第9話 紅鳥とタカ改めワシとの再会
卒業式のあとのパーティで、ルビーはやっとブラッドと顔を合わせることができた。
こちらに向かってくる彼は冷たく凍った表情をし、目だけがギラギラと光っていた。
ルビーは、一番最初に会ったときにブラッドがタカだと考えたことを思い出した。彼の父であるプラムローズ侯爵の猛々しさに比べたら、まだ小ぶりだと感じたから。
今の彼は、ルビーの記憶の中の侯爵と同じ、ワシだった。鋭さも冷ややかな圧も大きくなっている。
それを無表情で取り繕うことなく怒りをあらわにし、ブラッドはまっすぐにルビーに向かってきた。
「ブラッド」
ルビーが彼の名を呼ぶと同時に、ブラッドの視線がルビーと交わった。途端、彼の表情が解けた。両手がルビーを捉えた。
「ルビー。僕のルビー。やっと会えた」
彼の腕が、ルビーを抱きしめる。
「王都で会えなくてごめんね。どうしても時間がとれなかったんだ。
だけど、もうこれで終わり」
『終わり』という言葉に、ルビーはぴくりと体を振わせた。
彼女を胸にかき抱いていたブラッドは、少し体を離してルビーと視線を合わせた。
「これからは、いままでいられなかった分もいっぱい、一緒にいよう。
ああ、やっとだ」
そう言ったブラッドは、また腕の中にルビーを閉じこめ、ふわふわとした紅色の髪に唇を落とした。
ルビーに向かって話しているブラッドは、微笑んでいた。昔からルビーに向けられていた柔らかい笑みだった。
「きゃぁぁぁぁ」「はぁぁ」
女性がかしましい。
「おい、ブラッドリーの顔を見ろよ」
「嘘だろう。氷結の鷲が」
「凍てつく笑みじゃないぜ」
ブラッドの男の同級生たちは、見てはいけないものを見たような顔をしていた。
親世代は余裕だった。
「プラムローズ家は相変わらずですわね」
「ほんと、奥様を射止められたときの侯爵様と、一緒」
「そういえば、あのときも大騒ぎだったな」
「鉄面皮が崩れたって、誰が叫んだんだっけ」
「今でも、氷の魔法騎士は変わらず。にやけるのは奥方の前だけらしいな」
昔話が弾んでいる横で、プラムローズ侯爵は憮然とした顔をし、夫人はそんな夫をにこやかに見上げていた。
女性の叫び声が収まり、ブラッドは黒髪の女性へと視線を向けた。その瞳は一瞬で凍りついた。
「ヒーリー嬢、僕のかわいい婚約者になんて言ったのかな。
まさか、僕の唯一をいじめてなんていないよね」
怒りを含んだ冷たい声色に、黒髪の女性もその周りにいた女性たちも、顔をこわばらせた。
「わたしたちはただ、プラムローズさまの同級生として」
ブラッドは彼女に最後まで言わせなかった。
「魔法学校の卒業生がそんなに偉いか。
ルビーは魔法は得意ではないが、あなた方のように、人を追いかけ回して他人の大切な時間を奪うことはない。自分の勉学を疎かにすることもない。
そばにいるだけで僕の冷え切った心を癒してくれる、かけがえのない人だ。
価値のないのは、どちらかな」
ブラッドの言葉は、その場の空気を切り裂いていった。
彼と対面していた女性たちは真っ青になり、ブラッドに頭を下げてその場から逃げ去った。
それを、親世代の女性たちが冷ややかに眺めて、小声で言葉を交わしていた。
「あのお嬢さんは、ヒーリー伯爵家の方ね。確か二番目のカロルさまとおっしゃったかしら。
その周りにいらっしゃったのは」
「たしかにヒーリー伯爵家のキャロルさまですわ。
セイラー子爵家とアトル男爵家のご令嬢。コーリア子爵家の方もいらっしゃいましたね」
「イーガン男爵家の御令嬢もいらっしゃいましたわ」
「どの家も、女性は学校を卒業したあとは就職させずに結婚させるお家でしたわね。魔法学校は格付けのためだと、アトル男爵は豪語してらしたとか」
「それならば女学校の方が、よろしいのに」
「せっかく魔法学校にいらしても、殿方のお尻ばかり追いかけ回しているのであれば、意味がないですわよね」
「おほほほ」
魔法学校の卒業パーティとはいえ、将来の国の精鋭が学ぶところだ。参列している親も国の中枢で活躍している人たちが多い。
ヒーリー家令嬢たちが社交界でどのような扱いになるのか、にこやかに会話をしている女性たちも、その周りで何気なさげに耳をそばだてている人たちも、的確に理解していた。
ヒーリー家令嬢たちがそそくさと立ち去る背中をにらみつけて、彼女たちが充分離れてから、ブラッドは腕の中からルビーを解放した。ルビーを見る目は、また穏やかに凪いでいる。
ルビーはのぼせたように頬が真っ赤になっていた。
「あの」
「ん?」
再会の喜びを瞳に溢れさせているブラッドに、ルビーは何を言いたかったのかを忘れてしまった。だからただ、ずっと言いたかった言葉を返した。
「お帰り。また会えて嬉しい」
そして
「卒業おめでとう」
その言葉に、ブラッドの笑みが深まった。
「ありがとう。僕もルビーと会えて嬉しいよ。
ああ、ルビーだ」
ブラッドは、ふわふわとしたルビーの髪に顔を埋めて、しばらくそのままでいた。それからルビーと向き合った。
「僕の大切な友人たちを紹介しよう」
ブラッドはルビーの腰に手を回して、歩き出した。
向かった先には、ブラッドの友人たちがいた。
「サイラス・ランドン、デズモンド・スクワイア、イライアス・カークランド」
彼らの名前をぶっきらぼうに口にするブラッドにルビーはあきれたが、彼らに笑顔で挨拶した。
友人である彼らに対して、ブラッドがほぼ無表情なのが不思議だったが、気にせずに乱暴にブラッドを会話に巻き込む彼らにも驚いた。
「君がブラッドの紅鳥かぁ」
「ほんとにかわいいね」
「ブラッドの趣味が丸わかりだな」
「これから、よろしくね」
戸惑っているルビーに気を使わずに、彼らはどんどんと話しかけてくる。ぽろっと出た紅鳥という単語も、なぜかかわいらしく聞こえる。
その親しげな様子に、ルビーの緊張も少しほぐれた。
「どうぞよろしくお願いします」
ニコニコと笑う彼らが、ルビーには心地よかった。
その後、ブラッドがお世話になった教師たちにも紹介され、パーティはお開きになった。
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