第20話 愛しき星の紅玉三

 学校のあちこちで順番にこっそりと見守るだけでなく、中心街での様子も、ルビースターお姉さまを見かけたメンバーから、情報が共有される。



 神殿のバザーでルビースターお姉さまの刺繍が提供されているのも、メンバーが聞き込んできた。


「お姉さまの刺繍はどれかしら。全部買っちゃう?」

 使う用、保存用、布教用は基本だ。どれがお姉様のか判断がつかないから、できるだけいっばい買うべきだろうか。


 わたしの言葉に、サリーがストップをかけた。

「だめよ。グロリアーナお姉さまが、他の方のご迷惑にならない範囲でっておっしゃっていたでしょう」

「次のわたしたちの順番はしばらくあとになりますから、今日ここでお姉さまのハンカチ、当てますわよ」

 レジアーナは、ぎらぎらした目で刺繍のハンカチを選んでいた。


 星の紅玉を愛でる会のメンバーがみんなバザーに押しかけるのはよくない。そこで、少人数で組んで、日付と時間をずらして行くようにしていた。


 けっしてルビースターお姉さまのご迷惑になってはならない。

 それが星の紅玉を愛でる会の決まり事だ。みんなそれをよく守った。



 女学校で楽しく推し活にいそしんでいる間に、あっという間にルビースターお姉さまの卒業になった。



 * * *



 在校生主催の卒業を祝う会では、在校生は、卒業生のわがままをある程度きくのが伝統だそうだ。


 卒業した先輩たちは、学園最後の思い出に、ルビースターお姉さまとダンスを踊ってもらっていた。下級生を練習台に必死で男性パートを覚えていた。



 わたしたちはどうしようか。

 卒業するのは、ルビースターお姉さま。わたしたちは送る立場。

 ルビースターお姉さまに希望をきいても、きっとわがままは言ってくれない。


 わたしたちが、卒業生のルビースターお姉さまにわがままを言ってもいいだろうか。

 学校一かっこいいベアトリスさまはともかく、普通の下級生が男性パートを踊るのはなんとなく違う気がする。


 わたしたちとルビースターお姉さまの学校生活は、これで終わり。その記念になるもの……。




 私たちは星の紅玉を愛でる会のメンバーで相談して、卒業を祝う会でルビースターお姉さまに握手をねだった。


 対面でのファンサービスといったら、握手が定番でしょう。もう手は洗わないと言うまでがお約束だ。

 きっとこれなら、ルビースターお姉さまの負担にもならない。




「あの、あの、ルビースターお姉さま。

 わたしたち、あの、星の紅玉を愛でる会のメンバーで……」

 みんなでルビースターお姉さまの前に出て、わたしが声をかけた。けど、声がどんどんと小さくなってしまう。


「ルビースターさまのファンの子たちよ。話を聞いてあげたら?」

 ヴィオラさまが、わたしたちをとりなしてくれた。


「よくわからないけれども、ありがとう。

 何か、わたしにして欲しいことがあるのかしら」


 ああ、ルビースターお姉さまが、尊い。

 わたしたちに希望を聞いてくれるなんて。天使!


 わたしたちは、ルビースターお姉さまの前で、身悶えて、崩れそうになった。恥ずかしい。



 わたしはお腹に力を入れて、みんなで決めたことをお姉さまに伝えた。

「あの、あの、同じ女学校に通った記念に、ぜひ、お姉さまに握手をしてもらえたら……」

「いいわよ」

 ルビースターお姉さまは、にっこりと笑った。

 ああ、尊い。


「あなた、名前は?」

 ヴィオラさまが、声をかけてくださったので、名乗ることができた。

「ジャネットです」

 推しに伝えるのは下の名前! が、わたしの常識だった。


「ジャネットさま」

 天使にわたしの名前を呼んでもらった。

 わたしはもう、空高く舞い上がった気分だった。引き寄せられるように、ルビースターお姉さまのすぐ近くまで寄った。


 そのときにマーシアさまがルビースターお姉さまに声をかけてくれた。

「ルビースターさま、そこはハグよ」

 ルビースターお姉さまはそのまま腕を広げた。


 わたしの体が、そのままルビースターお姉さまの腕の中に収まった。背中にお姉さまの手が回された。


 やわらかい。

 いいにおい。

 顔にかかるお姉さまの髪がふわふわ。

 気持ちいい。


 私の頭の中は、そんなもので埋まってしまった。


「きゃぁぁぁぁぁ」

 近くから黄色い声が聞こえた。


「ありがとう」

 そう言ってルビースターお姉さまが背中に回した手が離れていき、腕が広がった。わたしはそのまま、後ろに下がった。顔も体も、とてつもなく熱い。


 サリーも、わたしのあとにハグされていたようだ。

 わたしは雲の上を歩いているみたいで、まったく現実味がなかった。



 ハグよ、ハグ。

 ルビースターお姉さまが抱きしめてくださったのよ。

 もう、一生体を洗わない。


 それに名前呼び!

 あの鈴のような軽やかなお声で「ジャネットさま」って。


 あぁぁぁぁ。もう、このまま終わってもいい。



 わたしたち星の紅玉を愛でる会は、全員ルビースターお姉さまに名前を呼ばれハグをされ、夢見心地でお姉様たちから離れた。


 わたしたちにとって、一生の記念になった。



 * * *



 わたしたちがルビースターお姉さまとまたお会いできるのは、わたしたちの成人の夜会以降。

 それまでは、すでに成人なさったお姉さまたちからの情報を集めて、新聞を発行していこう。



 女学校では、何学年かに一人か二人スターが生まれる。

 わたしたちの世代は、男性よりもかっこいいベアトリスさまと、かわいらしくて見るだけで癒されるルビースターお姉さまだった。



 社交界には、女学校の同窓生がいっぱいいる。というか、一大勢力らしい。


 女学校は王国を支える貴族の絆を深めるための学校。

 魔法学校や騎士学校のように特殊な技能を磨く予定のない公爵や侯爵、伯爵の令嬢は、女学校に入り親交を深める。

 社交界をまとめ引っ張っていくのは、そのような女性たちだ。


 ルビースターお姉さまは、社交界でまた目立つ存在になるだろう。絶対そうなる。だって天使なんだもの。



 一年後には、わたしもサリーもレジアーナも成人。社交界にデビューするわ。

 今度は、三人で社交界にできた星の紅玉を愛でる会のメンバーに向けて新聞を発行するのも面白いかも。


 何より、またルビースターお姉さまにお会いできるのが、楽しみで待ち遠しい。


 それまでは星の紅玉を愛でる会で、いかにルビースターお姉さまがかわいかったかを語りましょう。



 ~ 番外編 愛しき星の紅玉 おわり ~


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僕の紅鳥、一緒に飛ぼう~勘違い少女は氷の少年に愛を注がれる 銀青猫 @ametista

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