元テロリスト女奴隷×イケメン男の娘主

たいら

元テロリスト女奴隷×イケメン男の娘主

「ご主人様?起きてらっしゃいますか?朝です」


「うぅん」


主は朝が弱い訳ではなかった。

珍しく夜更かしでもしたのだろうか。


「心苦しいですが、入りますね。ご主人様」


声をかけてから、ゆっくりと扉が開けられる。

可愛らしい主の寝顔に、メイドは顔を赤らめる。


(珍しい…。可愛い)


彼は遅刻など出来る身分ではない。

メイドは観察を続けたい欲求と葛藤しながらも、主を起こす。


「お気持ちは分かりますが、起きてください。起きないと、いたずらします」


「行ってはダメ…」


夢でも見ているのか、残念ながら声は主には届かなかった。

メイドは強硬手段にでる。


「起きてください?ご主人様。学校に遅れてしまいますよ…?」


メイドの声が、主の耳元で囁かれる。

むずかゆい様な不思議な感覚が主を襲う。


「ふぁ!」


主は勢いよく飛び起きる。

メイドはすぐに直立し、いつも通りの姿に戻る。


「おはようございます。やっと起きてくださいましたね」


「な、なにしたの!今!」


「いえ?耳元で囁くなんてしてません?何も」


「もう、くすぐったいよ!それに、恥ずかしい!」


「これは申し訳ございません。ですが、ご主人様。起きなかったのはご主人様ですよ?」


「う、それ言われると。ごめんね」


いたずらをしても、口答えをしても許してくれる。

自分の非を認め、謝罪までする。

それも、奴隷にだ。

どこまでも甘く、お人よしな主を、メイドは誰よりも気に入っている。


「さ、着替えましょう」


「ん。今日もよろしく」


身支度はメイドの役目。

寝巻から制服へ。

寝ぐせから内巻きへ。


「今日も可愛いですね、ご主人様」


「そう?でも、ありがとう」


可愛いと言われるのが嫌いではなかった。

男なのに、おかしいかな。


「はい、終わりまし、っ!」


耳を劈く爆裂音。

二人は床に伏せていた。

正確には、メイドが無料矢理主を伏せさせた。


「お怪我は!」


見れば、部屋は黒煙に包まれ、物は散乱。

メイドは主の安否を確かめる。


「だ、大丈夫だよ!でも、今のは?」


主の問いに答える暇はなく、メイドは主の手を引く。


(敵は誰だ?目的は?状況はどうなっている?分からぬことが多過ぎる…)


大まかに言えば、最悪の状況である。

メイドは脳内で打開策を練る。


(とにかく方位はまだ完璧ではないことを信じる…。そうでなくては困る)


敵が自分ならどうするか、考える。

メイドは敵の穴を予測し、移動を開始した。


「お父様とお母様は!」


「お二人ならすでに脱出しています!」


メイドは嘘をついた。

はっきり言ってこの状況下で、分かる訳ないのだ。


(ごめんなさい)


それでも、嘘をついた。


「よかった!」


こんな状況で、自分より親を心配するお人好し。

自分の発言を、欠片も疑うことなく信じてくれる主。


(この人だけは、死なせてはいけない)


二人は二階の一室に来ていた。

メイドはベランダからロープを垂らし、しっかりと固定をする。

次に自らの手袋を、主に手渡す。

こんな時でもメイドは冷静だ。

幸い、この方角はまだ包囲が完了していなかった。


「ご主人様、私が先に降ります。良く見ていてくださいね。

 手袋を付けたらゆっくりと降りてきてください。

 大丈夫。あなたならできるから」


「分かったよ。必ずやり遂げる」


メイドは慣れた手つきで下降を完了する。

主はゆっくりと下降を始める。

足取りはゆっくりとしたものである。


「そう!ゆっくりで大丈夫です!」


主は下降の途中、ロープには薄っすらとした血が付いていることに気づく。

同時に、彼女が手袋を渡した理由も理解した。

摩擦だ。

強烈な摩擦が、手を焼くのだ。

主は初めての懸垂下降であったが、見事にやり遂げた。

しかし、それはあまりに時間のかかったことだった。


「変な気は起こすなよ、坊ちゃん。この女が大事ならな」


屈強な男はメイドを捕らえ、銃口を頭に向けている。

人質、ということなのだろう。


「目的は僕、なのでしょう。彼女を離してください」


主は堂々とした口調で主張する。

自分よりもメイドの身を案じる。


「おーおー、熱いねぇ。その優しさに牙を抜かれたってか?」


男は小馬鹿にした様子で、メイドへ問う。


「のうのうと平和に生きられるとでも?ハナトの残党」


「言うなぁああああ!ご主人様の前で、その名を呼ぶなぁあああ!」


先ほどの冷静さはどこへやら。

メイドは男達の声をかき消すように、叫んだ。


「叫ぶな、耳障りだ、黙れ」


男は足でメイドの足を蹴り、体制を崩させた。

手で頭を押さえつけ、地面に固定する。

メイドは声を出すことすらままならない。


「ナハト…?残党…?」


主は男へ問う。

その問いを聞いて、男は高笑いを始める。


「ハハハっ!!!こいつは最高だぁ!」


メイドは猫が威嚇をするように、声にならない呻きを上げている。

言うな。言うな。言うな。


「13年前から始まった内紛。金のために暗殺を行う傭兵組織、それがナハトだ。

 この女はナハトに訓練された傭兵。

 戦争を金稼ぎだとしか思ってないような屑だよ」


メイドの体から力がフッと抜ける。

まるで何かをあきらめたように。

メイドは淡々と説明しだす。


「私にも、大義と呼べるものがあったのですよ。

 戦争が終われば、きっと平和な日々は訪れると。

 そのために、犯罪者でなくとも、それが年端のいかぬ子供でも、関係なく殺しました。

 たくさん、殺しました」


「…」


「しかしある時、我々が護っていたのは平和でもなんでもなく、

 ただただ生臭いただの紙切れだと知った時、我々は投降し、奴隷になったのです」


「そんな話…」


「今までの不義を、どうかお許しください。 

 私はあなたに拾われた奴隷でも、仲の良いメイドなどではなく、

 この男の言う通りの屑、なのです」


「そうか」


主はメイドの正体を知る。

全てが男の言う通りなのだろう。


「なら、僕も、屑に堕ちよう」


瞬間、メイドを押さえつけていた男は力なく倒れる。

メイドは解放される。

主は金持ちのご子息。

両親ともに早撃ちの名手であり、その才能は確実に受け継がれていた。

主は男を射殺したのだ。


「い、いや、ダメ!ダメです!そんなことは!」


メイドは主が殺人を犯したことを受け入れられない。

だって、自分が原因だ。

誰よりも護りたかった人の人生が、自分のせいで汚したんだ。


「あぁ、ご主人様、違うのです!あぁ、ごめんなさい!ごめんなさい!」


主は、メイドへと近づく。

そして、今撃った銃をメイドに握らせた。

メイドの手を持ち上げ、銃口を自らの頭へ持っていく。


「君は、僕を殺すかい?」


「なに、を…」


「今も君がお金ために人を殺すなら、やるといい。僕の命は、きっと儲かる」


主は金持ちのご子息。

人質にとれば、いくらでも金をむしり取れる。

しかしそれは、彼の人生を大きく破綻させる。

人質の辿る結末なんて、ろくなものではない。

死と定義してもいい。


「そんな!どうか、手をお離しください!」


主は手を離さない。

答えを得るまでは離さない、と主張するように一層力を込める。


「僕は、今の君が、大好きだよ」


主は先に思いを伝える。

メイドは泣きながら、ぐしゃぐしゃになった顔で、主に問う。


「いいのですか…!許されるのでしょうか…!あなたの傍にいること!」


「それは僕が許した。他ならぬ、僕がだ!」


足音が聞こえる。

増援が駆けつけてきたのだ。


「一緒に背負うよ。だからもう少し、生きれるかい?」


「はい。あなたのために」


増援が二人を見つける。

二人は同時に銃を発射する。


「行くよ!」


主はメイドの手を取り、走り出した。

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