第16話 僕の求婚と反省

 魔法学校の卒業式で披露する魔法に、ブラッドは紅鳥を飛ばすことを選んだ。彼にとって一番大切なものの象徴だった。


 壇の上でブラッドが広げた両手の平から紅鳥がいっぱい飛び出した。羽を広げて式場中を飛び回り、かわいい声で鳴きかわした。

 そのとき、ブラッドはルビーを見つけた。


 ああ、ルビーだ。ルビーがいる。

 変わりない。

 なんてかわいいんだ。

 早く話をしたい。抱きしめたい。



 その後のパーティで、ルビーが、大嫌いなヒーリー嬢と友人たちに取り囲まれているのをみつけて、ブラッドはあわててルビーのもとに行った。


「美人でもない。魔法も使えない。

 まるで紅鳥べにどりね。そのへんにいくらでもいる、価値のない鳥。

 いつまでブラッドの婚約者気取りでいるの?」

 そして、ヒーリー嬢がルビーと紅鳥をバカにするのを聞いた。


 ブラッドは、瞬時に頭が火を吹いたような気がするほど、いかった。



 それも、ルビーに自分の名を呼ばれ、彼女と視線が合うことで霧散する。ルビーを見ている間だけは、僕の頭を占めるのはルビーだけだ。


 僕のルビー。



 だが、ルビーを傷つける可能性のあるものは、排除しなければならない。

 再び沸いた怒りをヒーリー嬢と友人たちにぶつけるだけで、彼女たちはいなくなった。


 いままでのように、また彼女たちが邪魔をしてくるのかが心配だったが、周りの女性たちの反応から、社交界がそれを許さないとわかった。

 ルビーは友人が多い。もう心配ないだろうと、ブラッドは安堵した。



 そして、愛しいルビーに会えた歓喜が強く押し寄せた。

 ヒーリー嬢たちから救い出した彼女を抱きしめると、ルビーのふわふわした髪が頬にあたり、ふわりとルビーの香りがした。


 まだまだルビーを抱きしめていたかったが、その気持ちを抑え込み、ブラッドは友人や教師にルビーを紹介して回った。

 魔法学校を出たあとも付き合っていく人たちだ。ルビーにも自分の大切な人たちだと知って欲しかった。


 あとで思い返して何を話したか記憶がないほど、ブラッドは舞い上がっていた。



 * * *



「ねぇ、ブラッドにとって紅鳥って何?」

「紅鳥は、つまらない鳥ではない? 価値のない鳥ではない?」


 魔法学校から王都のアーヴィング邸に帰る馬車の中でルビーにそう聞かれた。それではじめてブラッドは、なぜルビーが紅鳥を話題にすると不機嫌になっていたのかがわかった。


 慌てて誤解を解き、ブラッドは反省した。

 ルビーが紅鳥を話題にすると不機嫌になるのを不思議に思っていたのに放っておいたのは、ブラッドだ。



 僕の無表情は誤解されやすい。母上はそれを不器用と言っていた。

 違和感を覚えたら、それを放っておいてはダメなんだ。大事な人に誤解をされたままでは、その人まで傷つけてしまう。

 うん。これからは、ルビーに対して何か違和感があったら、絶対解決するぞ!


 ルビーにだけ誠実なブラッドだった。



 * * *



 翌日、懐かしい草原に行ってルビーに飛翔魔法を披露したときは、ブラッドは誇らしくて仕方がなかった。

 彼の四年間の集大成だったのだ。


 まずは口付けだ。ずっと我慢していたんだ。

 やっと、ルビーと口付けをすることができる。


 飛翔魔法のお礼だとルビーにねだった口付けは、とても甘かった。



 そのままそこで、ブラッドはプロポーズした。飛翔魔法を研究しているときから決めていた。


 花が咲き誇った草原の上を飛びながらプロポーズなんて、僕しかできない。


 他の人ができない方法でプロボーズできるのが、ブラッドは嬉しかった。



「ルビー、結婚しよう」

「はい」

 ルビーはすぐに答えてくれた。その瞳は、夢見るように潤んでいる。

「ありがとう」

 考える前に、感謝の言葉が溢れでた。そのまま口付けをしたのも、ブラッドにとっては自然の成り行きだった。


 承諾の返事に、ブラッドは舞い上がった。目をパチパチさせるルビーはかわいらしかった。

 促されるまま、ただぽろりとルビーの本音が出たことも、ルビーがそれからずっと混乱していることも、ブラッドは気づかなかった。


 ブラッドが強引に進めたので、結果として、結婚の約束もスムーズにいったのだった。





 ブラッドのそんな高揚した気分も、帰りの馬車の中で落ち込んだ。

「わたしのことを忘れてしまったのかと思っていました」

 そう言ったルビーは、涙声だった。


 ブラッドは、ずっと自分が我慢していると考えていた。ルビーの気持ちまで、配慮できていなかった。

 また一つ、反省点が増えた。



『言葉にしないと伝わらないのよ』

ブラッドは母の言葉を思い出した。


 ずっと父上に寄り添ってきた母上は、父上に足りない部分を息子にも見ていたのだろう。

 父上が母上を愛しむように、僕もルビーを愛しみたい。



「君に僕の気持ちが伝わるよう努力する。君を不安にさせないと誓うよ」

ブラッドはルビーの涙の熱さを感じながら、約束をした。



 * * *



 すぐに結婚することにルビーの両親が難色を示したが、ブラッドの説得で初夏の挙式が決まった。予定通りだ。


 反乱で戦地に向かったのは予定外だったが、いままで準備していてよかった。


 ブラッドはそう思った。

 そして、そのためにルビーが傷ついたことを思い出して、胸がちりちりと痛んだ。



 成人の儀が終われば、ルビーと二人でいろいろと準備ができる。ブラッドが心待ちにしていたときが来た。

 その前に、成人の儀だ。


 ブラッドもルビーも成人として認められる。

 大人として着飾ったルビーを見るのも一緒に踊るのも、ブラッドはとても楽しみだった。


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