番外編
第18話 愛しき星の紅玉一
わたしが天使に会ったのは、女学校の入学式だった。
入学手続きのために向かった受付に、天使がいた。
一目見て虜になった。
めずらしい紅色の髪がふわふわとして、まるで天使を描いた絵画のよう。紫の瞳は邪気がなく、深く輝いている。
頬はちょっと上気して、とてもおかわいらしい。
おっとりとした表情も、無垢だ。
やばい。天使だ。
そばにいるだけで、絶対癒される。
「入学おめでとうございます」
鈴がなるような声でそう言ってわたしの胸に付けてくれた桃色の薔薇は、宝物になった。
プリザーブドフラワーのように、いつまで経っても色褪せないのが嬉しい。
ルビースターさまは二年生だった。ご卒業まで三年ある。
三年間も天使と同じ学舎で過ごせるなんて、なんて幸運なんだろう。
ここからわたしの推し活が始まった。
* * *
わたし、ジャネット。アシュビー子爵家の長女なの。弟が一人。
前世、別の世界で生活していたと気づいたのは、十歳のときだった。
前世のわたしは、地球の日本という国で生活していた。たぶん、子どもを育て、その子たちが独立して、第二の人生を楽しんでいたような気がする。ぼんやりとしか思い浮かばないけれど。
これは、はっきり思い出せる。わたしはオタクだった。二次元にハマって、いろいろと貢いだ。
同人誌を読むだけでなく、自分で書くようになった。書くのは男女限定。だって、かわいい女の子が好きなんだもん。
おかげで、息子の塾代が稼げた。相方はどうしているかな。
もともとSFやファンタジーが好きだったから、別の世界に生まれ変わるなんていう体験もすんなりと受け入れられた。アニメでもいっぱい見たしね。
記憶が戻ってから、子爵家ってちょっとビミョーって思った。だって、小説に出てくるのは、公爵とか侯爵の令嬢が多いじゃない。子爵って、貴族でもえらいって感じじゃないし。
だけど我が家は、領地をもち商売も順調にいっていた。当主は新しもの好きで、すぐに取り入れる。しかも、娘のわたしに甘い。
これ、勝ち組じゃね? って、改めて考えた。
そしてわたしは、十四歳で女学校へ進んだ。
女学校は王国を支える貴族の絆を深めるための学校。子爵や男爵の令嬢は、もっと実利を得る学校に進むことが多い。社交も大事だけど、家を維持していくのも大事!
だけどわたしは、女学校に行きたいと両親にお願いした。
なぜって、侯爵家や伯爵家のお姫さまを見ていたいじゃない。友だちにならなくても、愛でていたいじゃない。
そんなチャンスは、学生の頃だけよ。
お母さまについて行っているお茶会では、子爵家や男爵家、たまーに伯爵家の令息令嬢とお会いできるだけ。
デビューして夜会に参加して、たまたま公爵家や侯爵家の方とご一緒したって、きっとじっと観察することなんてできないわ。
そう、公爵家や伯爵家のお姫さまたちを観察する、知り合えたらラッキー。こんな機会は、女学校にしかないの。
卒業してからの社交は学校の友好関係を引きずるから、これを逃すとお姫さまたちとの接点がなくなる。
かわいい女の子は正義よ。
* * *
わたしの天使はルビースター・アヴィングさまだと、クラスで友だちになったサリーが教えてくれた。いとこが最上級生にいて、聞いてくれたらしい。
髪と目の色と受け付けにいたことを伝えただけでわかるなんて、わたしの天使は人気者なのね。
サリー・ナイトレイ伯爵令嬢。
みかん色のストレートヘアをハーフアップにして、目の色と同じ若葉色のリボンで留めている。
隣り合った席になって、わたしから声をかけた。笑顔がかわいかったから。
サリーもかわいいもの好きで、二人であれがかわいい、これもかわいいと盛り上がった。
もちろん、わたしの天使、ルビースターさまがとってもかわいいというのにも、賛成してくれた。
登下校や昼休み、通りすがりを擬態しつつ、こっそりとルビースターさまの様子を覗き見するのが、わたしたちの楽しみになった。
いつのまにかわたしとサリーは、ルビースターさまのことをルビースターお姉さまと呼んでいた。お姉さまと言えば、二人の間ではルビースターさまのことだった。
ルビースターお姉さまは、いつもお友だちと一緒にいる。
背が高くて鳶色の髪をポニーテールにしているベアトリスさまは、とても頼り甲斐がありかっこいいお姉さまとして、わたしたち一年生に人気だ。
いつもにこにこしているマーシアさまは、ルビースターお姉さまと一緒によくヴィオラさまに突っ込まれている。
前世風に言えば、ボケ二人にツッコミ二人。
わたしたちのルビースターお姉さまは、当然ボケ担当。だって癒し系の天使ですもの。
今日も早めにランチを終わらせた。二年生の教室に向かうルビースターお姉さまたちを待ち伏せするために、わたしとサリーは廊下が見える中庭の植木の影に身を潜ませた。
「そろそろ帰っていらっしゃるかしら」
いつもより廊下に近くて影になった場所を見つけたので、そこでサリーとのんびりと待っていると、わたしの肩を誰かがトントンと叩いた。
どきどきしながらゆっくりと振り返ったら、
サリーも、わたしと同時に振り返った。もう一人上級生がいる。
「エスターお姉さま」
サリーの小さな声が、もう一人の上級生を呼んだ。サリーと同じみかん色の髪で、雰囲気もよく似ている。
「サリーちゃん、そこはわたしたちの場所よ」
わたしとサリーが慌てて避けたところで、よく知っている声が聞こえた。わたしたちは四人で身を潜めた。
「お借りした本、おもしろかったですわ。特に、プロポーズの場面が」
マーシアさまがうっとりと話すのに、ヴィオラさまが声を被せた。
「まだルビースターさまが読んでないのですから、みんなが読み終わってから感想を言い合いましょう」
「はーい。
ルビースターさま、教室に帰ったらお渡ししますから、早く読んでくださいね」
「わかりましたわ。今日帰ったら読みますね」
わたしたちの目の前を、ルビースターさまとお友だちが楽しげに通っていった。
「もう授業がはじまりますから、あとでお話しましょう。
サロンをわたしの名前で一部屋借りておきます。放課後、いらして。
リリーホワイトです」
「はい! リリーホワイトさま。アシュビーです」
「ナイトレイです」
「それでは後ほど。ごきげんよう」
上級生二人とは、そのまま別れた。
「どうしよう」
サリーと取り合った手は、どちらともなくブルブルと震えていた。
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