最終話 帰る場所


 メイジがメティスと出会ってから、十五年の月日が流れた。

 嘗てロックアビスの奇襲により損壊した城は、以前よりも荘厳に修繕されていた。

 堅牢であった防壁は更に強度を強め、衛兵の質も向上した。

 張本人であるロックアビスは、体勢を立て直したスティールヴァンプの精鋭部隊の活躍により崩壊した。

 戦の後には、不可思議な炎の痕が残っていたという。


 そして今、大陸での地位を盤石なものとしたスティールヴァンプの王座には、ある少女が腰かけてた。


「ふぅ~いいなぁ玉座って~」


 少女は足をプラプラとふらつかせながら、高い天井を眺めていた。

 シャンデリアの光が、彼女の黒と金の混ざった髪を照らす。


 呑気にくつろいでいる彼女の側には、使用人の長らしき女性が控えていた。


「姫様、そのように玉座ではしゃがれては陛下もご帰宅の際にお気づきになられるのではないかと」


 だが、少女は彼女の忠告を真剣には聞いていない。


「ん? いいのいいの! 全くリーゼは心配性だなぁ。そもそもママとパパも今頃好きにやってるんだろうし、ちょっとぐらい良いでしょ!」


「それは……」


 リーゼは言い返すことができなかった。


 彼女の両親は今、偵察という名目で日帰り旅行に行っている。

 少女は夫婦水入らずの旅をして欲しいと、自ら留守番を請け負った。


「ねぇねぇ、あの二人って昔からこんな感じだったの?」


 少女はニヤニヤとしながら、玉座に肘をつきながら聞く。


「こんな感じ……とは。仲睦まじい間柄ということでしょうか」


「うーん、そうなるのかな。ずーっと新婚さんみたい!」


 実の娘が実感できるぐらいに、両親は付き合いたての恋人のような雰囲気を醸し出していた。

 それは普段、公的に見せる姿とはあまりにもかけ離れたものであったため、少女の関心を引いていたのだ。


「ふふ、そうですね。世間一般では違和感のあることかもしれませんが、お二人はゆっくりと関係を築き上げてこられましたから」


 リーゼが語る通り、二人の恋路は牛歩そのものであった。


 友人になるまでには時間を要さなかった。

 問題は恋人関係に至るまでだ。

 当初はリーゼですら気が付かなかったが、女王は豪快な見た目に対しかなりの奥手だった。

 一方で王子の方は、根が優しいため相手のことを考え過ぎて決断を下すのに時間がかかった。


 それでも人より何倍も年月をかけたことになっても、今の二人を見ればこれで良かったのだと胸を張って言える。

 それが二人をずっと間近で見守ってきたリーゼの結論であった。


「ん~、まだアタシにはわかんないや。でも羨ましい!」


 少女は母親譲りの笑顔を見せる。

 そして手を叩き、玉座から降りた。


「あ、そうだ! おじいちゃんとおばあちゃんのとこに行こ」


「ポリー村にですか?」


「うん!」


 ポリーは呪いの通り滅亡した。

 その場に居合わせたポリーの民は皆、涙を流していた。

 だが、誰一人として悲嘆に暮れる者は見当たらなかった。

 どこか皆、ずっと背負ってきた重荷が無くなったかのように泣いた後はサッパリとした表情になり、帰るべき場所、そして行きたい場所へ進んでいった。


 嘗てポリーのあった場所は、ポリー村として他国からやって来る行楽客の憩いの場となっている。

 そこでは自然に囲まれた落ち着いた場所で、都会の喧騒を忘れることができるという。


 少女の祖父母はポリー村で今でも仲睦まじく、夫婦で特産物である果物を収穫し旅客に振舞っているそうだ。


 扉に手をかけた瞬間、少女は何か思い出したのかリーゼの方を振り返る。


「あ、二人が帰ってきたら伝えておいて――」


「はい?」


 きょとんとするリーゼに、少女は彼女の父に似た爽やかな顔で言った。


「『今度はやっぱり四人で行きたい』って! へへ」


 少女は小さく手を振って、スキップをしながら駆けていく。


 リーゼは視界をボヤつかせながら、いつもより深く頭を下げ彼女を見送る。


 やがて皆が帰ってくる王の間に、人知れず水滴の音が優しくこだました。

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極貧王子は政略結婚をしてもらえない @sahashi-bakuchi

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