第66話 ただいま

親がいなくなって家は僕のものになった。


だからか扉が勝手に開くようになった。閉めてもまた勝手に開く。

どの引き出しにも隙間が空くようになった。押しても押してもまた勝手に隙間が出来ている。

家中にとても隙間が多い。

数えようとしたけど、こんなには数えられはしない。

数えられないほど隙間が多いということは、すべてが見えるようになって、すべてが見られるようになったということなんだろうか?


これでは何にいつ入り込まれてももう分からない。


見られ放題の自室で僕は震えている。

見慣れた部屋に見られている気すらする。

玄関から『ただいま』という声がしたような気がする。

聞いたことのある『ただいま』のような気がする。

『ただいま』という声は閉じることの出来なくなった自室の扉の近くで発声されているような気がする。


次の『ただいま』はとても近くなる。


僕は自分の目を潰した。

耳ももちろん。

もう誰も殺さなくてすむように。


それでも『ただいま』という自分の声は聞こえてきてしまった。


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空想奇譚集 空想さん @kuusoubookclub

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