第15話 僕の幸運の紅鳥

 辺境の部族の反乱は、当初の予定よりも長く続いた。反乱が長引くにつれ、騎士見習いのブラッドも学生であるにもかかわらず、現地で戦うことになった。

 魔法を使えるのが重宝がられたのだ。

 隣国が本格的に参戦する前に、戦いを終わらせる必要があった。



 すぐに、ブラッドは騎士見習としてよりも魔法使いとして現場を任される方が多くなった。彼はすでに魔法使いとして一流だった。

 しかも、騎士として自分の身を守れるだけでなく、物理的な戦力もあてにできる。敵のすぐ近くに姿を見せて、殺すことなく魔法で戦意をそぐこともできた。

 それほど経たないうちに、ブラッドは最前線で戦っていた。



「プラムローズ、よくやった。魔力切れだろう。交代だ。

 また朝から働いてもらう。しっかり回復するように」

「はい。失礼します」

 ブラッドはふらつきながら、なんとか自分のテントに戻った。


 ルビー……手紙……書かなくちゃ……全然書いてな……


 ブラッドの意識はそのまま途切れた。目覚めると、すぐにテントを出ていく。


 ブラッドは忙しすぎて、手紙を書く暇もなかった。魔力を極限まで使い、そのままベッドに倒れる日々だった。

 たとえ手紙を書くことができたとしても、彼がどこにいるかは知らせることができない。それでもせめて「会いたい」と知らせたい、そうブラッドは考えていた。

 考えているだけだった。




 ブラッドが前線に立つようになり、戦局は大きく味方に傾いた。

 敵の大群を前にしても、ブラッドの表情は冷たく整ったままだ。表情を変えずに、特大魔法を戦場に落としては走り、落としては走った。

 その様子に、味方は大きく鼓舞された。


 飛翔魔法は使わなかった。

 ブラッドにとって、それは戦いのためのものではなく、ルビーとの約束のためのものだったから。

 使わなくても、ブラッドは充分強かった。



 ブラッドが敵陣の只中を走っていたとき、敵兵が無鉄砲に振り回した剣がちょうどブラッドの前に現れた。勢いの付いていた彼は、その剣を避けることができず、魔法も間に合わなかった。


 しまった。

「ルビー」

死を覚悟したブラッドの口から、ルビーの名前がこぼれ落ちた。


 ブラッドの胸元が光った。まるで中にあるものの光が衣服を通して漏れ出てきたかのように。

 ブラッドの前に飛び出した剣は不自然にそれ、彼は死からも怪我からも免れた。

 その胸元には、戦に出る前にルビーから届いた刺繍のハンカチが入っていた。お守りがわりに持っていたものだ。



 別の日、偵察に出ていたブラッドは霧の中で迷ってしまった。どちらを向いても真っ白で、下手に動くと敵と鉢合わせする危険があった。


 さて、どうしようか。


 ブラッドが体を動かすと、一方向だけ胸元が温かくなった。ちょうどルビーのハンカチが入っている辺りだ。

 それに気づいて、もう一度、体をぐるりと動かしてみた。同じ方向だけ、温かさを感じる。

 ブラッドは、その方向へと足を進めた。一緒にいた騎士たちにも同じ方向に向かうようにと指示を出した。


 胸元へ意識を向け、温かさがなくなったらそこで止まってぐるりと体を動かし、温かい方向へと向かった。

 気づいたときには、ブラッドは仲間と共に味方の陣営へと戻っていた。



 前線で戦うことが多かったブラッドは、なんどか危険な目に合いそうになった。それでもその危険は、ブラッドの横を素通りしていった。

 幸運の女神がついていると、仲間たちに言われたものだ。

 それはルビーのくれた刺繍入りのハンカチのおかげではないかと、ブラッドは考えていた。


 幸運の女神は、ルビーだ。


 ブラッドは胸元からハンカチを出して、その紅鳥に口付けをした。




 いつのまにかブラッドは、味方には氷結の鷲と、敵には冷徹な魔王と呼ばれていた。

 隣の国はブラッドの父と戦ったことがあった。その凄烈な戦いぶりをブラッドも引き継いでいると噂になり、冷徹な魔王の家系だとして、ブラッドの死後もプラムローズ家は恐れられることとなった。



 隣国が表立って参戦することなく、反乱は沈静化された。ブラッドをはじめとして、多くの若手が名を上げた。

 もし戦がもっと長引いていたら、ブラッドの父のプラムローズ侯爵も担ぎ出されていたかもしれない。名を馳せる英雄の出番の前に収まったことは、この国の将来の明るさを示した。



 若手が活躍した分、戦後処理も若手が担ぎ出された。


 せっかく王都に戻ってきたのに、ブラッドはいつまで経っても騎士団の仕事から解放される時間がとれなかった。


「なんでいつまでも終わらないんだ。

 戦いは勝ったんだ。もともと見習いの俺は、事務仕事は必要ないだろう」


 愚痴を言うブラッドに、一緒に戦って一緒に残務処理をしている仲間は苦笑いした。

「あれだけ活躍をして、見習いだとは言えないだろう。

 ま、あきらめるんだな」

 そう言って、無表情なブラッドの肩を叩いた。


 やっと終わったときには、魔法学校で必要な時間のギリギリになっていた。



 ブラッドはルビーに会うのを諦めて、プラムローズ家で両親に挨拶だけして、魔法学校の寮に帰った。



「ルビーに、会いたかったと、魔法学校の卒業式に参列してその後のパーティにも参加してくれと、そう伝えて欲しい」

 ブラッドは両親にそう言付けた。



 ルビーに会いたい。


 特別に魔法陣を使って魔法学校に帰ってきたブラッドは、寮のベッドに転がり込んで、そのまま意識を失ったように爆睡した。


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