第19話 愛しき星の紅玉二
サリーは、昼休みに会ったいとこのエスターさまとは、家族と一緒にたまに顔を合わせる仲らしい。
わたしがルビースターお姉さまの名前を知ったときは、わざわざ問い合わせてくれたとか。
サロンでわたしたちは何を言われるのだろう。
自分たちの居場所をとったと叱られるのだろうか。
そして、リリーホワイトさまとエスターさまは、もともとあそこで何をしていたのだろう。昼の様子だと、わたしやサリーと同じように、ルビースターお姉さまを愛でていたとしか考えられないのだけれど。
わたしたちは、頭の中をぐるぐるさせながら、呼び出されたサロンに向かった。
リリーホワイトさまが借りたサロンは、日当たりがよく、窓からの景色も綺麗だった。頼めば給仕もしてくれるらしく、わたしとサリーが到着したときには、四人の人がお茶を飲んでいた。
「お待たせしました」
わたしとサリーはできるだけ小さくなって入っていった。
「来てくれて、ありがとう。こちらへ」
わたしたちは、空いている三人がけのソファを案内された。
全員席についてわたしとサリーにもお茶が配られたところで、リリーホワイトさまが紹介をしてくれた。
「昼にも挨拶しましたが、わたくしは四年生のパトリシア・リリーホワイトです。
こちらが同じく四年生のエスター・ヘイデン。あなたのいとこね」
最後のセリフは、サリーに向かっていた。
紹介されていないあと二人のうちの一人が、挨拶を引き継いだ。
「わたくしは三年生のグロリアーナ・キャナダイン、こちらはシンディ・バロウズです」
「一年のジャネット・アシュビーです。よろしくお願いします」
「同じく一年のサリー・ナイトレイです。よろしくお願いします」
わたしたちは、ソファから立ち上がって挨拶をした。
「ジャネットさま、サリーさま、よろしく。わたくしたちも名前で呼んでくださると嬉しいわ」
親しみが込められた、リリーホワイトさま改めパトリシアさまのお言葉だった。
もしかして、叱られるのではないのかしら。
パトリシアさまから出たのは、思いがけない話だった。
「わたくしたち、昨年ルビースターさまが入学なさったときから、こっそり見守っているのです。
ルビースターさまを好きな方々と連絡をとりあって、ルビースターさまのお邪魔にならないように、みんなで相談しながら」
エスターさまが、言葉を継いだ。
「昨年の入学のときに、何人もの方がルビースターさまの魅力にあてられて。
最初はみんながルビースターさまのお側にいようとしていたのですけれど、それだとルビースターさまのお邪魔になると気づいたのです。
それで相談して、順番にお側で見守るようになったのですわ」
これは! ファンクラブ。
オタクの血が騒ぐ!
わたしのテンションが急に上がった。
「それで、サリーとジャネットさまも、同好の士だと思って、声をかけたのです」
いかがですか、と、エスターさまはわたしとサリーを真っ直ぐに見つめた。
「はい! ルビースターお姉さまは、わたしの天使です!」
堂々と宣言しても、この人たちならきっとわかってくれる。わたしはそう信じた。
「天使! そうですよね。ルビースターさまはまさしく天使ですわ」
「わたしはふわふわな子猫のイメージです」
シンディさまとグロリアーナさまは、うっとりと話した。
「わたくしたちは仔ウサギだと話していますのよ」
パトリシアさまとエスターさまが、加わった。
少しずつイメージは違っても、好きな人は一緒。
わたしとサリーは、その場でファンクラブに入れてもらった。ファンクラブという言葉はこの世界にはないけれどね。
* * *
お姉さま方と活動している間に、一年の同好の士も少しずつ増えた。
一年生にはベアトリスさまがかっこいいという人たちもいて、ルビースターさまと人気を二分していた。
お二人が仲がよいので、ファンたちも喧嘩せずに仲良くしている。
ルビースターさま好きの人たちが集まって活動していて、名前がないのが不便だと、わたしは考えた。
日本には、ファンクラブという使い勝手のよい言葉があったが、こちらにはない。
そこで、わたしは提案した。
「この活動をしているメンバーに、何か名前をつけませんか」
それはすぐに賛同を得られた。
一緒に活動をするのには、何か呼び名があった方が一体感がでる。
「ルビースターさまだから、
「星の紅玉、とても綺麗でいいですわね。それならば、わたくたちの気持ちを乗せて、星の紅玉を
その場で話をしていた全員が、それに賛成した。
わたしたち、ルビースターお姉さまを見守っていた人たちは、星の紅玉を愛でる会となった。
名前がついたら、ファンクラブの活動をしたくなるじゃない。
そこでわたしは、会報を作ることを考えたの。
みんなで推しの情報を出し合って、それをまとめて、拡散する。非公式ファンクラブの原点よね。
印刷がネックだった。前世の日本のようにパソコンからプリントアウトできるなんて便利なものはない。
子爵家の商売の伝手を使って調べてもらったら、ガリ版印刷があった。
ガリ切り。懐かしいー。
まだ学生の頃は、コピーが高かった。個人的にある程度の数を印刷するのは、ガリ版印刷が主流だった。一枚一枚、手刷りしていくのだ。注意深く刷っても、絶対に手がインクで汚れた。
すぐに道具を取り寄せたら、ほぼ日本と同じものだった。便利な道具って、結局似たような形になるのね。
まず手始めに、両面刷りの新聞もどきを作ることにした。
内容はみんなが興味を示すもの。それでいて、ルビースターお姉さまにとってご迷惑にならないことを考えた。
お姉さまのどんなことを知りたいのか愛でる会でアンケートを取ったので、新聞もどきは好評だった。
四年生が卒業するときには、メンバー全員で、ルビースターお姉さまの好きなところをまとめた小冊子を作った。卒業文集のノリだ。
何枚もガリ切りをして刷るのは、一年生がみんなでやっても大変だった。コピー機が懐かしい。
ホチキスもないので、糸綴じでまとめる。
だれか、コピー機とホチキスを発明してくれないかな。
結局、卒業前の小冊子と、入学してルビースターお姉さまにハマった新一年生に向けての会則の印刷は、ルビースターお姉さまが卒業するまでの恒例になった。
新聞を作るために、みんなでわいわいとルビースターお姉さまのどこが素敵でどこがかわいらしいのか話し合うのは、とっても楽しかった。
一年生のメンバーのレジアーナさまが絵が上手だったので、ルビースターお姉さまの似顔絵を描いてもらった。線画でのイラストの文化はなかったけれど、わたしの下手なイラストでも、レジアーナさまには伝わった。
おかげで、新聞も小冊子も賑やかになり、ルビースターお姉さまによく似たイラストをみんな喜んだ。
レジアーナさまはウェリントン侯爵令嬢で、しかも浅葱色の目がくりくりしていてかわいい。かわいい侯爵令嬢と仲良くなれたら最高というわたしの夢も、叶った。
そして情報をまとめる側にいるから、ルビースターお姉さまの使っている文具情報などもこっそりと入手できた。同じものを用意して邸で使って、おそろい気分も楽しんだ。
これぞ、推し活。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます