを尊重しない行為だからね」

「愛木さん……」

 いつも難しいことは考えずに笑ってる印象だったけど、色々と考えているんだなぁ。

「――百華」

「えっ」

「アタシのことは百華でいーよ」

「も、もも…………愛木、さん」

「おーい! ……もー。あと一文字頑張れよなー」

 僕は頭を掻いて謝った。

「まいっか。いつかアタシのこと、百華って呼んでね」

「が、頑張ります」

「ゆっくりでいいからね」

 そう言って愛木さんは優しい笑顔を向けてくれる。

 けれど――今の僕たち(というか僕)には問題が山積さんせきしている。

 彼女の名前も呼べない、時折敬語を使ってしまう、常に遠慮してしまうヘタレと情けない要素が多すぎる。

(こんなんじゃダメだ……)

 優しい愛木さんでも今の有様が続けばいつか見限られてしまうに違いない。何よりも彼女に申し訳が立たない。


「えぇ~今日も一緒に帰れないの~?」

「今日バイトで……」

 僕はとある目標を掲げ、意を決してアルバイトと部活をはじめた。

 自分でも驚きだけど愛木さんを想うと躊躇せずに一歩を踏み出せた。恋ってすごいや。

「むむむ……そっか。また明日ね……」

「ごめん」

 愛木さんをしょんぼりさせちゃったことに罪悪感を感じつつも、ゆくゆくはこれが彼女のためになると信じて僕は活動を続けた。

 ここ最近は部活やアルバイトで愛木さんと共有する時間が減ってしまっていた。けどあと少しの辛抱だ。


「ね、ねえっ! 最近冷たすぎない!?」

 そして目標を達成した翌日の昼休みのことだった。

 愛木さんが焦った様子で僕のもとまで駆け寄ってきた。

「タ、タッキー……もしかして、このままアタシのこと振るつもり……?」

 捨てられる子猫のような瞳で僕を見上げる彼女。普段の快活な雰囲気は微塵もない。

「ア……アタシ、何かタッキーを怒らせることしちゃったかな……? だとしたら謝るからさ」

 愛木さんは悲痛な面持ちで声を震わせながら僕の手を握ってくる。

「アタシ、本気でタッキーのこと好きなの!」

 真面目で、誠実な、心からの彼女の叫び、想い。これ以上見てられなくて、僕は彼女に背を向けた。

「お願い……す、捨てないで……」

 愛木さんが僕の背中にすがりつくようにして抱きついてきた。

「重くてごめんなさい……けど、それだけアタシはタッキーが……」

 勝気で自信に満ち溢れている愛木さんが僕にここまで必死になるなんて……じゃなくて。

 事情は計りかねるけど、何やら勘違いをしているっぽい。

「僕、愛木さんと別れる気ないよ?」

「嫌ぁ……――えっ?」

 振り返る。

 僕の視界に最初に映り込んだのは、瞳から大粒の涙を流す愛木さん。

「で、でもでもっ、タッキーはいつまで経ってもアタシのこと名前で呼んでくんないし!」

「それは、単に恥ずかしいから……」

「アタシのこと好きって一度も言ってくれないし!」

「それは更に難易度高い……」

「それに最近、すっごくよそよそしかった! 全然アタシに構ってくんないし!」

「……あー」

 露骨に素っ気なくしすぎていたか。

 放課後に回そうと考えていたけど、もう今ネタばらしをするタイミングだな。

「不安にさせてごめん。実は目標があってさ」

「目標……?」

 観念してネタばらしをはじめると、愛木さんはきょとんとした表情を作った。

「手芸部に入ったんだ。で、コレを作ってた」

 そして僕が鞄から取り出したモノを見て目を見開いた。

「これ――シュシュじゃん……」

「お金がなかったから社会勉強も兼ねてバイトしてたんだ。おかげで結構いい材料が買えたよ。本当は包装まで済ませてから渡したかったんだけど……」

「ア、アタシのためにわざわざ……?」

「うん。愛木さん、シュシュ好きだから自作のをプレゼントしたくてさ」

 想いを伝えると、愛木さんの瞳が再度揺れる。

「いつもこんな僕に優しくしてくれて、偏見もなく意思を尊重してくれてありがとう。まだまだ色々な経験が足りてない僕だけど――そんな僕のことを好きになってくれて、ありがとう」

 普段なら恥ずかしくて言えない台詞も今だけはすらすらと口から出てくれた。

「これからも、末永く一緒にいてください」

 僕の気持ちを聞いた愛木さんは再び涙を流す。それは先ほどの涙よりも美しい。

「タッキぃ……っ」

 あぁ、やっぱり僕は彼氏として全然ダメだな。

 最愛の彼女のためにと思っての行動だったのに、その彼女にこんな辛い表情を、悲しい想いをさせてしまった。

「あ、けど」

 いつもイジられてる仕返しをば、と思った僕は。

「慌てふためく愛木さん、とっても可愛らしかったよ」

「うわあああぁぁぁん! ばかばかばか! タッキーのばかぁ!」

 ここぞとばかりにささやかな報復を決行してしまった。反省はしていない。

「でも大好きっ! タッキーのこと、もっともっーっと好きになっちゃった!」

 涙でメイクが崩れることもお構いなしに愛木さんは僕に抱きついてくる。

「僕も大好きだよ――百華」

「ふぇ……今、アタシの名前……」

 呼べた。

「うん、百華」

 ようやく、恋人の名前を。

「タッキー――……」


 お互いの視線が交錯する。

 そして――


「――んっ」


 僕たちは唇を重ねたのだった。

「へへっ、ファーストキッス~」

 ドキドキと幸福感でキスの味はよく分からなかったけど、とにかく幸せだ。

「アタシの唇の味と感触を知るのは後にも先にもタッキーだけっ☆」

「エ、エロいこと言わないでよ……!」

 なんで男の僕が恥じらってるのだろうか……普通逆では?

「へへ。タッキーだぁーい好き……愛してるよん」

 百華は僕の胸に顔をうずめてきた。ふわりとシャンプーと香水の匂いが漂う。

「今度、お弁当作ってきてあげるね」

「そんな、申し訳ないよ」

「アタシが作りたいのっ!」

「そっか。ならお願い。楽しみにしてるね」

「任せてっ。こう見えて料理は得意だから期待してくれていーよっ」

 その後、僕たちは学校一のバカップルとして名をせることになるんだけど――それはまた別のお話。

 異なる価値観を認め合える、尊重し合える女の子と巡り会えた僕は、たいそう幸せな男だ。


「ふふっ」

「どうしたの?」

「アタシたち二人で愛の木の苗を田んぼに植えて育て上げようね」

「…………えっ、と……?」

 ちょっと、いやさっぱり言ってる意味が分からない。

「ふっ、二人の名字をもじった愛のささやきだよ!」

 ドヤ顔で決めた百華。

「……強引だね」

「アタシのことよく知ってるでしょ。アタシはそーゆー女なの☆」


 百華は強引だ。

 でも。

 僕はそんな強引で積極的で――思い遣りのある百華が心の底から大好きなんだ。

 これからもずっと。

 好き同士であり続けられますように。

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