第13話 僕は君に恋をした
ブラッドはルビーに一目惚れをした。六歳のときだった。
母と一緒に公園を歩いていて見かけた、紅色の髪の少女。アーヴィング伯爵の令嬢であると、あとで知った。
彼女はまるで紅鳥だった。
自分の大好きな紅色の小鳥。そのふわふわの紅色の羽も、艶やかな黒い瞳も、鈴の音のような鳴き声も、どれもがかわいらしい。特に小首を傾げるところなど、うっかりすると悶えてしまいそうだ。
そんな紅鳥にそっくりなルビーは、ブラッドの理想そのものだった。
ルビーに一目惚れした日から、ブラットはイヤイヤ行っていた母との公園の散策を、喜んで行くようになった。
ルビーと彼女の母が公園にいつ現れるのかは、決まっていない。だから、たまたま会えた日が、ブラッドには宝物のように思えた。
紅鳥のようなふわふわの紅色の髪の少女を見かけるたびに、木の影に隠れるようにしながら少女を盗み見る息子に、母は呆れながらも付き合った。
「話しかければいいのに」
そう言うと、ピキッと音がしたかのように固まってしまう息子が、母は愛おしかった。
「アーヴィング家のルビースター嬢だそうよ」
「ルビースターじょう……」
そうつぶやいたブラッドに、母はにこっと笑った。
「調べてあげたわ。感謝なさい」
「ありがとう。ははうえ」
「お茶会で話ができるようにしましょうか」
まだブラッドもルビーも子ども。社交は、母親に連れられて母の知り合いの茶会に参加するのがせいぜいだった。
「いえ」
たとえお茶会に行っても固まって何も話せないのが、母もブラッド自身もわかっていた。話せないだけではなく、無表情になるために相手を拒絶するように見えることも。
「お父さまに似て、不器用なんだから」
ブラッドの母は、彼の亜麻色の髪を優しく撫でた。
ブラッドの父は、魔術師としても騎士としても超一流と言われている。プラムローズ家自体が、力のある魔術師を多数輩出している家系だ。
ブラッドも、幼いときから父に厳しく指導されていた。
感情を表に表さないのは、父からの訓練の賜物だった。プラムローズ家の魔法騎士が、「冷徹の」「氷の」と評されるゆえんだ。
逆に言えば、感情を出さないようにしているので、自分の気持ちを話すのは苦手なのだ。
ブラッドはもともと口下手で、考えを話すのも得意ではなかった。
ブラッドの母は、父と対照的におっとりと朗らかだった。
賢く、社交界でも友人が多かったが、策を巡らすタイプではない。どちらかと言うと、自分以外のことには我関せずの態度だ。息子に対しても、好きなようにすれば良いとただ見守っていた。
腹黒いと言われる父はこのような母に癒されているのだと、人と世間に対してだんだんわかってきたブラッドは考えるのだった。
ブラッドは、木の影からルビーを盗み見る日々が続いた。
年齢が上がるにつれ勉学や魔法、剣術に忙しくなったが、母を誘っては公園に行くのは相変わらずだった。
* * *
十二歳になり、気の早い同年の子どもたちが婚約をするようになって、ブラッドは動いた。
「父上、婚約をしたいのです。
ルビースター・アーヴィング伯爵令嬢と」
「ふむ。かわいい少女らしいな。
よろしい。何も問題もない。伯爵にお願いしてみよう」
いままでのブラッドの惚れ込み具合を知っていた父も母も、やっと決心したのかという顔をした。
アーヴィング家を訪れた日、はじめて手の届く距離で、ブラッドはルビーを見た。
ルビーがあまりにもかわいくて、最初は緊張して顔が引きつった。自分がどのようにルビーの目に映るかなんて、考えられなかった。
それからブラッドは、伯爵邸を訪れる日を楽しみに毎日を過ごした。
少しずつ緊張も解け、自然な会話もできるようになった。
どんな花を喜んでくれるか悩み、次は何を持っていくか選ぶのに心が躍った。
庭からマーガレットとカーネーションを摘んできたブラッドに、母は不思議な顔をした。
「いつもかわいい感じだけれど、たまには薔薇も持っていかないの?
花束といえば薔薇でしょう? 今は綺麗に咲いていてよ」
「ルビーには、可憐な花が似合います」
「薔薇でも、かわいいものがあるのではない? 庭師に相談してみたら?」
プラムローズ邸は名前に薔薇が入っているだけあって、立派な薔薇園が作られていた。そのほとんどが綺麗な形の大きな花が咲く、華やかな薔薇だった。
いい匂いの薔薇や原種に近いものなどは、一部の彩に使われていたくらいだ。
それから、オールドローズがプラムローズ邸の薔薇園に増えた。
ルビーへのお誕生日のプレゼントを、ブラッドはなかなか決められなかった。それでもルビーに喜んで欲しくて、一人で決めたかった。
彼はずっと悩んで、やっと決めた。
喜びにほころぶルビーの笑顔を見て、ブラッドは天にものぼる気持ちだった。
ルビーと無理なく会話ができるようになり、一緒にデートもできるようになり、ケーキの食べさせ合いもできるようになり、ブラッドはこれ以上ないくらいに幸せだった。
ルビーの笑顔を見て、ルビーも自分と同じように幸せだと考えていた。
* * *
入学のために魔法学校に向かう前日、ブラッドはルビーと一緒に行きたいと考えていた草原へ彼女を連れて行った。
野の花が咲き乱れるそこはルビーもきっと好きだろうと考えていたが、まちがっていなかった。
『ねぇ、魔法が上手になったら、この草原の上を飛ぶことができるかしら』
『がんばるよ』
そこでルビーとした約束は、ブラッドにとって大切なものになった。
飛翔魔法は難しいと聞く。よほど優れた魔術師でないと使えないと。
だけど、やってやる。ルビーと約束したのだから。
魔法学校から帰ってきたら、ルビーを抱いてあの草原を飛ぶんだ。
ブラッドに、魔法学校で学ぶ目標ができた日だった。
ルビーが刺繍してくれたハンカチも、ルビーの瞳の色のカフスボタンも、魔法学校の寮に持っていこう。
魔法学校の準備をしながら、ブラッドはそう心に決めていた。
誕生日の贈り物を思い出したとき、自分が贈ったクマのぬいぐるみを思い出した。
僕の色を持ったクマを、今でも抱いて寝てくれているのだろうか。
そのほのかな期待は、ブラッドの胸を切なく締め付けた。
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