獣(けだもの)の血
無天童子
とある少年と一人の男の物語 ~第一話~
第一話
これは、とある少年と一人の男の物語である。
その少年は、師匠である猟師・マサキと共に暮らしている。幼い時に両親と死別し、縁あってマサキと生活することになったのだ。彼らの邂逅は、また
彼らは、人里離れた深山の奥でひっそりと暮らしている。山草を採り、山に住む獣を狩り、他の誰とも交わることなく暮らしているのだ。今日も青々と茂った山の中で、猪を探している最中だ。
「おい、…。いたぞ、あの奥の茂みだ。見えるか?」マサキが声を殺して伝える。
少年がそちらに注意を向けると、子連れの猪が3匹、木陰で休んでいるのが見えた。2匹のまだ生後1・2か月程の小さなウリ坊を守るように、親の猪が体を寄せている。彼は、声を出さずに自分の師匠の方を向き、こくりと頷く。
ゆっくりと、しかし確実に二人は猪との距離を詰めていく。そして、マサキは少年を手で制し、木の陰に身を隠す。
マサキは静かに猟銃を構える。彼が持つのは散弾銃で、弾はスラッグ弾頭。威力が大きい代わりに、射程が短い。そのため、獲物にある程度まで接近しなければならない。だが、マサキ達が今いる場所は鬱蒼とした森林地帯であるため、獲物に近づいても気付かれにくいのだ。
険しい山道の中では、一度逃げられると人間の足で猪に追いつくことは不可能だ。一撃で仕留めるか、動きを止めることが必要とされる。
マサキの目が鋭く光る。彼の眼光に
精悍な顔の男は、静かに引き金に指をかけ、前方の一番大きな親猪に狙いを定める。
そして…
ドン!ドン!
重い音が
しばらくして、二人は動かなくなった猪のもとへ向かう。
二発の銃弾は、正確に猪の急所を射抜いていた。
「すごい…」
少年は感嘆の声をあげる。彼はマサキの猟に幾度となく付いて行っているが、いまだに彼の銃の腕前には舌を巻く。
「マサキ、やったね!」少年は無邪気に笑う。
「そうだな。」マサキの方も先ほどの獲物を射抜く鋭い目つきとは打って変わって、柔らかく優しい目つきに戻っていた。
倒れた猪は体長125㎝ぐらいで、体重は100㎏程はあるだろうか。死してなお、存在感を放っていた。
「今日の夕飯は、猪肉だね!」
「そうだな。しばらくは食事には困らなそうだ。」
マサキは、そう言いながら、猪の解体を始めた。ナイフで丁寧に皮を剥ぎ、無駄な部分が出ないように、素早く肉を処理していく。それを見ながら少年は、今日の食事のことを考え、胸を弾ませていた。
猪肉は、独特の臭みがあるものの、程よい歯ごたえと旨味があり、美味しいものなのである。
肉の処理を済ませると、マサキはほとんど骨だけとなった猪の骸に静かに手を合わせた。少年も、それを見て慌てて手を合わせる。彼も、山の厳しさはよく知っているつもりだ。猪の子は半数ほどが生まれて1年とたたないうちに、飢えなどで命を落とすのだ。ついさっき、親を殺された猪の子を待つのは厳しい山での生活だ。彼らもすぐに命を落とすかもしれない。そんなことを考えているうちに、さっきまでの嬉しい気持ちは消え、だんだんと気分が沈んでいく少年であった。
猟を終えて、自分たちのテントがある川のほとりに帰る途中、暗い顔をしている少年を見て、マサキが尋ねる。
「どうしたんだ?浮かない顔だな。」
「うーん…、さっき逃げた猪の子たちのことを考えてたんだ。だってかわいそうでしょ?いきなり自分の親がいなくなっちゃったんだから。僕たちのせいで、これからも同じような思いをする子がいるのかなって…」
「お前は優しいな」そう言った後、マサキはふっと笑った。
そして、真剣な眼差しで続ける。
「いいか…。俺達は、生きるために他の命を奪って生活しているんだ。自分の手で獲物を狩り、肉を剥いで暮らしている。獲物を見つけてから、仕留め、その肉をナイフで切る時までずっと、目の前の命と向き合っている。目を背けるな。正面から命と向き合え。そうすれば、お前が悩んでる問題の答えが見えてくるはずだ。」
いつになく真剣に、マサキは答えてくれた。
少年はまだ、その問いに対する明確な答えが出たわけではない。
その答えを、頭の中で考えながら、少年は自分達のテントへ歩みを進めるのであった。
<次回に続く>
獣(けだもの)の血 無天童子 @muten-douji
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