お互い好きだから

「あ、あの、康男くん……………」


 二人とも落ち着いてくると、抱き合っていたことが恥ずかしくなりそわそわする。


「ど、どうした?」


「その…………康男くんと行きたい場所があるんたけど………いい、かな?」


 記憶が戻ったからといって、性格もツンデレに戻るわけではないようだ。


「あ、ああ。いいけど……どこに行くんだ?」


 もう日も落ちてきているからそう遠くへは行かないだろう。


「その……公園、なんだけど………」


 思いがけない場所だったので少し面食らう。


「公園?」


「うん………すぐ近くにあるから」


 目的は分からないが、藍白に誘われたのなら行くしかない。


「あ、でも栞ちゃんを一人で残すのは心配じゃない?」


 外はまだ少し明るいが、小学生の女の子を一人にするのは気が引ける。


「大丈夫だよ。二人で行ってきて」


「栞!?」


「栞ちゃん!?」


 いつから隣にいないと錯覚していた? みたいな感じで登場する栞ちゃん。


「で、でも今から出かけると帰ってくる時には外真っ暗になってるよ?」


「大丈夫だから、やすおさん。お姉ちゃんがバイトの時はもう少し遅い時間まで一人だし」


 な、なんてしっかりした小学生なんだ!


「ほ、本当に大丈夫?」


「うん。だから行ってらっしゃい、二人とも」


 笑顔で俺達を見送ろうとする。


 なんか小学生に気を遣わせたみたいで情けないし申し訳なく思う。


「ごめんね、栞。すぐに戻ってくるから」


 藍白が栞ちゃんの頭を撫でる。


 お、お姉ちゃんだ! お姉ちゃんしてる藍白も新鮮で可愛いっ!


「あ、そういえば」


 栞ちゃんが何かを思い出したのか、少し意地悪な顔をする。


「お姉ちゃん、キスぐらいしてきなよ?」


「えっ?」


「なっ」


 いきなり何を言い出すんだ栞ちゃん!?


 思わず藍白の顔を見ると、藍白も俺を見ていた。


 そのせいでさらに顔が熱くなる。


「な、何言ってるの栞……そ、そんなこと……」


 そして分かりやすく動揺する藍白。


「だってまだキスしてないんでしょ? ファイト! お姉ちゃん」


 そういうのって彼氏に聞こえないように耳元でこっそり言うやつじゃないの? ばっちり聞こえてるんだけど。


「そ、そうだけど………」


 そこで俺をチラ見するなー!! 恥ずかしすぎて死にそうになるっ!


「ほらほら、照れてないで早く行ったら?」


 俺達の様子を見かねて、栞ちゃんが急かす。


「そ、そうだね! い、いこう! 康男くん」


「お、おう」


 お姉ちゃんしてるかと思ったら一瞬で妹に弄ばされたな………まあ俺もだけど。


 というわけで公園に来たのだが、藍白の言っていた通りめちゃくちゃ近かった。藍白の家を出て一分くらいで到着した。


 もう日暮れだからか、公園で遊ぶ子供はいない。


 俺達は手近にあった青色のベンチに座る。


「その……ごめんね………付き合わせちゃって」


 申し訳なさそうに謝る藍白を見て、なんだか落ち着く。ツンデレも好きだったけど、記憶をなくしてから色々あったせいで、今の藍白の方がすっかり見慣れてしまった。


「全然大丈夫。特に用事もないし」


「……………」


「……………」


 不意に沈黙が訪れる。


 決して気まずくはない、心地が良い沈黙。


「私ね」


 そんな静寂のなかでぽつりと、藍白は声を落とす。


「一つだけ……忘れていなかったことがあるの」


 俺は無言で、藍白が話すのを待つ。


「この一年間のこと…………それ以外は何も覚えていなかったのに……………………中学校の卒業式も、高校受験も、入学式も、高校で出会った新しい友達のことも………忘れちゃってたけど

……………」


 藍白は悲しんでいた。忘れたくて忘れたわけじゃない…………だからこそ、その悲しみは大きいのだろう。


「今の高校に通い続けるか考えた時………何となくなんだけど………『行こう』って思った……本当は学校に行かないで、バイトをしてお金を貯めた方がいいって分かってた………それでも私は、学校に行きたかった………会いたい人がいる

………そう思ったから」


 藍白は俺の顔を見上げる。


「その『会いたい人』が………康男くんだった」


 透き通った瞳で、そう伝えてくる。


「最初は確信を持てなかったけど、康男くんと関わっていくうちに、私はこの人に会いたかったんだ…………この人のことが好きだったんだって

…………気付いた」


 藍白の言葉が胸の奥に広がっていき、嬉しい気持ちで満たされる。


「ずっと好きだった…………そして今も、これからも…………康男くんのことが好きです」


 藍白は、いつもとは違う真剣な表情をしている。


 だから俺も、藍白の思いに応える。


「俺も…………弥子のことが好きだ」


 藍白は、俺への気持ちを全部話してくれた。


 だから俺も、全部言おうと思う。


「正直に言うと…………一目惚れだった………入学式の日に見た時から、ずっと好きだった……もちろん好きなところは顔だけじゃない。藍白の可愛い性格も、家族思いなところも、自分の気持ちに正直なところも、全部大好きだ」


 だからこそ、藍白が記憶をなくしたと聞いたときは他の誰よりも驚いたし、心配もした。それでも今こうして、藍白と過ごせているのだから、俺は本当に幸せ者だと思う。


「そう…………だったんだ…………うれしい」


 ここにきて少し照れる藍白。


「ねえ………………キス……………しよう?」


「へっ?!」


 ちょっ、ちょっと待ってくれ! え? まさか栞ちゃんに勇気もらっちゃったの? ただからかわれてるだけだと思ってたのに!


「ダメ…………かな?」


「だっ、駄目……ではないけど」


 俺だって心の準備というものが!


「じゃあ………………しよ?」


 え? ま、まじでするんですか?


 なんか藍白の表情が艶っぽく見えるんですけど!?


「だ、大丈夫……………私からするから」


 全然大丈夫じゃない! むしろそっちの方が問題ある! 普通こういう時って男からするんじゃないの?!


「え、ちょっ、ちょっと」


 俺のことなんてお構いなしに、藍白はその両手を俺の頬に当てて、動かないようにする。


 だんだん藍白の唇が近づいてきて…………。


 柔らかな感触が伝わる。


 藍白は俺と目も合わせられないほど顔を真っ赤にしている。


「は、初めてだから………下手、だったよね?」


 初めて、というパワーワードでさらに追い討ちをかけてくる。


「え、い、いやその…………」


 なんと言ったらいいんだ?! 全くわからん!


「えっと、これから…………これから上手になっていくから!」


 どうやらこれからも頻繁にキスを求めるつもりのようだ……………俺、藍白と一緒にいたらどんどん寿命が縮む気がする。


 まあ、藍白のそばにいれるなら、寿命ぐらい縮んでもいいか。


 そんなことを思うほど、俺は藍白のことを好きになっていた。


「藍白、これからもよろしくな」


「え? そ、それって…………キス………たくさんしたいってこと?」


「違う!」


 こういう天然なところも、大好きだ。



後書き

「メインヒロインが記憶をなくしちゃいました」

最終話を読んでくださりありがとうございます!

途中、投稿を放置してしまいましたが、最後まで追い続けてくださった方には感謝してもしきれないです。本当に、ありがとうございました! 

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メインヒロインが記憶をなくしちゃいました @anv

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