第34話 ヨアンナの実力
イワンがなぜ、イワンの馬鹿という屈辱的ともとれる異名をつけられたのか。
イワン自身はさほど気にしていないのだが、それには理由がある。
それは彼が愛用する武器に由来する。
それは弓矢であった。
戦場の主役が
彼の弓の腕前は神がかっており、飛ぶ鳥を射ち落とすのは当たり前で戦場で音もなく近づき、帝国貴族を戦死させていったので彼は悪魔のように恐れられた。獣鬼兵が戦場をかけ、銃弾が雨あられと降り注ぐなか、イワンは弓で敵の将校たちを殺していくのだ。イワンの馬鹿という異名は敵には畏怖、味方からは敬愛の念をこめてそう呼ばれた。
そのイワンは旧友のジャックとともに海賊船バラクーダ号の目の前で潜入の機会をうかがっていた。
ヤンの作戦では海賊たちを眠り薬で眠らせて、その隙に乗じて海賊船から囚われの人々を助けだそうというものだ。
だが、いくらまっても船内から合図はこない。
いてもたってもいられなくなった二人は船内への侵入を試みた。
「まあ、最悪、俺たちで海賊を相手にすればいいのだろう」
ジャックは言った。
彼はどこか楽しげであった。
バラクーダ号の潜入は容易であった。
まるで警戒されていない。
いくらなんでも警戒なさすぎではないかとイワンは思った。
それでも彼は一応警戒しながら、船内を進んでいく。
海賊たちはどこにいるのだろうか、一人も出くわさなかった。
ようやく明かりのある部屋にたどり着いたので、イワンたちは扉の前にたつ。
扉越しに中の様子をうかがう。
「うううっっ……」
扉の奥から呻き声が聞こえる。
それは男のものだった。
いったいヨアンナやヤンはどこにいるのだろうか。
ジャックの頭に疑問がよぎる。
ジャックの傭兵としての勘が部屋の中はそれほど危険ではないとつげていたので、彼らはその部屋の中にはいることにした。
それでも慎重にドアをゆっくりとあける。
そして彼らは部屋の中のあまりにもすさまじい光景に度肝をぬかれた。
「ああ、ジャック叔父さん。迎えにきてくれたのね」
部屋の中心で椅子に座り、ジョッキを片手に優雅に微笑んでいるヨアンナがジャックに声をかけた。
彼女の周囲にはあるものは顔を真っ赤にし、あるものは牛のような声でうなり声をあげながら倒れていた。
それは皆、あの海賊たちであった。
唯一、かすかに意識を保っていたのはあの頬に傷のある海賊であった。
「あの女は化け物か。俺たち相手に飲み合いの勝負をして全員をうちまかすなんて。バースの化身か……」
そう言い、傷のある海賊は意識を失った。
ぐーぐーと寝息をたてる。
「こいつはどういう状況なのか……」
イワンは酒臭い部屋でそう言った。
地獄絵図に近い状況の部屋をジャックたちは倒れている海賊たちをよけながら、ヨアンナのそばに歩み寄る。
「ああ、これね。私、この人たちとお酒の飲み合いの勝負をしたのよ」
ジョッキの中のビールを飲み干し、分厚い焼いたベーコンをヨアンナはかじった。
ヨアンナの話ではここの海賊たちと酒の飲み合いの勝負をしたのだという。
最初、ヤンの作戦では酒に薬をまぜて海賊たちを眠らせるはずだった。
だが、海賊たちは薬いりの酒をのんでもいっこうに眠らない。
どうやら、あの薬屋にまがいものをつかまされたようだ。
そこでヨアンナは作戦を変更した。
私を酔わせたら好きにしていいわよという条件をだして。
海賊たちと酒の飲み合い勝負を挑むことにしたのだ。
彼女は酒には自信があったからだ。
海賊は全員で二十人強。
ヨアンナはその全員を相手にして、すべて打ち負かせたのだという。
性欲にかられた海賊たちはこの余裕で勝てるだろうと判断し、ヨアンナの条件をのんだのだ。それが彼らの運のつきであった。
ヨアンナは正面から彼らを迎撃し、すべてを打ち負かしたのだ。
「まるでバースの化身だな……」
イワンは言った。
バースとは大地の女神カーラーの夫で酒を司る神であった。
ジャックも秘められていたヨアンナの実力に驚愕していた。
「な、なんだい、この悲惨な景色は……」
絶句しながら入ってきたのはヤンとマーズを伴ったフック船長であった。
自分の部下の情けないすがたにフックは額をおさえた。
「うわっ、酒くさっ……」
マーズはそう言い、口に手をあてる。
「ね、姉さん」
ヤンはそう言い、ヨアンナのそばにかけよる。
ヤンはヨアンナの無事に正直に喜んだ。
そしてこの英雄ぶりに感心した。
「この海賊フック、あんたち姉弟に完敗だよ」
フックはおいお前らだらしないと、そう言い、部下の海賊の頬を叩いた。
ヤンとヨアンナは叔父のホラ吹きジャックとイワンの馬鹿を仲間にすることに成功した。さらに海賊フックとドワーフのマーズも仲間になると言ったのである。強力で頼りになる味方を得たのである。それでもフェルナンド辺境伯との戦力差はかなりのものであったが。
「心配ないさ、ダーリン。私がついていたら百人力さ」
そう言い、美人の海賊フックはヤンの体に抱きつくのであった。
ブレーメン旅団の帰還 白鷺雨月 @sirasagiugethu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ブレーメン旅団の帰還の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます