6話 「イレギュラー」

「——ついにここまで来ましたか」


 特に大きな襲撃もなく迎えた三日目。


 二日目のうちに、僕とケアリックの二人で高台に登り先行偵察を行った結果、概ね前回の遠征から様子は特には変わっていないことが確認された。


 それによると、どうやら標的ドラゴンは羽を損傷して立ち往生してしまっているようだ。


 現時点で歩行できるだけの体力が残っているかについては不明だが、周辺の木々は所々焼け焦げているのを除けば広く残っていることからも、そこまで行動範囲は広くないようである。


 だからといってカイネに足止めをお願いせずに大きく迂回するのでは、初日のように不要な戦闘を招きかねない。


 その点では、必然的に最も安全なのはドラゴンの懐の内を強行突破することとなる。


「では、最終決定した作戦を伝えます。


 当初のプラン通り、カイネによる牽制及び足止めと、その間に護衛対象の戦闘区域離脱を目標とします。


 そのために——カイネ、十五分程度の足止めをお願いできる?」


「りょーかい」


「加えてなんだけど、できればドラゴンの右目——いや、カイネから見て左側で戦ってくれると援護しやすくて助かる」


「⋯⋯ん、そんくらいなら」


「ここからは僕と同行する二人に向けてなのですが、ここからおよそ十五分間、射程圏外にでるまで走りっぱなしとなります。


 サラさんの工房より頂いたポーションは最悪全て消費する方向でいくので、辛くなったら僕に言ってください。


 特にサラさんは体力的に負荷が大きいと思われますので、僕の方でもこまめに様子を確認することとします」


「あの、質問ですがよろしいでしょうか?」


 ケアリックがおずおずと手を上げる。


「私の方からサラさんに身体強化魔法をかけて支援することも一応は可能ですが、いかがしましょう?」


「そうですね、【魔導障壁シールド】との両立は可能ですか?」


「それは⋯⋯難しいですが頑張れば」


「なら、【魔導障壁】の方のみを優先してお願いします。


 おそらくケアリックさんにはサラさんの護衛の要となってもらう予定なので、とりあえず『危険』だと感じたらこちらの要請なしでも張り続けてください」


「なるほど、ではその通りに」


「それでサラさん、覚悟はよろしいですか?」


「⋯⋯⋯⋯はい!お願いします!」


「わかりました。じゃあカイネ、気をつけて」


「ん、アルザも」


 頷くと、カイネは木々の枝を伝って森の奥深くへと消えていく。


「行きましょう、僕たちも」


「「はいっ!」」



 *



「⋯⋯大きい」


 赤色の巨体を目の前にして、カイネはつぶやく。


 硬そうなウロコに全身を守られた巨体は、細長い首を伸ばしてエサがいないかを探しているかのようだ。


 そして——目があった。


「グオオオオオオオオオオオオオ!」


 カイネの頭の上に、いくつもの赤い魔法陣が現れる。


「————チッ」


 まずいと思ったカイネは、近くの木の影に回り込んだ。


 ——ヴォン。


 幾重にも重なった魔法陣から、何十もの炎の槍が現れる。


 それらはすぐさま、数秒前までいたところに向けて降り注いだ。


 そして、それだけでは終わらなかった。


 槍の突き刺さった範囲の木々が、音を立てて燃えはじめたのだ。


 炎は、あらゆるものを巻き込むようにして燃え盛る。


 それがたとえ、無関係に巻き込まれた小動物だったとしても——。


「——それが、あなたの戦い方」


 すぅ、と息を吸い込む。そして全身に魔力を行き渡らせる。


 透き通るような蒼い瞳が、エメラルド色に輝きはじめた。


「⋯⋯⋯⋯ハアッ!」


 助走をつけて地面を力いっぱい蹴り上げる。


 弾丸のように枝葉の隙間を抜けて、一瞬のうちに眼下には緑色の絨毯が広がっていた。


「————ッ!」


 ピンクのコートの中に手を突っ込むと、隠しナイフを掴む。


 体を捻りながらナイフ四本をドラゴンの顔面目掛けて投げつけた。


 しかしドラゴンは、避けようとしなかった。


 正確には、避ける必要なんて最初から存在しなかったのだ。


 ——カンッ!


 全てのナイフが、硬い鱗に弾かれて地面向けて落下していく。


「硬い。⋯⋯だけどッ!」


 地上に向けて落下していくエネルギーを殺さずに太い木に着地し、トランポリンの要領で蹴飛ばして再加速。


 そして標的の右顔面目の前まで迫る——瞬間、寒気がする。今度は右の方だ。


「——くそッ」


 悪寒の正体を確認する前に、カイネは勢いを殺さずに敵の懐まで飛び込む。


 そしてそのすぐ後ろを火柱が駆け抜ける。


 その数、一本、二本、三本——カイネを殺そうと、進行方向に沿って並んだ魔法陣が容赦なく火を放つ。


 それらを間一髪でかわして背後に回り込んだカイネは、ドラゴンの首元にナイフを突き立て摩擦により勢いを殺した。


「⋯⋯やるじゃん」


 肩で息をしながらもカイネは——、笑っていた。


「今度は⋯⋯わたしの番」


 一息入れると、カイネはドラゴンの背中を駆け上がる。


 そして、鋭く光るナイフを振り上げた——。





 そんなカイネらの努力の甲斐もあり、アルザ達は目立った妨害もなく予定のコースを疾走していた。


「ドラゴン正面通過、戦闘は継続中のようです」


 前方に集中していた僕の代わりにドラゴンの監視をお願いしていたケアリックが、そう報告してくれる。


 ドラゴンと正対する位置での衝突を防げたという点だけでも、肩の荷が下りるというものだ。


 肝心のカイネの方も、まだ問題なく戦えているようだ。


 ——そこについてはあまり心配していなかったが。


「わかりました、ありがとうございます。


 あと五分程度で構わないので監視の続行をお願いします」


 ケアリックの『了解です』との返事を聞きつつ、サラの方を不安げに一瞥する。


「はぁ、はぁ、わ、私は、大丈夫ですうううう⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯本当に大丈夫ですか?」


「はぁ、はいいっ⋯⋯」


「わかりました。⋯⋯無理はなさらぬように」


 そろそろ限界を迎えそうな——いや既に無理そうなサラを横目に、あと二、三分で一度休憩を入れた方がいいかと頭の中でプランを弄り始めていた。





 だが、そんなプランはあっさりと崩れた。


「なんだこれ⋯⋯」


 目の前には、毒々しいまでの濃い紫をした瘴気が充満している。


 まだ瘴気の充満していないこちら側に立っているだけでも、腐ったような不快な異臭を感じる。


 試しに少しだけ顔を突っ込んでみると、数秒もしないうちに意識が飛びそうになった。


「これは⋯⋯⋯⋯」


 何の対策もせずにこのまま直行すれば、通り抜けた先はミロニカではなくかもしれない。


 つまるところ、現状では詰みだ。


 ——いや待てよ。それほどの瘴気が存在しながら、どうしてここが街道として成立していたんだ?


「ケアリックさん?」


「なんでしょう?」


コレ瘴気は、前来たときもこんなでしたか?」


「いや、そんなはずは⋯⋯」


 そう言うと、ポケットから取り出した百ページ近いメモ帳をパラパラと捲り、再び頷く。


「やっぱり前に来た時はここまで酷くありませんでしたね」


「ここまで⋯⋯ということは、ということですか?」


「ええ。前回の斥候で退避場所の調査のためにここら辺を歩いたときは別にここまで酷くはなかったのですが⋯⋯」


「なるほど。とすると、ここまで酷くなったのはつい最近ということですか?」


「ええ、恐らくは」


「⋯⋯なるほど」


 改めて地図を見返しても、この辺りには一切の注意情報が出ていない。


 ここまで酷くなったのは、本当にごく最近なのだろう。


 と、ここまで地図全体をざっと眺めていて、気がついた。


「ケアリックさん、毒草原」


「これって——」


 地図上で赤斜線で示された部分を見て、ケアリックら二人とも絶句する。


「それって、ずっと西じゃないですか!」


「ええ。おそらくはドラゴンの尾のあたりでしょう。


 ですが、今考えられる可能性はこれしかなくてですね。


 この地域の毒草について、何かご存知のことはありませんか?」


「え、ええ。確か痺れ百合パラライズ・リリーの群生地です。


 確か現地の薬草協会が管理していたような——そうか、このドラゴンのせいで」


 ——誰も管理ができなくなり、毒草原から生息地を拡大した。


 考えたくもないが、今の時点では最もあり得る話だ。


「わかりました。情報が少ない現時点では、瘴気の原因は痺れ百合パラライズ・リリーであると仮定して行動することにしましょう」


 しかし原因がわかったところで、取れる行動はそう多くない。


 ——迂回するか、突っ切るか。


 仮に迂回するとしたら、どこまで東に迂回するか。


 待って瘴気が晴れるのなら待つのも一手だが、仮に痺れ百合が繁殖している真っ最中なら待てば待つほど状況は酷くなるだろう。


 ただ、どちらにせよ時間の問題も考えなくてはならない。


 こうしている間にも依頼のタイムリミットは刻々と迫っている——。


「あ、あの、痺れ百合ですよね?なら確か解毒薬があるはずです」


「解毒薬、ですか?」


 思いもよらないところから湧いて出た解決策に、目を丸くする。


「は、はい。解毒薬というか、むしろ症状を抑えるような薬ですが。


 ポーションと一緒に飲めば、少なくとも苦しさは軽減できるはずです」


「ふむ、なるほど。それでその解毒薬というのは、誰が持っているんです?」


「ええと確か、出発直前に慌てて入れたはずだから——、多分カイネさんの荷物の中です」


「「⋯⋯⋯⋯」」


 カイネの荷物の中、つまり今ここでカイネを呼び戻さなくてはならない。


 改めて木の隙間から見上げると、赤色の巨体が見える。


 つまるところ何が言いたいかというと、残念ながら十分にドラゴンの射程圏内だ。


 殺そうと思えば火の槍は飛んでくるし、しくじればこんがりと焼け焦げた死体三つの出来上がり、なんてことにもなりかねない。


 当初の計画だった、サラの安全圏への待避は放棄せざるを得ない。


「わかりました、カイネを撤退させましょう。少々計画はズレますが、仕方ありません。


 ではケアリックさん、今からサラさんの護衛をお願いします。


 可能なら全方向に【魔導障壁】を展開してください。


 もし危険と判断された場合は勝手に移動していただいて構いません。


 後で通信魔法を頼りに合流しましょう。——よろしいですか?」


「わかりました、従いましょう。ですが貴方はどうされるのです?」


「アイツを狙撃します吹っ飛ばします


「「⋯⋯え?」」


 どういうこと?と完全に疑問符状態の二人を横目に【マジックバッグ】に手を突っ込む。


 そして、無限収納の鞄の中から鳥の骸骨の刺繍の入った紫色の布製の袋を見つけて、引っ張り出した。


「⋯⋯ふう」


 そして引っ張り出した、自分の身長ほどもある紫の物体を地面に下ろす。


 袋の上端の紐を解くと、中から現れるのはこの世界でも珍しい「狙撃銃」だ。


 弾速と精度を両立するために幾重にも魔導回路の焼き込まれた銃身を隠すかの如く覆われた木製のフレームには、これまでの長い旅を共にしてきたことを象徴するかのように酷く黒ずんでいる。


 銃床ストックには、銃全体の魔力を増幅・制御するために一際大きな赤い魔法石が埋め込まれている。


 比較対象を挙げるならば、魔導式拳銃にも同様の理由からグリップに魔法石が埋め込まれているのだが、それのおよそ八つ分に相当する大きさである。


 さらに特徴的なことといえば、照準器サイトの部分にスコープが、それも二つ付いている。


 銃を構えた側から見て十二時方向に近距離用、九時方向に遠距離用のスコープがついており、銃身の周りを回転させることで内部の回路も切り替わる仕組みになっている。


「⋯⋯凄い銃ですね、初めてみました」


「『赤眼の巨人ジャイアント・オブ・レッドアイ』、試作銃ですので」


 自身を【身体強化ブースト】すると、頑丈そうな木を見繕い飛び乗る。


 本来ならもう少し歩いたところの高台から狙うつもりだったが、背に腹は変えられない。


 銃を肩に下げたまま太い枝を駆け上がり、銃の反動を受けても折れない限りで最も高くまで登り切る。


 枝に跨るように腰掛けると、スコープを右回りに倒した。


 銃を構え、魔力を流すと銃全体の魔導回路が赤く輝き始める。


 そして、まるで生き物が鼓動を刻むかのように点滅し始めた。


 スコープを覗き込む。狙いは鱗で覆われていない左目だ。


「⋯⋯⋯⋯ふーっ」


 そして、引き金を引いた。


 ダァアアアアアアン。


 鼓膜をぶち破るような、心地よい轟音が響く。


 スコープ越しに、標的の左目から血が噴き出すのが見える。そこから一歩、二歩とよろけて、そして


 そして僕の方を向いて、口を開けた。


「——ブレス!」


 ケアリックの叫び声で我に帰り、枝から滑り落ちるようにして地面に飛び降りる。


 かなりの高さだったものの、【身体強化】のおかげか身体は無事だった。


 銃をショルダーバッグに放り込むと、敵の死角に入るようにと一目散に逃げる。


 ふとドラゴンの方を見ると、口に溜められた魔力を一気に解放しようとしているところだった。


「グゥァアアアアアアアアア!」


 放った炎により、樹木が一直線にに焼き払われる。一瞬だった。


 すぐ後ろが燃えているせいか、熱い。まるで太陽が地面に落ちたかのようだ。


 ついでに言えば、ケアリックらとも逸れてしまった。


 僕より先に気付いていたから逃げる時間はあっただろうが、無事だろうか。


 ——いや、今はそこではない。


 雑念を頭から振り払う。ここでは一瞬の迷いが命取りだ。


 カイネが戻るまでの間、時間を稼いで持ち堪えなければいけない。


 幸い敵は僕らを見失って周囲を見回している。


 前回の発砲音を頼りに、ズシン、ズシンとこちらの方に向かってきているものの、到達までには時間がかかるだろう。


 それに、偵察通りまだ羽が治っていないらしく飛ぶこともできないようだ。


 なら、まだ勝機はある。


 地面にあぐらで座り、銃を構え直す。


 長距離用のスコープでドラゴンの口を補足しながら再びブレスを吐くのをじっと待つ。


 狙うは、ブレス前の溜め動作で作られる魔力球のコアだ。

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ワタリドリ 〜『最強』と謳われた運び屋は、今日も新たなる大地を旅する。〜 ゆーの @yu_no

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