第10話 ワシは紅鳥に告げる
「きちんと送っていきなさいね。アーヴィング伯爵夫妻にもご挨拶をきちんとするのよ」
プラムローズ夫人が、ブラッドに確認した。
「当たり前です。今日は邸に帰りますので、そう言っておいてください」
卒業パーティのあと、侯爵夫妻と別れてブラッドとルビーは馬車に乗った。
馬車の中、ブラッドはルビーと並んで座った。ブラッドの右手が、ルビーの左手を握っている。ルビーはブラッドの手の温かさを感じていた。
ブラッドと繋がっている手だけでなく、ルビーは全身が熱くなっていた。何より胸の鼓動が激しい。
ルビーはブラッドにいろんなことを聞きたかった。ずっと会えなかったのだ。いろんな気持ちがルビーから溢れそうになっていた。
でも、一番聞きたいのは……。
もしかしたら、わたしは最初から勘違いして、勝手に苦しんでいたかもしれない。
ルビーは、ブラッドが壇上で紅鳥を飛ばしたときからそう感じていた。
「ねぇ、ブラッドにとって紅鳥って何?」
彼は一瞬目を見開き、ルビーを見つめた。
「そうか、ルビーに言ってなかったんだね。僕の紅鳥愛を」
べにどりあい? 紅鳥愛?
ルビーはその言葉を不思議に思ったが、何も言わずにブラッドが話を続けるのを待った。
ブラッドは、いつもよりも早口で熱く語りはじめた。
「僕は物心ついたときから、紅鳥が好きだったんだ。
だって、紅色のふわふわの羽だって、真っ黒なまん丸の目だって、小さな足でちょんちょんと飛んで歩く仕草も、みんなかわいい。小首を傾げたり、羽を整えようと嘴を突っ込んでいるところなんて、たまらないと思わない?
紅鳥を見かけると、目で追いかけていつまでも見ていたくなるんだ。小さい頃は実際追いかけて、飛んで逃げられてばかりいて、泣いていたらしい。
今では追いかけないけれど、やっぱり大好きだよ」
ブラッドが、つなげていない方の手でルビーの頭をひとなでし、笑みを浮かべた。
「君に初めて会ったとき、紅鳥だと思った。それだけ僕にとって君は、かわいらしかったんだ。
そのふわふわの紅色の髪も、濃い紫のキラキラする目も、桜色の頬も、よく動く唇も、どれもずっと見ていたいと思った。可愛らしい声をずっと聞いていたいと思った。
もっと会いたいと思った。
そして、君と過ごすようになって、君は紅鳥よりももっとかわいらしいと思った。
ルビーの話は、いつも楽しい。君の好きな話題から、僕が興味を持ちそうなものを選んでくれる。途中で二人とも口を閉じる静かな時間も、心地よい。
君と一緒に読書するのも好きなんだ。それぞれ読みたい本を勝手に読んでいるのに、ルビーがすぐ側にいると思うだけで安心する。
ケーキを一口ずつ分け合うなんて、僕にはできないと考えていたのに、ルビーとならしたいんだ。
君が美味しそうに食べる顔も、僕は大好きだよ。僕まで幸せな気持ちになる。
君と見る景色はね、君がいないときより何倍も輝いて見えるんだ。
ルビーは、僕の心を溶かしてくれる。君といると、僕も人を愛せるのだと信じられる。
ルビーほどかわいらしい人はいない。僕にとって君はいつのまにか紅鳥よりもかわいらしいものになっていたんだ」
いつのまにか、ブラッドはルビーの両手を握っていた。握り込んだその手に、彼は口付けた。
「愛してる。ルビー。君だけだ。
君は僕の一番なんだ。唯一なんだ。
もう君を離せない」
ブラッドは口を閉じてルビーを見つめた。ルビーは真っ赤になっていた。
「紅鳥は、つまらない鳥ではない? 価値のない鳥ではない?」
ルビーはブラッドの言葉を信じても、どうしても確認したかった。
「もちろん。僕にとって一番価値のある鳥だよ」
どうして? とブラッドの瞳がルビーを見下ろした。
「だって、一番最初にわたしが紅鳥だっと言ったあなた、つまらなそうだったもの」
つらそうにささやくルビーに、ブラッドは過去の自分を思い出した。
初めてアーヴィング邸でルビーにあったとき、確かにルビーを紅鳥だと言った。そのとき僕はどんなだったろうか。
「僕はあのとき、すごく緊張していたんだ。ルビーがあまりにもかわいらしかったから。
あの一言を言うのが、精一杯だった。
もう一度、あのときに言いたかったことを言うね。今ならきちんと言えるから」
ブラッドは、こくりとツバを飲み込んだ。
「君は僕の大好きな紅鳥のようにかわいい。
君の婚約者候補になって、すごく嬉しい」
「本当に?」
「本当に」
「今も?」
「今はもっと」
ルビーはブラッドに握り込まれた手を抜いて、彼の首筋に回し、下を向く彼の肩に顎を乗せた。ルビーの唇が、彼の耳元にある。
「わたしもあなたが大好きよ」
馬車はアーヴィング邸につき、ブラッドは伯爵夫妻と挨拶をかわした。
いままでルビーとの時間をとらなかったことを詫び、これからは一緒の時間をしっかりととれると報告した。
幸せそうに寄り添っているルビーとブラッドの様子に、伯爵夫妻は喜んだ。
「ブラッドは魔法騎士になったのよ。
校長先生から、魔術師のローブにブローチを止めてもらうブラッド、かっこよかったわ」
ルビーは両親に報告した。話題になっている本人は表情を変えぬまま、ルビーの横でほんのりと赤くなっている。
「ほう、魔法騎士だって? 魔法学校の卒業と同時になるのは、初めてではないかな。
ブラッドくん、よくやったなぁ。
それはそれとして、あとでゆっくりと話をしよう。謝罪は受け入れるが、親の気持ちを聞いて欲しい」
「すばらしいわね。
娘を放っておいたことも、そのためだったのだと許すわ。
まあ、いい足りないことは、後々ゆっくりね」
ルビーの両親は驚き、ブラッドを褒めたが、そのためにルビーと会わなかったことを許しはしてもそのまま解放はしてくれないようだった。
ブラッドの瞳が、すこし陰ったように見えた。
「その前にはね、魔法で紅鳥を会場いっぱいに飛ばしたの」
興奮して卒業式の様子を話すルビーと、その隣で、ほぼ無表情ながら娘にぴたりと寄り添っている娘の婚約者に、伯爵夫妻はそれまで抱いていた不安がすっかりなくなった。
アーヴィング伯爵も夫人も、これからの二人を見守っていこうと、娘と婚約者を温かい目で眺めていた。
翌日のピクニックの約束をして、ブラッドはプラムローズ邸に帰った。
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