第11話 ワシは紅鳥に約束を果たす

 魔法学校の卒業式の翌日、ルビーとブラッドが訪れたのは、入学前にピクニックに来たのと同じ草原だった。


 四年前と同じように、草原は花が咲き乱れていた。

 侍女と従者を残して、ルビーとブラッドは花の中を歩いていた。



「ねぇ、ルビー。約束したのを覚えている? この草原の上を飛ぼうって」

「覚えているわ。

 まさか。飛べるようになったの?」

「飛べるよ。

 君を連れて飛べるように、魔法学校でずっと研究したんだ」

 にっこりと笑うと、ブラッドはルビーの背中と足に手を回して抱き上げた。


「僕の首に両手を回して」

 二人の体は、空中に浮いていた。



 ルビーはブラッドに抱き抱えられて、そのまま上昇していく。

「うわぁ。すごい。どこまで上がるの?」

「怖くない?」

「ステキ。草原がずっと見渡せるわ。まるでお花の絨毯みたい」


 五階くらいの高さのところを、ブラッドはルビーを抱えたままゆっくりと移動していた。

 馬車の横に、侍女と従者がポカンと口を開けているのが見える。


「綺麗ね」

 ルビーは嬉しそうに声を上げていた。


「これで約束は守ったよ」

「そうね。ありがとう、ブラッド。

 まさかこんなに綺麗な景色がブラッドの腕の中で見られるなんて思わなかったわ」

 ブラッドは、ルビーに向かってにんまりとした。

「お礼は、君のキスがいいな」


 抱き抱えられたまま、ルビーはブラッドの頬にキスをした。ルビーの顔は赤くなっていた。

「僕たちは婚約者だよ」

 そう言うと、ブラッドはルビーに顔を近づけた。ブラッドの瞳に、ルビーの瞳が映った。

 ルビーは赤い顔をさらに赤くして、ブラッドの唇に自分の唇を寄せた。待ちきれないブラッドも、ルビーに寄っていった。

 二人の初めての口付けは、花畑の上だった。



 お姫様抱っこをされて口付けをしたルビーは、頭がぼーっとして何も考えられなくなってしまった。頭の中までふわふわとしたままだ。

 しかも、体そのものが、空中に浮かんでいる。


「ルビー、結婚しよう」

 ブラッドにそう言われたとき、ルビーは本音のまま答えた。

「はい」

「ありがとう」

 ブラッドの唇が、またルビーの唇を塞いだ。


 ブラッドに抱かれたまま口付けされ、目の前にはブラッドの顔、その向こうに青空。

 ルビーは少しずつ言われたことが頭に染み透ってきた。

「え? え?」


 友人との会話では、結婚の話がすでに現実問題として話題にのぼっていた。それでもルビーは、ブラッドとの交流が途絶えていたこともあって、自分は結婚するにしてもまだまだ先の話だと考えていたのだった。


 慌てているルビーを、ブラッドはにこりと笑ってからかった。

「ウエディングドレスには、ここにあるような色とりどりの花を飾ろうか。

 できるだけ早く、仕立ててもらおうね。

 すぐに結婚式だ」

「はい? え? そうね?」

 混乱しているルビーの髪に口付けをいくつも落としながら、ブラッドは幸せを噛み締めていた。





 帰宅の馬車の中は、ブラッドとルビーと二人きりだった。二人の様子に気を利かせた従者と侍女は、馭者台に並んでいる。


 ブラッドに腰を抱き寄せられたまま並んで座っていたルビーは、馬車がしばらく走ってから、はっと気づいた。

 もう一つ、聞かなくてはならないものがあった。



 ルビーは、ブラッドを上目遣いに見た。

「学校に行っている間に、手紙がだんだんとこなくなって、最後には連絡もつかなくなったのは、何があったの?

 騎士団の見習いで忙しかったり、反乱を収めに行っていたのは知っているのだけれど。

 そんな中でわたしのために時間を使って欲しいって、わがままだってわかっているのだけれど」

 ルビーの声が、どんどんと小さくなっていく。


「わたし、わたし……あなたがわたしのことを忘れてしまったのかと思ったの」

 ルビーは最後には涙声になった。



 ブラッドは顔をしかめて目をそらし、そしてもう一度ルビーと目を合わせた。腰に回ってないもう片方のブラッドの手が、ルビーの頬に添えられた。


「ごめん。僕が悪かった」

 添えられた親指が、ゆっくりとルビーの頬をなでた。


「ルビーが言ってくれたように忙しかったんだ。仕事が終わったら、ただ倒れて眠るだけだった。戦地では両親にさえ、一月に一回なんとか数行の手紙を送るだけだった。

 君のことを忘れたことはなかった……。

 だけどそれは言い訳にしかならないよね」

 ルビーは黙ってブラッドを見つめていた。


「君にすごく会いたいのを僕が我慢しているから、君も僕を信じて我慢してくれると、勝手に思っていた。

 君が不安になっているのに気づかなかったんだ。


 そうだよね。僕は君がどこにいて何をしているのか、なんとなく想像できた。何かあったら両親が教えてくれるのがわかっていた。

 君は、僕がどうなっているか、どこにいるのかさえ、何も知らされていなかった。

 我慢するより前に、僕の君と会いたい気持ちさえ、疑いたくなるのは当たり前だ。


 母に言われたよ。言葉にしないと伝わらないんだって。

 もうしない。君に僕の気持ちが伝わるよう努力する。

 君を不安にさせないと、誓うよ」


 ルビーの頬を、涙が一筋流れた。

「約束よ」

「うん。約束する。

 僕が約束を守ることは証明されたろう」

「うん」

 ブラッドの指が、ルビーの頬の残った涙を拭った。





 アーヴィング邸に着いたブラッドは、出迎えてくれた伯爵夫人に、日を改めて伯爵夫妻とゆっくり話をする時間をとってもらえるように、お願いをした。


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