第12話 ワシと紅鳥の結婚準備

 ルビーとブラッドの結婚は、両家からすぐに祝福をもらった。


 だが時期については、アーヴィング伯爵も夫人も、プラムローズ侯爵が提案する数ヶ月先の初夏では早すぎると考えた。



「ルビーは就職の予定がないからいいが、ブラッドリー君は新しい仕事を始めたばかりになる。ブラッドリー君主導で決めたり動かなくてはならないことが、いっぱいあるだろう。

 数ヶ月で結婚の準備をするのは無理ではないかな」

「そうですわ。

 ウェディングドレスだって、それ用の生地がいつも用意されているとは限りませんし」

 ルビーの両親は、彼らが考えていたよりも早い時期に、難色を示した。



「新居は、アーヴィング邸とプラムローズ邸の間に購入済みです。

 内装はルビーの好みにしたいのでこれからになりますが、決めてしまえば一ヶ月もあれば住める状態になります。

 細かいものは、住み始めてからルビーと少しずつ増やしていくつもりです。

 使用人は、プラムローズ邸から数人移ってもらうことが決まっています。ルビーと相談して、あと何人か雇い入れる予定ですが、これはゆっくりでもいいでしょう。ルビーがアーヴィング邸から連れてきてくれるのなら、歓迎します」

 ブラッドは、淡々と説明した。


「結婚式は、すでに神殿にお願いしています。ルビーがバザーに協力していたところで、結婚の話をするととても喜んでくれました。

 披露はプラムローズ邸を使う予定です。

 ウェディングドレスは、ルビーの行きつけの洋裁店にすでに生地を何種類か用意してもらっています。デザインもお願いしてありますので、ルビーのイメージで何種類かできているはずです」

 ブラッドが、ちらりとルビーを見た。そのときだけ彼の瞳が甘くとろけた。

「細かい細工をお願いすることになるので時間がかかるとは思いますが、それでも初夏には間に合うでしょう」


 ルビーは、先日の草原の花々とブラッドのプロポーズを思い出して、頬を染めた。



「アーヴィング伯爵、奥様、申し訳ない。息子が早く結婚したくて、騎士見習いをしながら用意していたようなのだ」

「それよりも、ルビーちゃんとの時間をもっと大切にしなくてはならなかったのに。この子ったら。

 ルビーちゃん、こんな子でごめんなさいね」

「成人そうそう、アーヴィング家から大切なお嬢さんをもらってしまうことになる。

 申し訳ない」

 プラムローズ侯爵は、ルビーの両親に頭を下げた。侯爵夫人もまた、夫と一緒に頭を下げた。


 アーヴィング伯爵も夫人も慌てた。鉄仮面の魔法騎士と言われる侯爵に頭を下げられるとは考えてもみなかった。

 そんな中、「おまえもだ」と言われて頭を下げるブラッドを見て、夫婦で見交わした視線に笑みが添えられた。



「どうぞ頭を上げてください。

 娘に立派な夫ができるのは、喜ばしいことです。

 それが、ブラッドリー君のように娘との結婚を心待ちにしてくれる若者なら、娘を幸せにしてくれるでしょう」


「ありがとうございます。

 ルビースター嬢が来てくれるのが、待ち遠しいですよ」

 普段は無表情で冷たいと言われるプラムローズ侯爵からルビーに向けられた表情は、柔らかかった。いつも夫人に向けられているほどではないが。



「ありがとうございます。私のわがままをきいてくださって」

 ブラッドは、もう一度今度はみんなに向かって頭を下げた。

 そして、ルビーに向かって微笑んだ。

「成人の儀が終わったら、いろいろと決めていこうね。

 一緒に暮らすのが待ち遠しいよ」

 そしてルビーの耳元で、そっとつぶやいた。

「僕の紅鳥」

 ルビーの頬が朱に染まった。




 ルビーとブラッドの結婚は、ブラッドの希望どおりに数ヶ月先の初夏に決まった。


 その前に、二人の成人の儀がある。王室主催の夜会に参加し、王に拝謁する。

 同級生にまとまって会える最後の機会でもあった。


 成人の儀の夜会が、ブラッドとルビーの結婚を公表する最初の場となる。




 ブラッドの気持ちがわからずにずっと不安だったルビーは、あれよあれよと言う間に結婚が決まり、呆然としつつも幸せだった。


 自分が考えている最速でルビーとの結婚が決まり、これからは彼女と一緒に過ごす時間をいっぱいとれることが決まったブラッドは、満ち足りた気分だった。






 ブラッドはプラムローズ邸の自室に戻ってから、部屋を見渡した。


 魔法学校に行ってからほとんど使わなかった部屋だ。寮から引き上げてきたものが、まだ梱包を解かずに隅に置いてある。

 ルビーからもらったもののうち寮に持っていかなかったものは、大事に飾ってある。



 目が止まったのは、枯れた花輪だ。婚約してそれほど経たない頃、ルビーが庭で編んだものをもらったのだった。


『ブラッドは、こうして花冠をかぶると妖精の王子さまみたいね。

 よく似合っているわ』

 そんな夢みたいなことを、ルビーは言ってくれた。


 劣化しないように魔法をかけたが、当時はまだ下手くそでだんだんと色があせ、枯れてしまった。それでも、捨てられない。



 結婚したら、この部屋にルビーが泊まることもあるだろう。


 ブラッドは、この現実が信じられなかった。

 彼は、自分の初恋が実るまでの長い年月を、思い返した。


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