5話 「いざ、ミロニカ公国へ」
サラの工房でポーションを積んでからギルド会館に立ち寄る。
すると、アメジスト色の宝玉のついた杖を持ち、濃紺のローブに身を包んだ誠実そうな男が僕のことを待っていた。
「もしかして、アルザ様ですか?」
「はい。えーと、待たせてしまっていましたか?」
「いえいえそんな、滅相もない。えーと私、ギルド所属のケアリックと申します。
⋯⋯それよりお付きの方は?」
「カイネたちのことですか? 彼女なら、まだサラさんの工房です。
もうそろそろサラさんを連れて来るとおもうのですが⋯⋯」
「もしかして、
ケアリックの指差す方を見ると、サラの手を握りながら爆走するカイネと、衆人環視の中でカイネに引きずられるように走るサラの姿が見えた。
「うぎゃああああああああ止めてええええええええええ」
「⋯⋯なかなか賑やかなお連れですね」
叫び声のする方から目を逸らして、ケアリックがつぶやいた。
「カイネには、あとて言って聞かせます」
「⋯⋯中々ご苦労が多いようで」
「いえいえ、お互い様ですよ。⋯⋯お、来た」
「ぜえ、ぜえ、ぜえ、はあああああ、ひーーーー死ぬかと思った」
「お疲れ様です。⋯⋯カイネ、旅の前にお客様を疲れさせてはだめじゃないか」
「でも、間に合ったでしょ」
「⋯⋯ケアリックさん、時間は?」
「ちょうど8時、お約束の時間です」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「あの⋯⋯その、確かに想定外に積み込みに時間がかかってしまったのはありましたけど、その、ここまでしなくても⋯⋯」
ようやっと息を整えたサラがもっともな苦言をこぼす。
多分、この場にいる全員が同じことを考えているのだろうが、今は距離を稼ぐためにも早めに出発することを考えたほうがいいだろう。
「それでは頼んでいた速達便を受け取ったら出発しましょう。
関所の開門は三十分後でしたよね?」
「ええ、間違いなく。それと確認なのですが、私は本当に戦闘側に加わらなくて大丈夫なのですよね?」
「ええ。⋯⋯不安ですか?」
「いえ、その。貴方がたを疑っているわけではないのですが、その⋯⋯」
「いえ、確かにごもっともです」
「⋯⋯そ、そうですか」
確かに見ず知らずの相手と戦闘に臨むというのは、相応の経験者であっても骨がおれるものであろう。
ましてや、今回のような大物相手であれば尚更である。
それなら、お互いの戦力を把握するためにもどこかで軽い訓練のようなものを経験しておいた方が後々プランを立てる上で役立つかもしれない。
「それなら、街を出て少ししたあたりで手頃な魔物の群れを狩ることとしましょう。
カイネ、やれそう?」
「うん、問題なーし」
ぐー、と親指を突き立ててみせる。
「⋯⋯というわけですが、いかがでしょう?」
「ええ、まあ、こちらとしても願ったり叶ったりなのですが⋯⋯」
そう言うとケアリックは不安そうにサラの方を向く。
戦闘能力を持たないなりに、彼も彼女に少しでも思うところがあるのかもしれないと、ふと思った。
「え、わ、私ですか? その⋯⋯皆さんが一番いいと思うやり方でお願いできればなー、と。
ほら、私、今回はかなりわがまま言ってしまっているので」
「⋯⋯わかりました。では、無理なさらないように。
少なくとも標的と接触するまでは自由はききますので、辛いと思ったら適宜休憩を取りましょう。
では、出発しましょうか」
*
「おそらく、ここら辺だと思うのですが」
国をたってから三、四時間くらい歩いたところだろうか。
予定の街道から少し外れた森の中にて、ケアリックが地図片手につぶやく。
「おかしいですね、普段なら足を踏み入れただけで襲ってくるはずなのですが」
「⋯⋯カイネ、何か感じるかい?」
「なにも。⋯⋯アルザは?」
「同じく。ところでこの辺にいるのは何なんです?」
「ん、ああゴブリンですよ。ちょうどこの辺りが初心者向けの狩場となっているんです。
最初アルザさんの話を聞いた際に、ここだったらちょうどいいと思ってたんですが⋯⋯」
「アルザ、上」
「⋯⋯⋯⋯ッ!」
カイネの声に反応してすぐに銃を直上に構える。
黒い影を視界に収めた瞬間、すぐさま引き金を引いた。
「⋯⋯吸血コウモリか、厄介だ」
胴体が撃ち抜かれて地面に墜落したコウモリを見つつ、吐き捨てるように言った。
「⋯⋯アルザ」
「ああ、囲まれてるな」
腰に下げたホルスターからもう一つの銃を引き抜く。
すなわち、二丁拳銃状態だ。
「想定とは違いますが、戦闘準備を」
前方から黒い影が五、六ほど飛び込んでくる。
「カイネ!」
「⋯⋯わかってる」
カイネは上着の隙間に手を突っ込むと、ナイフ数本をまとめて投げつける。
それらが命中するのを見る前に、カイネは大きく前に踏み出した——瞬間。
「——消えた?!」
状況を見守っていたケアリックが呟いた。
「大丈夫です。カイネなら、多分敵の本隊に向けて飛び込んだだけですから」
「それって⋯⋯本当に大丈夫なんですかね」
「つまらない心配をしていても始まりません。⋯⋯行きますよ」
「「はい!」」
カイネの後を追うように僕ら一行は走り始める。
振り返ってみたところ、サラも僕らのペースについてこれているようだった。
「ケアリックさん、吸血コウモリってこの地帯に生息しているものですか?
感覚としてゴブリンとコウモリの生息区域が一致するというのはかなり不自然ですが」
「それって、どういうことです?」
サラが不思議そうに質問する。おそらく魔獣は種類問わず共存しているとか考えているのだろうか。
「基本的にその二種は共存不可なんですよ。
吸血コウモリというのはヒト族の血液を吸って栄養を得ています。
そしてここからはあまり知られていないのですが、吸血コウモリの習性として、
つまり、それが捕食可能か不可能かに問わず、コウモリはゴブリンを襲います。
ゴブリン側も抵抗するため、両者の生息地が重なることは稀となるわけです。
というわけですが、この区域だと違ったりしますか?」
「いえ、吸血コウモリに関して言えば、確かもっと深くに生息しているはずなんですが⋯⋯なるほどそうかわかった、そういうことか!」
「⋯⋯⋯⋯?」
「いえ、これは推測なんですが、おそらくドラゴンのせいで生態系がおかしくなっているのではないかと。
つまり、ヤツのいる場所を中心に魔獣の生息地が押し出され、ズレが生じ始めているのだと。
だとすれば、現在のゴブリンの生息地はもう少し南でしょう。
どうします?引き返しますか?」
「いえ、このままでいきましょう。引き返すよりかは先に討伐してしまう方が早いかと——ッ」
——パシュン。
アルザの顔面すれすれを、毒矢が過ぎ去った。
「——くそッ!」
振り向き側に大きく体を逸らし、即座に応射した。
「アルザさん、後ろ!」
「——大丈夫です、見えてます」
頭の上から右手の銃を真後ろへ向けて即座に発砲。
左の銃を残しつつ振り返ると、背後から襲ってきた主は撃ち落とされていた。
「⋯⋯お見事です」
「いえ、そんな大したことでは——ってコイツは⋯⋯」
「キングビートル、ハチの魔獣です。本来この地帯にはいないはずなのですが⋯⋯」
「⋯⋯なるほど、確かに変なことがおこっているようですね。
急ぎましょう、カイネの負担を減らしてあげないと」
そう言って三人は駆け出した。
*
「「⋯⋯⋯⋯」」
先を走っていたカイネに追いついたとき、既に戦闘は終わっていた。
ざっと見渡すと、彼女を中心にして十数もの飛行系魔獣の死骸が広がっている。
「ごめんねカイネ、少し遅かった?」
「ん、いま終わったとこ」
トドメとばかりに、辛うじて息のあったコウモリにナイフを突き立てながら答える。
その様子を唖然とした様子でサラは見つめていた。
「強いんですね、カイネちゃんって」
「⋯⋯ぶい」
カイネはピースサインで嬉しそうにドヤ顔する。
「⋯⋯アルザ?」
「夕食のことかい?」
「ん、持って行ってもいい?」
「んー、そうだね、ナイフ回収ついでなら」
「ほーい、りょうかい」
カイネはよしっ、と頷くとそのまま森の中へ入っていった。
「えーと、なんの話をしてたんです?」
話の流れを掴めなくなったケアリックがすまなそうに質問する。
どうやら話についていけなくなったのはケアリックだけではなかったらしく、サラもケアリックの質問に同意するような素振りを見せた。
「ん、えーと夕食の食材の話です。この調子なら新鮮な肉が食べれそうですね」
「それは⋯⋯」
「はい、魔獣のお肉です」
「ひぎゃああああああああああ?!」
*
そこから二、三時間程度歩くと、開けた河川敷に出る。
そのまま川を伝って西へ、ミロニカへ通じる街道へと戻るように進んでいたところで日が沈み始めてしまったため、安全をとって野宿をすることにした。
設営と夕食作りを済ませて一息ついたころには、既に日も落ちて辺りは真っ暗になっていた。
「⋯⋯どうです、お口に合いましたか?」
「う、うん、おいしい、うん⋯⋯⋯⋯」
サラが鳥型の魔獣を唐揚げにしたものを、恐るおそる口にしながら答える。
どうやら彼女は、先の戦闘で倒したキングビートルを食べさせられると思い少し身構えてしまっていたようだ。
実際、可食部だけをうまく調理してしまえば食べれないこともないのだが、あまりの見た目から忌避感が大きくなってしまい、実際僕も好きこのんで食べたいかと聞かれると——はっきり言ってノーだ。
ちなみにカイネはああ見えても雑食なため、かつて宿で出されたときは美味しそうに食べていた。
なお、本日狩った獲物のうち吸血コウモリについては病に侵される危険があることから手をつけてはない。
——念のため。
「しかしまあ、お二人は強いですね。突然、想定にない魔獣に襲われた際はさすがに肝が冷えましたよ。
特に⋯⋯その、カイネさんは規格外に強いですね。
長いことギルド職員をやってきましたが、あの歳でそこまでの対応能力を持つ子はそうそういませんよ」
「はは、そうですね。実際、僕よりもずっと強いんじゃないですかね?」
「⋯⋯ちがう。アルザは弱くない」
カイネは、頭を脇腹にぐりぐりと擦り付けてくる。
「だって、わたしはアルザがいるから強いんだもん」
「⋯⋯そっか」
ありがとう、と髪をそっと撫でてあげると、カイネは気持ちよさそうに体をよじる。
「アルザ」
「なんだい?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯すぅ」
「寝ちゃったか」
膝の上で気持ちよさそうに眠るカイネを起こさないように、そっと毛布をかける。
「寝顔は随分とかわいいもんですね。当たり前かもしれませんが」
「ええ、それはもう」
「まるで——、普通の女の子みたい」
「普通の、ですか」
「⋯⋯なにかお気に触るようなことが?」
「いえ、特には」
普通の女の子なら、もっと幸せに暮らせていたのだろうか。
——いや、それだけは考えてはいけない。
よくない考えを振り払うため、紅茶を一杯飲み干した。
*
「それで結局、作戦についてですが、当初のプラン通りでいこうと思います」
それからしばらく経ち、サラもカイネにつられるようにして眠りについた。
旅慣れしていない人であることを加味すれば、彼女は随分遅くまで起きていられた方だと思う。
「とすると、あのカイネさんに負担をかけてしまう方法ですか」
「ええ、少なくともそれが最善かと。——お茶いります?」
「いえ、眠れなくなってしまうので。——何事もなく済めばいいのですが」
「ええ、同感です」
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