第8話 栄えある卒業式
魔法学校の卒業式は、ルビーにとってとても楽しいものだった。
卒業生が学長が待つ壇に一人ずつ上がり、何か魔法を披露してから、学長からローブを着せ掛けてもらう。
魔法学校を卒業してローブを受け取ると、魔術師となる。
魔法学校の卒業生といっても、皆が皆魔法の技術を生かして就職するとは限らない。
貴族で魔力の強い女性は、魔法をコントロールするためだけに魔法学校で学ぶ人もいる。卒業後は結婚して就職しない人も多いそうだ。
その場合でも、有事のときに魔術師として招集がかかれば応じる義務がある。ローブはその義務を守る誓いの証でもあった。
披露される魔法は、安全にみんなが喜ぶものを意識していた。また卒業生にとっては、四年間の集大成になるものでもあった。
壇上で、次々と魔法が繰り出されていく。
鉢植えの小さな苗木が大きく成長し、壇いっぱいの花を咲かせてまた縮む。
炎の輪を作り出し、その中を炎でできたうさぎが飛び、それを追って炎の獅子が飛び越える。
いくつも並べた鉢を、ぴょんぴょんと水が飛んで移動していく。壇上の壁や床も使い、そのあとには会場の天井や壁まで利用して、参列者の頭の上を飛んでいた。
一人で弾いた楽器の音が、時間をずらして何重にもなって再生される。そこにさらに別の楽器の音を乗せ、一人で何重奏にもなっている。
手を一振りすると霧が発生し、そこに光が当たって虹がかかる。霧は会場の天井を覆い、光のもとがいくつもでき、会場のあちこちに虹がかかった。
学生は囃し立てて騒ぎ、参列した家族は目を丸くしたり喜んだりした。
同窓生らしい親たちは、派手だとか今一歩とかここは工夫できるとか、披露された魔法の評価をして楽しんでいた。
ブラッドが壇の上に登場した。
彼は、手の平を上にして両手を体の前に広げた。両手の平から小さい赤いものがいっぱい飛び出した。それは羽を広げて式場中を飛び回り、かわいい声で啼きかわした。紅鳥だった。会場のあちこちに並んで止まったり、女性の前の空中で止まるように羽ばたいたり、いろんな動きをしている。
参列者からは、「わー」「かわいい」という声が上がっていた。
式場に広がった紅鳥はブラッドの元に戻り、その体に吸い込まれていった。
そしてブラッドは、ローブを授与された。
同時に、先日の紛争での働きにより、魔法騎士として認められることが発表された。彼のローブに、ブローチがひとつ増やされた。
「まあ、魔法騎士ですって」
「よほど活躍されたのでしょうね。魔法学校を卒業してすぐなんて、まず、いませんもの」
「お父様のプラムローズ侯爵さまが魔法騎士になったのは、卒業後騎士団で一年働いてからでしたよね」
「侯爵さまも誇らしいでしょうね」
当のプラムローズ侯爵にもその話は聞こえたようだ。夫人を挟んだルビーの並びで、なんとも言えない顔をしていた。
プラムローズ夫人は、とても誇らしげな表情だった。ルビーも、ブラッドが誇らしかった。
ブローチをつけてもらったブラッドは、参列者に向い合い、皆の拍手を受けた。
そのときルビーは、ブラッドと目が合った気がした。
こんなに人がいる中で、わたしを見つけてくれるなんて。そんなはずない。でも見つけてくれたなら嬉しい。
ルビーは早くなる鼓動を鎮めるように、そっと深呼吸をした。
* * *
式典の後は、休憩と卒業生の衣装替えを挟んで、卒業パーティとなる。卒業式の参列者もそのまま参加する。来賓や教師の他に、魔法関連で活躍している卒業生の家族も多く参列し、豪華なパーティとなっていた。
ルビーにとっては、女学校の内輪の卒業を祝う会とはまったく違う、緊張する会になった。
ゆったりと流れる音楽の中、あちこちで歓談する人たちの中、ローブの中に煌びやかなドレスを纏った卒業生のグループがあった。その人たちは衣装だけでなく笑いさざめく様子も華やかだった。ルビーの友人たちとは対照的だ。
わたしとは違う世界だわ。
ルビーはそっと気配を消して、プラムローズ夫妻から離れないように気をつけた。
ブラッドがこのような世界にいたのだと考えると、ルビーは自分の地味さにため息が出た。
卒業しても彼がいるのは、このような世界なんだ。
わたしはやっぱりふさわしくない。
ルビーは、もともとない自信がさらに削られていくのを止められなかった。
知り合いと話しているプラムローズ侯爵夫妻と少し距離をとりぼんやりとしていたルビーは、真新しいローブを着た女性に声をかけられた。華やかな女性グループの中心にいた人だ。真っ黒な髪が輝き、話しかける唇は赤く彩られていた。
ルビーはその女性に見覚えがあった気がした。
「あなた」
その女性は、大きな声を上げた。まるでルビーを見下しているかのようだ。
「美人でもない。魔法も使えない。
まるで紅鳥ね。そのへんにいくらでもいる、価値のない鳥。
いつまでブラッドの婚約者気取りでいるの?」
ルビーは、言葉もなくその女性を見つめた。
わたしは、なんでそんなことを言われなければいけないの?
彼女と一緒にいた女性たちが、ルビーと彼女を取り巻くようにして、彼女に同意するように頷いたり小声で話したりしている。
その女性の言葉で、ルビーの脳裏にかつて聞いた言葉が蘇った。
『君は紅鳥だね』
六年も前のブラッドの声が、ルビーの頭の中で冷たく響いた。
取り柄もない平凡な紅鳥のわたしは、輝かしい未来が開けたブラッドの横に並ぶ価値がない。
やはりわたしとブラッドは不釣り合いなんだ。
そう考えたルビーは、その女性のもとから立ち去ろうと後ろを向いた。そこには、好奇心旺盛な野次馬たちが、いつのまにか自分たちを取り巻いていた。
「ルビー」
眉をしかめ目をギラギラとさせたブラッドが、野次馬の後ろにいた。
その表情を、ルビーは知っている。怒りだ。彼の怒りは冷たく相手を切り裂く。
今度はわたしがあなたの怒りの対象になるのね。
平凡なわたしは、とうとう婚約解消されてしまうのかしら。
その場からすぐに離れてしまいたいという気持ちをルビーは押し殺し、ブラッドの視線を受け止めようと、歩み寄ってくる彼と向き合った。
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