【RF外伝】最高のパフォーマンスを/The Highest Ranger's Sense

ウツユリン

入場前、百五十秒

 自分の名を呼ぶ観衆の声で、スタジアムが揺れていた。


 そのスタジアムは、西海岸沖三十キロの遠洋に浮かぶ〈太平洋灯街Ⅲ〉に建ち、収容人数十二万を超す世界最大級の多目的フィールドを擁する。

 一年を通じ、各種スポーツの国際大会や大規模イベントが絶えず開催される、世界屈指のイベント会場だ。

 そのスタジアムで今、二年に一度の国際救助技能大会『ワールド・レンジャー・コンベンション』が開催されていた。

 世界中から集ったレンジャーチームは、およそ二百五十。

 チームの立ち上げ自体が増えている現状にあって、過去最多の出場者数を記録している。このチームの中から、ランダムシチュエーターフィールドが無作為に形成する災害状況を把握し、各チームが実際の現場さながら救助活動を遂行する。

 そして、もっともスコアの高かったチームが、レンジャー最高の栄誉である〈命の守護者ライフキーパー〉の称号を冠することが許される。

「——ふう」

 フィールドにつながる、出場者用の通路。演出の効果上、灯りの落とされた薄暗い無機質なそこで、ニューは投げやりな息を吐いた。

 ここは各出場チームに割り当てられた専用の待機場所であり、壁に背をもたれかけた長身の、蒼い燐光を発するコート姿が吐いた息を耳にする者はいない。

 唯一、ニューと同行を許可された相棒バディも、今は傍にいない。出場の直前は一人の時間をニューが好むと、知っている相棒バディの気づかいだ。

 ニューのそのため息は、これから行われる最終ラウンドを前にした緊張からではなかった。

 ましてや、六連覇の掛かった王者チャンピオンのプレッシャーでもなく。

 ましてや、直前になって追加された制限レギュレーションへの憂慮でもなく。

 そもそも、競技レンコンそのものにニューの関心は皆無なのであり、

 だから、"救命の女神"と称される彼女のため息は、矛先が別にあった。

「……この茶番の時間でいったい、どれだけ救命できたか」

 救助の技能を競い合う大会だからといって、その本来の使命である救助活動に支障をきたすようなことがあってはならない。

 そのために、大会期間中は特別シフトが組まれ、可能な限り影響を最小限に留める配慮が為されている。——たとえば、"絶対王者"・チーム〈WL〉の出場は、最終ラウンドの一回のみ。シード権も何もすっ飛ばした、決勝のみの参加である。

 が、日ごろ、日がな一日、救命活動に飛び回り、『命を救う』ことを至上とするニューからすれば、ルールに則った試合形式の"疑似"救命活動など、時間の浪費にすぎなかった。

〈灯街〉での滞在時間は、経験からざっと短く見積もっても半日。

 平均的な普段の出動頻度なら、その間に少なくとも五、六名は救えている。

「ふんっ」

 だから、ニューの苛立ちはそんな、多様な思惑の入り乱れる技能大会を考えついたお偉い先人と、文句を垂れつつ、ここにいる計算高い自分への嘲りだ。


 ――救命活動は遊びじゃあない。

 最初に出場のオファーを受けたとき、真っ先にニューはそう思い、そう怒ったし、その場で説得に来たらしい〈リド〉の担当者にもそう言ってやった。

 第一回の大会が開催されるより前——十二年も昔のことだ。

 大会の趣旨——技能を高め合うとか、底上げするためとか、ニューにはくだらないことだった。

 力が足りないというなら、鍛錬し、自己を高めればよい。

 そう思い、信じ、実行する者が増えれば、全体の質は必然的によくなる。

 それをせず、馴れ合いよろしく『試合』で事を済まそうとするなど、唾棄すべき選択だった。

 だから、時間とレンジャーの無駄遣いだと、そう大会そのものを糾弾したニューに、レンジャーを統括する国際機関の担当者は、穏やかな口調でこう言った。

「——ミズ・ニュー。こう考えてみてはいかがです? リド直属救助体パブリックレンジャーのあなた方は、実績に乏しい。本来、パブリックレンジャーとは、結成が五年を超えるようなベテランチームが候補にあがるものです。あなた方はたったの、二年。いくら、この二年で他チームの数倍を現場に費やしたとはいえ、しょせん、それだけの実績では、に不満を持たれても仕方のないことで——」

「——レスキューは見世物じゃあないんだッ!」

「そうとは言っていませんよ」

「いいか。あんたたちが救命活動を娯楽にしようが、たいそうな出しもんにしようが、勝手だ。だが私は加担しない。実績が足りないなら、増やすまでだ。救って、救い続ける。それだけだ」

「それはそれは。けっこうな心構えですがね、しかし。ちょっとばかし、自己中心的すぎやしませんかねえ。——バディを壊してでも、っていうのは」

「——っ‼」

 そのときに担当者へ殴りかかったニューを、「落ちつけ!」と羽交い締めにしてくれたのが、現在のニューの相棒バディだった。

 そんな相棒バディを担当者は、「ふむ、さすが"救神"のバディを最長で務めているだけのことはある」と評すると、

「気高さは、レンジャーの素質に欠かせない。が、思い出してください。あなた方の装備に設備、救助艇ボートのメンテナンスから生活費にいたるまで、リドが全てサポートしている。そして官民ファンドであるリドの運営費は、その出資者——つまり、市民からの寄附や各種スポンサーによって賄われているのですよ。あなたもよくご存じのとおり。ですから、あなた方がその救命活動に専念できるのは、ひとえに、観客たちの支えあってこそのものです」

「だからなんだ? 今度は、世界中のレンジャー集めて、祭り騒ぎして、カネを集めるって寸法か?」

「"ワールドレンコン"はただのイベントではありませんよ、ミズ・ニュー。あなたも感じているでしょうが、近年、変異者の数が急増している。対策を立てなければいずれ、不幸の連鎖を断ち切れなくなるかもしれない。我々〈リド〉は、災害から人々の命を救うべく創立された。——さきの大戦の教訓を忘れないために、です」

御託ごたくを並べるな! そんなことは知っているっ! 私の故郷こきょうは、あれらに壊された。だから私はレンジャーになった。救う力を得るためにな! それで私は、私はっ——」


「——くっ。また、か」

 突き刺すような頭の痛みに、ニューは回想の海から現実のおかへと引き揚げられる。

 就寝中も装着したままの眼鏡型デバイス、グラシスギア。

 その電磁フィールドヘルメットに保護されたこめかみへ手をかざすと、検知したデバイスがヘルメットをいて、ニューの耳元の長さで切りそろえられたブロンドがはらりと解き放たれる。

 いつもそうだ。

 あの日、〈リド〉の担当者が示した将来への懸念と、今さら聞くまでもない、その理念。

 続けてニューが吐き掛けたのは、怒りだ。

 故郷を——家族をまたたく間に奪い去っていった、黒い人波。それに抗うすべを何一つ持たなかったニューは二度と、同じ哀しみを繰り返さぬべく、レンジャーを志した。

 そうして志を貫いたニューは晴れて、蒼きユニフォームをまとう資格を得る。

 その未熟だが熱意に満ちた新米時代、ニューの隣にはいつも、寡黙だが堅実で頼れる姿があって。

 人づきあいにうといニューを、先輩レンジャー仲間に引き合わせてくれたり——、

 個有能力ユニーカで悩んでいたニューに、向きあいかたをアドバイスしてくれたり——、

 二人はいつしか、互いの背中を預け合う相棒になり、幾多いくたの厳しい現場をくぐり抜けてきた。


 そうしてあるとき、彼女のバディは、彼女を置いて——。

 ——そして。


「——ダー! リーダー! お〜いっ、ハストちゃ〜ん!」

 もやのかかった記憶と沈んでいくような痛み。泥のようなその思考の混濁こんだくに、つい、まれ掛けていた。

 そんなニューの意識を呼び戻してくれたのは、外見にそぐわない軽いテンションの相棒バディの声で。

れしいのは嫌いだと言っただろ、カイル」

 底なしの沼地から引き揚げてくれた相手の名を呼び、ニューは薄暗い現実世界へ目の焦点を合わせる。

 ニューの横に立ち、鞭のようなドレッドを垂らしているのは、普段から軽い口調の痩身そうしん相棒バディだ。細い割に、鍛えられた体躯には危うい印象も、隙も、見当たらない。

 そんな相棒バディ——カイルは、スコープを覗くのに邪魔だからという理由で裸眼の、鋭い眼光に気づかいをたたえて、やはり鋭く核心をいてくる。

「へいへ〜い。ったく、ウチのリーダーは硬いこって。で、例の頭痛か?」

「……問題ない」

 ごまかすように、ニューはグラシスギアを装着し直し、相棒バディのおどけた視線を、展開された情報ウィンドウで遮った。それでも、この男には自分の青い顔が見透かされているようで、あまり役には立たないが。

「ならよかった。っと、そろそろ出番だぜ、リーダー? 今回のファイナル、やっぱあいつらが黒馬ダークホースだな。いや、ありゃあ、ダークウルフっていうべきか……?」

「——ぐっ……なん、だ、これ、は……」

 ——吹き上げる青いプラズマの光の柱。

 ——瓦礫の下で幼い娘へ伸びるカギ爪。

 ——抱えられて見上げた黒い■■■■。

 ニューの意識を、見たこともない記憶の奔流ほんりゅうが駆けていく。

 どれも知らないはずの光景なのに、なぜか懐かしい。それはまるで失った思い出が溢れ出ようとしているようで——、

『——チーム〈ホワイトライナーWL〉、フィールドへ進んでください』

進行係ディレクター、時間をくれっ! リーダー、今回は辞めて——」

「——われわれの、使命はなんだ?」

 割れるような頭痛を意志だけで抑え込み、場違いな質問を——わかりきった質問を心配する相棒バディへ投げつける。

「……それは」

「言えッ‼ カイル・ガルシア!」

「命を、救うことだ」

「ああ、そうだ。——その邪魔は、だれにもさせない」


 ——自分の名を呼ぶ観衆の声で、スタジアムが揺れている。

 これは、ちゃんちゃらおかしい茶番だ。

 互いの命を賭けた救命行為を見世物にし、あたかも、救助活動そのものが一種の『パフォーマンス』であるかのように、観客へ錯覚させる。

 ふざけた話だ。

 ——が、あの日、ニューが出場を承諾し、以来、勝ち続けてきたのはそれへ怒りからではない。

 それが救命に利用できるなら、使わない手はないからだ。

 すべては、そこにある命を救うためだ。——二度と、無力な自分を繰り返さないための。

 ——そのためなら、利用できるものすべてを、目的を果たさんがための道具として使う。

 そう、決めたからだ。

「——いくぞ」

 踵を上げたニューの後ろを、一歩遅れて相棒バディが続く。そこに交わす言葉は要らない。

 痛みはまだある。が、そんなものは、自分たちの歩みを止めさせる言い訳にすらならない。

 光の向こう側から、万雷の拍手と歓声が、近づいている。

 その一つ一つが、ニュー・ハストとして救うべき、命の鼓動だ。


 ——命を救うこと。

 それが、ニュー・ハストにとってただ一つの、存在意義だった。


《了》

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