第14話 僕は約束のために学ぶ

 ブラッドは、魔法学校が楽しかった。

 家庭教師から学んだり一人で考えるときと違って、いろいろな子からさまざまな発想がでるのが面白い。

 すべてに秀でている者などいない、誰もが得意不得意があると体感したのも、ブラッドにとっては収穫だった。苦手なものを意識することで、それを得意な者から学んでいける。


 いままで触れ合ってこなかった同年代の魔法使いと、ブラッドは切磋琢磨した。

 それでも、ルビーと過ごす時間の楽しさほどではなかった。





 ブラッドにとって嫌だったのは休憩時間だ。

 派手な服装に化粧、香水をまとった女子学生がまとわりついてくる。ブラッドがどんなに冷たくしようとお構いなしだ。


 特に、長い黒髪が自慢のヒーリー嬢とその周りの女子がうるさかった。


「キャロルと呼んでくださいませ」

だと。誰が名前で呼ぶものか。無視だ、無視無視。

 自分の髪が学校で一番綺麗だと自惚れているらしいが、その黒髪よりもルビーのふわふわした紅色の髪の方が、何倍もかわいい。


 ブラッドは、うるさくつきまとう女子には、氷の視線と周りが呼ぶ視線を向けて近寄らせないように努めていた。

 それでも立ち直って寄ってくるので、あいつらはバカなのかとブラッドは考えていた。


 一人でいると女子に囲まれてしまうので、ブラッドは出来るだけ男子学生たちと一緒に過ごした。



 おかげでよかったこともある。

 自分の身を守るためにブラッドにしては積極的に交流を持ったことで、仲の良い友人が何人も出来たことだ。


 彼らは、ブラッドが緊張して無表情になっているときも、他人に無関心で視線が冷たくなっているときも、変わらずブラッドに接してくれた。


「おい、ブラッドがまたにやけているぜ」

「また愛しの紅鳥のお嬢ちゃんを思い出しているのかな」

「ほんと、わかりやすいよね」


 いつのまにか、ルビーについて考えていると「ブラッドが紅鳥を恋しがっている」とからかわれるようになった。なぜわかるのか、ブラッドは不思議だった。


『一生の財産になる。魔法学校では友人を作りなさい。お前でも受け入れてくれる友を』

ブラッドは父の言葉を思い出していた。





 ブラッドは、先に進める勉学は、どんどんと単位をとった。空いた時間は、魔法や剣術の腕を上げるのに費やした。相互授業として騎士学校の授業も受けられるので、騎士学校でも学んだ。

 魔法学校には高名な教師が多くいた。現役を引退し、後輩の育成を楽しんでいる人たちだ。

 彼ら彼女らは、ブラッドに惚れ込んで、自分の知恵と技量を惜しみなく与えた。



 ブラッドは、飛翔魔法を魔法学校にいる間に習得しようと考えていた。


 ルビーと約束したのだ。

 卒業したら、あの花畑の上を二人で飛ぶんだ。

 そして、プロボーズしよう。

 ルビーはどんな顔をするかな。


 自分と自分以外のものを抱えて飛ぶ飛翔魔法は、魔力があるだけではできない。まずは、魔法の術式をしっかりと組み、飛ぶコツを覚えるところから始まる。

 手伝ってくれる教師と、あれこれと工夫する日々が続いた。



 そのためにルビーと会える日々が減ったが、今だけは仕方ないとブラッドは我慢した。

 ルビーもまた寂しく思っていることを、ブラッドは失念していた。



 教師の元から一人で戻る途中でうっかり女生徒に囲まれたときなど、いかにルビーがかわいいか、早く彼女のふわふわの髪をこの手で撫でたいと、ブラッドは思うのだった。





 学校生活も半分を過ぎ三年に上がってから、ブラッドは騎士見習いとして騎士団にも所属するようになった。早く騎士になるためだった。



 魔法騎士は特殊だ。魔術師であり騎士であることが求められる。

 魔術師としては魔法学校を卒業すること、騎士としては騎士団で正式に騎士となること、その二つを為して初めて、魔法騎士を名乗ることができる。


 ブラッドの父は、魔法学校を卒業して騎士団に入り、一年かけて騎士となった。その間は一般の騎士見習いと同じ扱いになる。朝から夜までこき使われ、休みがあってないような立場だ。



 ブラッドは、早くルビーと結婚したかった。魔法騎士を目指すために、卒業後一年も待つのは嫌だった。


 そのために、ブラッドは学生の身分でありながら、騎士見習いとなった。

 魔法学校の必要単位はすでにとっていた。後は複数人で行ういくつかの実習をこなし、教師たちと魔法の腕を磨く時間を取れれば良い。

 騎士見習いとして学校と両立させるのは、問題なかった。基本は休日と長期休暇を仕事に充てればよい。成人しておらず、まだ学生の身分なので、その辺りは融通がきいた。



「そんな無理をすることないんじゃないのか。まったく休みがないだろう」

「紅鳥ちゃんが、寂しがるんじゃない?」

「時間の使い方を間違えるなよ。振られないようにな」

 友人たちは心配したが、ブラッドは気にしなかった。



 騎士団は王都にある。騎士見習いには王都の寮の部屋が与えられる。授業と騎士団を調整しながら、ブラッドは魔法学校と王都を往復していた。

 実は魔法学校と王宮の間には転移陣があり、教師はそれを使って王都と行き来していた。まだ学生の身分ではそれを使えないのが、ブラッドは悔しかった。





 ルビーと早く結婚するためには、その準備も必要になる。卒業してからと悠長にしていたら、一年などあっという間だ。

 せっかく騎士見習いの時期を早めるのだ。騎士になってすぐに結婚したい。


 ブラッドは、少ない王都の自由時間に、結婚の支度を始めた。

 ルビーと一緒に考えなければいけないものは後回しにして、まずはブラッドだけで用意できるものから始めた。

 二人の実家の間にちょうどいい屋敷を見つけたときは、大喜びですぐに手に入れた。新居は大事だ。




 問題だったのは、ルビーとますます会えなくなったことだ。王都にいても私用で外出するだけの時間がほとんどとれない。結婚準備もあるから、なおさらだ。学校と掛け持ちしている限り、しかたのないことだった。


 その代わりに、ブラッドはルビーに手紙を書いた。


 しかしそれも、くたくたになるまで仕事をしたり魔法を使ったりして部屋に寝に帰るだけになり、時間が取れなくなっていった。





 十八歳のルビーの誕生日に、ブラッドは指輪を手作りした。それまでに身につけた付与魔法を、これでもかと指輪に込めた。


 このファイアーオパールを見て、金茶の瞳の僕のことを思い出してくれるだろうか。

 せめて自分の代わりに、ルビーの身近で護って欲しい。


 ブラッドはそう願いを込めた。



 騎士団は辺境の紛争のためにバタバタしており、騎士見習いのブラッドもあちこち走り回っていた。ルビーの顔を見にいく時間は、どう調整してもとれなかった。

 ブラッドは仕方なく、メッセージをつけてアーヴィング邸へと届けさせることにした。


 ルビーに会いたい。


 ブラッドは、包む前の指輪に、そっと唇を寄せた。




 自分の誕生日に届いたルビーが刺繍したハンカチをブラッドは取り出し、その紅鳥の刺繍をそっと撫でた。

 それは、まったく会う約束をしないブラッドのために、魔法学校の寮に届いたものだった。


 ごめん、ルビー。もう少しだけ待って。

 今だけだ。卒業までの我慢だ。


 ルビー。会いたい。

 君の声が聴きたい。君の髪に唇を寄せたい。

 君を抱きしめたい。

 僕の、紅鳥。


 ブラッドは、紅鳥に口付けしたあと、ハンカチを大事そうに内ポケットにしまい、見習いの任務に戻った。


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