第50話 転換しゆく運命

すっかり陽は傾いて、山裾を赤く照らしていた。キッシュが満足げに煙草の煙を燻らしている。

心地よい沈黙が流れるなか

「そう言えば、もうひとつ良い報告があります。数日前に、カーチス家の叔母から電話があったんです」

と、メリルが語り始めた。

内容はこうだ。

親戚とはいえ、日頃行き来のないロンド家の叔父が、珍しくカーチス家にやってきて、こう言ったそうだ。

「私も随分と年をとった。いつ何があってもおかしくはない。すると、思い出したんだ。こんなに近くに住んでいながら、お前さんたちと、お茶を淹れてゆっくりと語り合うこともなかったってことをね」

と。

その叔父の言葉に、叔母は内心驚いたが、無下に追い返す訳にもいかず、

「せっかく来てくださったのに、玄関先では何ですから、どうぞお上がりになって。今、お茶を淹れますから」

とすすめた。

すると、叔父は

「いや、いいんですよ。それだけを伝えたくて」

と言って、すごすごと帰っていった。

カーチスの叔母は、暫くその後ろ姿を見送りながら、狐に摘ままれたような妙な気分になった。

「でも、叔母が言ってました。あのロンド家の叔父の小さくなった後ろ姿を見たら、もうどうでも良くなったわって。お互いに歳なんだし、いがみ合うのも疲れたわって」

そして、メリルはもうすっかり冷めてしまったホットグラスを大事そうに手の平で包みながら、続けた。

それから、叔母はこう言ったのだ。

最近は、ロイの声が聞こえるような気がするのだと。その声は“みんな、仲良くしろよ”って言っているような気がするのだと。ロイド家とカーチス家が親族の絆を取り戻さなきゃ、と言ったメリルの気持ちが、今になってわかってきたわ、と。

「ようやく、私も変わらなくちゃね、って思い始めたのよ。今からでも間に合うかしら、って叔母が言っていました」

と、メリルが言った。

「まるで天と地がひっくり返ったくらいの変わりようね。凄いわね」

と、私が言った。

「もう、驚きです。エイドといい、叔父さんや叔母さんまで。まるで、運命が変わりつつあるかのようです」

と、ジョージが興奮気味に言った。

「この家族の団結を見て、さぞジミーも安心していることだろうね」

と、ローリーが言った。

すると、マリアが

「それにしても、ジミーがどうして生首で現れたのかは、とうとう分からずじまいね」

と言った。

「そうね。“首”の意味するところを色々調べてみたけれど…」

と、私は口ごもった。

「僕も“首”がつく言葉を集めてみたのですが、そこから見えてきたのは、そもそも“首”とは生命線を維持するために最重要であるということです。例えば、会社を首になる、とか、危機一髪で首が繋がった、とか…」

と、ジョージが言った。

「戦国時代では、大将の首を捕られることは、負けを意味したんだよね」

と、ローリーが言った。

「そうなのよ、…首が落ちたら、最後ってことなのよね」

と、私が言った。

「それは、“終わり”を意味する、ってことなんですね」

と、メリルが言った。

「やっぱり、急げってジミーは言っていたんじゃない?もう後がないぞって」

と、マリアが言った。

「そうね、そうとしか考えられないわね。でも、どちらにしても、生首のジミーが去ったってことは、首は繋がったってことなんじゃない」

と、私が言った。

「はい、私もそう思います。こうして、私たちが長男たちのことを覚えているってことが大切なんだと思います」

と、メリルが言った。

「家族の団結が、業でさえ転換しゆくってことを長男たちが教えに来てくれたんだよ」

と、キッシュが言った。

みんなは、あらためて長男たちを眺めた。ハリスも、ロイも、ジミーも、トムも、木製フレームの中に、仲良くすっきりと納まっていた。


              ― 完 ―

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

虹いろ探偵団 中川 妙 @snowsonson

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ