第17話 紅鳥とワシは一緒に飛び立つ

 この国では、十八歳の少年少女がすべての学校の卒業式が終わったあとに成人を迎える。

 貴族は社交界デビューを兼ねるため、王室主催の夜会に参加し王に拝謁する。



 王宮に設けられた会場は煌びやかだった。着飾った男女が宝石の輝きを振り撒きながら、あちこちで会話をしている。



 ブラッドは、刺繍をたっぷりと刺した濃い紫のコートに紅色のウエストコート、白いトラウザーズで装っていた。

 そんな彼にエスコートされたルビーは、亜麻色に山吹色のレースを重ねたドレスだ。スカートの裾は、金色の刺繍に彩られ、ポイント的にブラッドと同色の紅色が使われている。

 レースに覆われた胸元には、大きなファイアーオパールが輝いていた。


 見るからにお互いの色をまとった姿だった。


 夜会の前にアーヴィング邸に迎えにきたブラッドは、着飾ったルビーを目にしたとたんに固まり、ブラッドの姿を見たルビーは一瞬で頬を染めた。

「あなたたち、どうしたの? ほら、遅れるわよ」

突っ立ったままの二人は、伯爵夫人に追い出されて、馬車に押し込まれた。


 アーヴィング伯爵夫妻も、プラムローズ侯爵夫妻も、別の馬車で王宮へと向かい、あちらで合流する。

 成人式までは、保護者同伴が伝統だった。


 それから数刻が過ぎても、ブラッドもルビーもお互いを見るたびに、かっこいい、かわいいと見惚れていた。




「拝謁も賜ったし、これで晴れて成人だね。

 君と結婚する日が待ちきれないよ」

 ブラッドの言葉に、ルビーはぽっと顔を赤くした。


 陛下に拝謁したあとは、自由に交流する時間だ。卒業したての若者たちは、それぞれ婚約者や恋人を連れ、友人と集まっていた。


「なになに?

 ブラッドはいよいよ結婚が決まったの?」

 ブラッドの友人のサイラスの叫びに、ブラッドの他の友人がわらわらと集まってきた。その声を聞いて、ルビーの友人も近寄ってくる。


「ルビースターさま、内緒にしていらっしゃったなんて、冷たいですわ」

 ルビーの友人ベアトリスがルビーのほっぺたを突いた。

「先日決まったばかりですから」

 つい言い訳になってしまうのは、照れ隠しもある。


「それで、いつなんですの?」

「もちろん呼んでくれるよな」

 わいわいと盛り上がる中心にいると、ルビーは恥ずかしくてしかたがなかった。


 彼女が隣のブラッドをちらりと見ると、彼は嬉しそうに自分を見つめている。


 こんなに嬉しそうにしてくれるんだから、恥ずかしくてもいいかも。


 ルビーは赤い顔のまま、その状態を素直に受け入れた。



 ルビーとブラッドの友人たちは、いつのまにか男女混じって話をしていた。ルビーの友人たちは、いつも女の子同士で遊んでいて恋人がいなかった。


 ブラッドの友人ならば、気のいい人ばかりだろう。自分の友人たちと気が合いそうだ。


 ルビーと同じように男性に積極的になれない友人たちを、ルビーは応援したかった。




 会場に音楽がゆったりと響いていた。中央では、今日デビューした男女やもっと年上の人たちが、微笑みを浮かべて踊っていた。



「僕の紅鳥、ダンスはいかが?」

 差し出されたブラッドの手に、ルビーは右手を重ねた。

「喜んで」


 二人が踊りの場へと向かう後ろには、ブラッドの友人たちがルビーの友人たちを踊りへ誘う姿があった。



 * * *



 初夏。空は青く澄み渡り、爽やかなそよ風がときどき木々の葉を揺らしていた。


 ルビーは艶やかに輝くドレスに身を包んでいた。真っ白の地に、スカート部分に布でかたどった色とりどりの花が散っている。裾にかけて多くなっていくそれは、まるで花畑のようだった。胸元から肩、手首まで、繊細なレースに覆われている。

 胸元には、ブラッドからもらったファイアーオパールが輝いていた。


 今日これから、ブラッドとルビーは神殿で神に結婚の報告をし、夫婦となる。

 そして、ブラッドが王都に用意した新居で、新婚生活を始めるのだ。





 ブラッドは王宮魔術師として働き始めていた。魔法の解析や魔法道具の開発をしていくらしい。


「もう騎士団には行かなくていいの?」

 そんなルビーの質問に、ブラッドは答えた。


「そのために無理して、学生のときに正騎士となるように頑張ったんだよ。

 もう認められたからね、本当に魔法騎士が必要な場だけ、参加する。

 だから毎日夕刻には帰って来られるよ。夕食は一緒に食べよう。夜もゆっくりと二人で過ごそう」

 最後はルビーの耳元で甘く囁かれた。




 ルビーは、新居でブラッドの帰りを待ちながら、プラムローズ邸で領地経営や社交を学んだり、お茶会にあちこち行って交友を広めたりすることになる。

 すでに、ルビーよりも先輩の女学校の同窓生から、お茶会や夜会のお誘いが何通も舞い込んでいる。



 ルビーには、一般的な貴族奥方と違う仕事が一つだけあった。いろいろなものに刺繍を刺すよう、ブラッドから頼まれたのだ。


 ルビーがブラッドに渡した刺繍をしたハンカチは、何度かブラッドの危機を救ったらしい。刺繍を刺すときに無意識に付与魔法をかけているというのが、ブラッドからの説明だった。


「僕がまだ生きているのは、ルビー、君のおかげだ。

 あのときは本当に……魔法も間に合わず、死を意識した。

 他のときも、僕を救ってくれた。

 ありがとう」

「ただ持っていて欲しかっただけだったのに。

 ブラッドにそう言ってもらえて、嬉しい」


 危険な目にあっていたと聞いて、ルビーは肝を冷やした。無事に帰ってきてくれてよかったと、心から思った。



 付与魔法がつくのは特定の人を思って刺すときだけだと当初は思われたが、ブラッドが研究して、ルビーが刺繍を刺すことで誰をも守る力がつくことがわかった。


 今では、ブラッドを通して依頼されたものに、ルビーが刺繍をしている。報酬はルビーの個人財産となった。

 あまり数は多くない。ブラッドが、ルビーと過ごす時間が少なくなることを嫌ったからだ。その分、ルビーの刺繍の価値は跳ね上がった。



 一方、神殿のバザーに出すための刺繍も、ルビーは続けていた。ブラッドもそれは提供してよいと言ってくれたからだ。

 チャリティであり、また、他のものと混じってルビーの作品と特定されないからだ。


 そのバザーでは、もともと刺繍の作品の中に魔除けになるお守りが紛れているという微妙な噂があったが、今では、万能なお守りになる刺繍があると言われていた。どれがそれなのかわからないので、買う人は真剣に選び、良いことがあって当たったと気づいた人は、神の守護を引き当てたのだと喜んだ。



 刺繍は、ブラッドと結婚して新居に移っても続けることになっていた。





 天窓のステンドグラスから、色とりどりの光が降り注ぐ中、二人は共に生きることを誓った。




 両親や親戚、友人たちが先に神殿から出て、中央階段の下で二人が出てくるのを待っていた。ブラッドとルビーの友人たちは、男女一緒になり話が弾んでいる。



 一旦閉まっていた神殿の扉が開き、ブラッドとエスコートされたルビーが出てきた。

 裾に縫いとめられた布の花々が、ルビーを野の花の中に立っているように見せていた。


 階段の一番上、日が当たっているところで、ブラッドは空いていた片手を上げた。


 その手から、赤いものがいくつも飛び出した。紅鳥だった。

 作り出された紅鳥は、主役の二人と参列者たちを祝福するように囀りながら飛びまわり、そこにいた人たちは歓声をあげた。赤い羽が日の光につやつやと輝いている。

 やがて紅鳥は、青い空に吸い込まれていった。


 そこに虹がかかった。

 ブラッドが細かい霧を作り出し、上空に撒いたのだった。


 頭を下げた二人に、より一層高まった歓声と拍手が降り注がれた。


 二人が頭を上げたとき、いつもの無表情が緩んだプラムローズ侯爵と満面の笑みの侯爵夫人、泣きそうなアーヴィング伯爵と柔らかに微笑む伯爵夫人、温かく見守るアーヴィング伯爵嫡男が並んでいた。



 ゆっくりと階段を降りたブラッドとルビーを、参列した人々が賑やかに囲んだ。





「あの紅鳥の魔法、綺麗だったわ。卒業式のときも綺麗だと思ったけれど、もっと。

 それに、虹」

 ルビーは寝室のベッドに腰掛け、ブラッドに背中をあずけ、両腕で囲われていた。


「ありがとう。

 僕にとって一番の紅鳥はルビーだよ。今この腕の中にいる君が一番だ」

 ブラッドは、ルビーの耳元でささやいてから、ルビーの顎をもって後ろを向かせた。


 ルビーの唇が、ブラッドの唇と重なった。


「やっとルビーと結婚できた。もう待たない」

 深くなる口付けの合間にささやかれた言葉は、何も考えられなくなってしまったルビーの耳には届かなかった。



 ~ 本編 おわり ~


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