4話 「冷めた紅茶と交渉と」

「んじゃ、終わったことだし私も帰るとするかーー」


 緑髪のギルド職員が、気怠げに伸びをする。


 だが、まだ僕は彼女に用件が残っていた。


「⋯⋯いえ、もう少しだけ話があります」


「というと?」


「ちょっとした交渉です」


 そう言うと、ティーカップを手に取る。


 まだ一口も手をつけていなかった紅茶は、すっかりと冷めきってしまっていた。


 カツ、カツ、と机を爪で叩きながら、職員の方は少し考え込む。


「とりあえず、話を聞くかね。


 面倒じゃなかったら、一応上の人にも伝えておくからさー」


「ありがとうございます。


 ではまず、ミロニカまでの速達便を、可能な限りで【ワタリドリ】に振り分けてください」


「んーー、そんくらいなら余裕だけど。どうして?」


「これだけハードな旅だと、事前準備で金が飛んでしまうんですよ」


「ほうほう、つまり資金調達をしたい、と」


「ええ、お願いできますか?」


「りょーかい。明日までに準備しとくよ」


 ギルド職員の方は、書き途中の書類の隅にメモを書き足す。


 どうやら資金面については大丈夫そうだ。


 ——これで一つ目。


 次のは、恐らく一番の難題だ。


「それともう一つ」


 これが通るかどうかで、この旅の難易度が大きく変わってしまう。


 だから、なんとしてでも通したい部分だ。


「ギルド職員から一人、同伴をお願いします」


「——ふむ」


 職員の方は天井を仰いで考え込む。


「それは——、人手不足的な意味かい?」


「ええ、恥ずかしながら」


 実は、僕とカイネだけでは戦力として少々心許ない部分があるのだ。


 というのも、カイネも僕も、小型魔獣の群れが一気に襲ってくるような、乱戦を主体とする戦闘の方が得意だからだ。


 カイネが投げナイフで牽制するところを、僕が魔法式拳銃で依頼主を守る。


 隙を作ったら攻勢に転じて道を作り、群れを突破する。


 例外もあるが、これが二人で護衛任務につくときの最適解となる。


 しかし大型魔獣の場合だと話が変わる。


 特にドラゴンのような、超長射程の攻撃が可能な魔獣だと同様の戦術が効かないのである。



 いまのところ考えているプランは、こうだ。


 カイネが牽制に回っている間に僕が依頼主を連れて敵の射程外まで逃げる。


 十分に逃げ切ったら、カイネの撤退を援護する。


 あとは全員で逃げ切れば勝利、と。



 この戦術は、過去に似たような状況があったときに試している。


 そのときはもう少し小さめの魔獣だったが、今回の場合も恐らく通用するだろう。


 ただ、ここでひとつ問題がある。


 カイネが逃げる間の援護は、少なくとも僕が受け持たなければならない。


 その間、護衛対象はフリーとなってしまうのだ。


 それを避けるための人材が欲しい、というのは理由のひとつだ。あとは——


「あと他に、道案内をお願いしたいというのもありますね。


 なんせ、封鎖されてからそこを通った人はかなり限られていますから」


「んー、なるほどねーー。


 それなら斥候の情報をまとめて渡せばよくない? ってなりそうだけど」


「ええ、それが問題なんですよね」


 んー、と珍しく職員の方が真剣に首を捻って考えている。


 もしかして、あんな性格だけど結構根は真面目なんだろうか。


「私としては、そりゃ色々手助けしてあげたい気持ちはあるよ。


 でも、上を説得できないとなんともねー⋯⋯」


「なるほど。では、説得できる理由があればいい、と?」


「ん、そうなるねーー」


 ま、理由考えるのめんどいし。


 そんな感覚なのだろうか。うへへ、と頷いた。


「それじゃあ、こんなのはどうでしょう。


 僕は今回の依頼中に、ドラゴンを無力化するかもしれません」


「ほうほう、それで?」


「少なくとも、万が一にもドラゴンが激昂して周辺の国に被害を及ぼすようなことがあれば、被害を抑えるためにも対応する必要があります。


 まず第一に、僕らがそれをちゃんとやるかの監視です」


「なるほど。他には?」


「もう一つは簡単です。


 ギルド側は、『無力化されたか』を確認したいと考えるはずだからです。


 仮に無力化ないし弱体化することができれば、想定よりも少ない戦力で討伐できるでしょう。


 そうすれば、少なくとも人員確保ないし報酬の面からも、少ない手間と労力で対応できる。


 僕の認識ではそうですが、ここまで合ってますか?」


「ん、そーなるね。まー私はそこまで詳しくないけど」


 うんうん、と職員の方は頷いてみせる。


「しかし、相手はドラゴンです。


 仕留めそこなえば強靭な回復力ですぐに復活してしまうでしょう。


 そこで、正確な情報を見極められるギルド職員が同行する必要が生じるわけです」


「⋯⋯なるほど、一理あると言える」


 ふむふむ、と職員の方はおおげさに頷いてみせた。


「それに、ギルド職員ならミロニカとの中間地点を越したくらいの距離でも通信できるでしょうし」


「⋯⋯つまり?」


 一介の冒険者では知り得ない、ギルド内部の機密情報をチラつかせたためか。


 ギルド職員の方の目が、途端に鋭くなった。


緊急用通信魔法具サテライトのことです。当然、この国にもあるんでしょう?」


「⋯⋯どうしてそれを?」


「昔やっていた仕事で、ちょっとね」


 別にグレーな仕事だったわけではないが、ここでそれを伝える必要もないだろう。


 そう思い昔やっていた仕事の内容はぼかして伝える。


「⋯⋯内緒にしていてよ、私のクビがかかってるわけだから」


 職員の方は、広げていた書類を集めて束にすると、机でトントンと揃えた。


「つまるところ、前回の斥候から一人引き抜いて貸してほしいっていう主張で合ってる?」


「ええ、助かります」


「んー、わかった。頼んでみとく」


「ありがとうございます、お願いします」


「だけど前回の斥候メンバーとなると、いま同行できるのは非戦闘系の人だけだけど、そこは大丈夫?」


「——と言うと?」


「前回で前線に立ってた人はまだ治療中だからねーー。


 少なくともガチガチの戦闘系、みたいな人を割り当てるのは難しいって話」


「なるほど、せめて【魔導障壁シールド】あたりで依頼主をカバーできるレベルの実力があればってとこですけど、用意できます?」


「あ、あーなるほど、そんくらいならいけるかも。りょーかい、覚えた」


「ありがとうございます。最後の最後まで無理を通してもらって」


「いやいや、いーのよそんぐらい。ま、大変な依頼だってことはわかってるし」


「では、僕はこれで。紅茶ごちそうさまでした」


「はいよー、お粗末さま。それじゃあまた明日〜」





「ふーーー、やれやれ」


 ヘトヘトになりながら宿に戻ると、お腹いっぱいになるまで食べたカイネがベットの上で満足そうに横になっていた。


「ただいま、カイネ」


「⋯⋯⋯⋯ん」


 カイネは片手だけを挙げて返事する。


「ご飯はお腹いっぱい食べれた?」


「ん。⋯⋯アルザは?」


「これから。少し休んだら食べに行くよ。


 ところで明日のことなんだけど、ナイフのストックは大丈夫?」


「⋯⋯大丈夫、余裕はまだある」


「わかった。じゃあ明日の買い出しはポーション系に専念すればいっか」


「それも大丈夫。今回は『すぽんじ』がついてるから」


「⋯⋯スポンジ?」


「うん。サラの『親分』が大量に用意してくれるって」


「⋯⋯ああなるほど、『スポンサー』か」


「そうそれ」


 となると、明日は一回依頼者の家あたりに寄ってポーション類を受け取った方がいいだろうか。


 しかし冒険者が一回の旅で準備するポーションの量がバカにならないのは有名な話である。


 それを確保できるとなると、依頼主サラは相当量のものを在庫できるだけの生産力がある工房あたりの出身ってところだろう。


 それなら明日は朝早めに立ち寄って回収する必要がありそうだ。


「それで、ドラゴンを倒すの?」


「ん、いや。倒す必要がなければ、今のところは放置でいこうかと」


「⋯⋯そ。つまn⋯⋯楽でいいね」


「今一瞬、つまんないって言いかけた?」


「⋯⋯別に」


「まあいいや、聞かなかったことにしよう。


 それじゃあ、夕食を済ませてくるよ。


 眠かったら寝てていいから」


「⋯⋯ん、いってら」


 そう言うとカイネは小さな手をゆらゆらと揺らし、大きく欠伸をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る